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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
三章

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3話 遭遇

 二〇××年 六月上旬。


 あの騒動から一週間以上が過ぎた。

 

 梅雨の時期というだけあって朝から空は黒い雲に覆われており、大粒の雨が家の屋根や道路、外を歩いてる人や車を容赦なく叩き付け、止む気配は一向にない。


「ふわぁ~ぁ……おはよう母さん──あれ? 父さんは?」


 平日の朝だというのに教見津太郎きょうみ しんたろうはまだ制服に着ておらず、パジャマ代わりの黒ジャージと白のTシャツを着た状態で大きな欠伸を遠慮なくしながら一階へ降りてきた。


「なに寝ぼけてるの。 もうこんな時間なんだからお父さんはとっくに仕事へ出掛けたに決まってるじゃない。 そろそろ休みボケを治しとかないと学校が始まって後悔するのは自分よ」


 既に朝の家事を終わらせてリビングのソファーでのんびりテレビを見ているのは教見きょうみ 美咲みさきである。


 身長は津太郎とほとんど変わらない女性としては高身長で、髪は何一つ染色していない黒で肩辺りまで伸ばしており、毛先が波のようなうねりを作ったウェーブヘアーだ。

 力強い眼差しが特徴のキリっとした目つきに無駄なたるみのない(ほお)のおかげで可愛いというよりは凛々しい女性に見える。男装をしてスマイルを女性に見せつけたら恋に落ちてしまうかもしれない。


 家に居て特に誰かと会う約束をしてないせいで、黒のTシャツにジーパンという非常に気楽な格好をしているが脚が長くスタイルが良い為そんな服装でも(さま)になっている。


 時間を指摘された津太郎が壁に飾ってある時計を見ると短い針はもう八時の方向を越えていた。本来であれば完全に遅刻間違いなしである。


「明日から気を付ける……」


 しかし今日は祝日でも振替休日でもなく何の変哲もない平日である。それにも関わらず津太郎の通う高校が休みなのには理由があった。


「はぁ~……相変わらずニュースは同じ内容ばっかりねぇ。 流石に最初と比べたら取り上げる時間も減ったけどいつまでするのかしら」


 美咲がため息混じりにうんざりしながらとりあえず付けてるニュースを津太郎も一緒に見るが、そこに映っていたのは自分自身だった。


(まさか誰かがこっそり撮ってるとか思わなかったぞ……今見ても最悪だ)


 そのニュースで流されている映像は津太郎の通っている高校で東仙一輝とうせん いっき達が現れた時に巻き起こった騒動の一部である。


 どうやら校舎の中にいた生徒が廊下からスマートフォンのカメラ機能を使って録画したのをSNSに上げたらしい。

 その映像が一気に拡散されてニュースにも取り上げられるようになり、他に何か話題になるような出来事が起きなかったせいで翌日から今日に至るまで飽きずに報道されていた。

 

 その場に似合わない格好をしていた六人に加え、生徒の中でただ一人関わった津太郎もがっつり映っている。

 ただ一応プライバシーを配慮してくれたのか全員の顔にアイコンが表示されていて身バレの心配がないのは唯一の救いではあった。

 校舎三階からという遠すぎる距離と、教室や廊下で騒いでいる生徒達の声が原因で運動場で何を話していたのか一切聞き取れていない──が空に浮かぶ異空間や瞬間移動する光景、津太郎がシャボン玉に覆われる姿はハッキリと録画されている。


 この投稿された動画がニュース番組で取り上げられてからというもの────

 

 マスコミやカメラマンによる近所の人達へのインタビューや学校側への取材。

 ニュースを通じて騒動を知った生徒の保護者達の怒涛のクレーム。

 注目を浴びようと動画配信サイトと中継を繋げて生放送をしている配信者。

 

 このような人達が毎日休む暇なく学校へ押し寄せるようになり、学校側はその対応に追われ授業どころではなくなってしまい、休校にまで追い込まれる事になる。

 それだけで済むならまだしも面白半分で夜中に学校へ不法侵入した若者が現れてしまい、警備員に見つかって逮捕されるという事件まで起こって更に悪い意味で注目を浴びるようになってしまう。


 色々なトラブルが重なった結果、津太郎達の通う高校はあの日以降しばらく休校が続いていたが時間の流れと共に校舎付近に集まる人も減っていく。

 それに梅雨入りが追い打ちをかけた結果、辺りに人はいなくなり生徒にとっては悲しいが週明けから学校再開が決まった。


 休憩を終えた美咲が朝食の支度をしようとソファーから立ち上がり、台所の方へ移動しながら津太郎に話しかける。


「今こうやって落ち着いてるから言えるけど、最初これにあんたが巻き込まれてたって聞いた時は流石に驚いたわ~。 まさか自分の息子がこんな大騒動の中心地にいるなんて思うわけないし、何か関わってるから家にマスコミとか来たらどうしようって本気で考えてたのよ」


「──まぁ顔は見えてないし、SNSを毎日チェックしてる月下に電話したら『映画のCGみたいな青い空間とか、どうやって一瞬で移動したのか、コスプレ集団は一体何者なのか……まぁそっちメインで盛り上がってるみたい』とか言われたから俺の心配は必要ないと思う」


「普通はやっぱりそっちの方に注目するわよね。 私だって身内じゃなかったらそこまで意識してなさそうだし」


 こうしてる間にもテレビの方は騒動に関する特集が終わって、司会やコメンテーター達の息抜き兼おやつ休憩のデザート特集が始まっていた。

 

「──とりあえず食器とか片づけたいから早く朝食を済ませてちょーだい。 それから学校だってもうすぐ始まるんだし、いつまでもダラダラしてないで勉強でもしなさい」


 津太郎は食卓に着く前にお茶を取り出そうと冷蔵庫の前へ行ったら、美咲がテキパキと朝食の準備をしている姿が目の前にあった。

 

 作り置きしていたおかずを電子レンジで温めている最中に玉ねぎと卵を主な具材にした味噌汁の鍋が置かれてあるガスコンロに火を点けて、熱々になるほど沸かすまでの間に炊飯器から湯気が立ち込める白飯を茶碗に乗せる。

 

「なによ~ジロジロと見て~。 いつもやってることじゃないの」


「それはそうなんだけど……こうやってじっくり見る機会あまりなかったからつい」


「あんたもいずれ一人暮らしでも始めたら嫌でもこういうのは自分でやらなきゃいけなくなるんだから今の内に覚えておいた方がいいわよ」


「努力します……」


 数分後、津太郎が朝食を食べていると食器洗いをしている美咲のジーパンのポケットからスマートフォンの着信音が一秒だけ鳴ったのが聞こえてきた。

 SNSのアプリからの音だと分かっているらしく、のんびり食器洗いを済ませてからスマートフォンを確認をしている。


「一体誰かしら──ってまた学校?」


 美咲が怪訝な表情をしながらメッセージを確認しているのを見ていたら────


「えええっ!!?」


 何の前触れもなく発せられた耳元から心臓にまで振動が伝わってくる大声に津太郎は驚きのあまり茶碗を落としそうになる。


「うぉっとっとっとっ!──あっぶねぇ……! いきなりどうしたんだよ母さんっ!」


 津太郎の問いに美咲は口に手を当てた状態のまま話し出す。その顔に少し前まで出していた大人の余裕は無くなっていた。


「津太郎……神越(みのこし)学校の生徒さんが──亡くなった……って」


「…………は?」


 美咲の口から出た五文字の言葉は休み気分で浮かれていた津太郎を一気に現実へ引き戻した。


 

   ◇ ◇ ◇


 

 その翌日──未だ雨が降り止まない天候の中、全校生徒は朝から体育館へと集まっていた。

 本来であれば週明けだった学校の登校日が予定より早まって今日になったのは、亡くなった生徒へ関する全校集会を行う為である。

 

(今にも息が詰まりそうだ……)


 当然ではあるが体育館全体の空気は非常に重たく、津太郎の周りは勿論の事、全体を通して誰一人言葉を発していないが既にすすり泣きをしている女子生徒は何人かいる。


 生徒達が立ったまま待っていると校長と教頭の二人が体育館に姿を見せる。軽く頭を下げた後にステージの方へと上がり、マイクが置かれてある黒茶色の演台に向かう。

 校長は何も持っていないが、教頭の手には勉強で使う何処にでも売られているようなノートを持っている。


「──まず、校長先生からお話があります」


 教頭がマイクを使ってそう言うとすぐ横にずれて校長がマイクの前に立つ。


「えー……皆さんも連絡を受けて知っているとは思いですが──」


 校長の話によると亡くなったのは三年生の女子生徒で死因は高所からの転落。

 発見された場所は住んでいるマンションで、最上階からの落下の可能性が高いと考えられるとのこと。


 校長が一礼して教頭へ変わると片手で持っているノートを両手で持ち直して全校生徒に見せた後、三年生の女子生徒が亡くなる前に色々と書き記した遺書である事を説明する。

 

 そして保護者の方から『他の生徒達の為にも、娘の為にもこれを読んで欲しい』と強く頼まれた事を全校生徒へ伝えると慎重にノートを開き、感情を押し殺しながら読み始める。


「先生方、そして私以外の生徒の皆さん、この度は自分の軽率な行動により大変な迷惑を掛けてしまって本当に申し訳ございません。 軽い気持ちで動画を上げたらまさかこんな大事になるとは想像もしていませんでした。 受験生として一番大事な時期に私のせいで学校を長い休みになってしまったり、テレビを点けたら毎日のように学校へ大勢の知らない人が押し寄せていると知った時、自分はなんてことをしてしまったんだという後悔や罪悪感で胸が押しつぶされました」


 これが最期の言葉という現実を突き付けられ、三年生の並んでいる列辺りから泣き声が聞こえ始める。

 一度も関わってない津太郎でさえ『哀』の空気に包まれたこの空間に感化され辛いのだから、親しい人達にとっては『悲しい』 『辛い』 『虚しい』 という言葉では片付けられない程の苦しさなのだろう。


「部屋で引きこもっている私に親は『お前は別に悪くない。 それにきっとお前がやらなくても他の誰かが同じような事をしていたはずだ』と気持ちを楽にしてくれるような言葉を何度も言ってくれましたが、それでもやってしまった後悔というのは消える事はなかったです。 学校に行くのも怖いです。 だってもうたくさんの人が私が動画を上げたって知ってしまったんだから。 調べたらすぐ分かるから。 もう手遅れですよね。 やるんじゃなかった。 こんなにメンタル弱いなんて思わなかった。 あの時に戻ってやりなおしたい。 ずっと消えない。 消したいな」


 教頭がページをめくる。


「本当にすみませんでした。 迷惑を掛けてしまった皆さんに本当なら一人ずつでも謝りたいです。 そうすれば許してくれますか。 でももう無理です。 また迷惑掛けるのが怖いです。 ごめんなさい。 お父さん、お母さん、ごめんなさい。 こんな娘でごめんなさい。 みんなはまだこっちに来ないでね」


 教頭が肩を震わせながらノートを閉じる。


「以上です……」


 どうしようもない悲しみをぶつけたくて叫ぶ生徒。

 この世にいないという現実を認めたくなくて拒絶する生徒。       

 力が入らなくなったのか泣き崩れる生徒。

 言葉にならない声を出しながら泣く生徒。

 

 体育館の中には悲痛な叫びだけが響き渡っていた。 

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