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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
七話

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命は花火のように儚い その二十四

 津太郎は話すのを一旦止め、立ち上がってからジャケットのポケットに手を入れる。 そしてすぐに手を引き抜くと何か透明な袋を持っていた。


「これを買いに行ってたからなんだ」


「これって……!?」


 津太郎が差し出した物を見た小織は目を見開き、右手で口を覆う。 その反応に一体何なのだろうと思った栄子も席を立ち、津太郎の手を覗くと、そこには二つの小さな花の付いたシルバーネックレスがあった。 


「二人へのプレゼント──と思ってさ……」


 誰かに贈り物をするのは慣れていないのか、津太郎はそう言いながら顔を赤くしていた。 声からも緊張感が伝わってくる。 照れているのは確実だった。


「プ、プレゼント……!?」


 あまりの驚きに栄子は声が裏返りそうになる。 


「えっ、なっ、どうし──えっ?」


 小織に至っては何から聞けばいいか分からず言葉が詰まってしまっていた。


「そ、そこまでテンパらなくても良くないか?」


「しょ、しょうがないじゃない……まさかシルバーアクセを出してくるなんて思わなかったし……ていうか急にどうしたのよ、このタイミングでプレゼントだなんて……」


 特に恩を売ったような覚えもなく、祭りの最中にも何かしら特別な事をしたというわけでもない。 その筈なのに何の前触れもなく出してきた贈り物に疑問を抱かずにはいられない。 小織が津太郎に訊ねると、隣にいる栄子も「うんうん」と二度頷く。


「理由は……」


 津太郎は栄子と目を合わせる。 その表情や目に照れや羞恥といった感情は無く、真剣そのものだった。


「栄子のおかげでこの前キャンプに行けたからそのお礼さ。 栄子が誘ってくれなかったから、あのキャンプ場へ行くことも無かっただろうし」


 栄子が大南川キャンプ場へ行くきっかけを作ってくれたから、一輝の異世界転移についての真相を知る事ができた。 もしも声を掛けてくれなかったら一輝側の話はいつか聞けたとしても、管理人側の話が聞く機会が無く、真相は分からずじまいだった可能性が高い。

 いつかは何かしら恩返しをしたいと考えていた津太郎にとって、今が一番の好機だと感じたに違いない。


「そ、そんな……ただ誘っただけで別に大したことなんてしてないよ……」


「栄子にとってはそうでも、俺にとっては本当にありがたいことだったんだよ。 だから、これは感謝の気持ちとして受け取ってくれないか」


 津太郎は優しく微笑みながら透明の袋に入っているシルバーネックレスを一つ取り出し、栄子に差し出す。


「で、でも……うぅん、せっかくの好意を否定するなんてそっちの方が失礼だよ……ね……あ、ありがたく頂きます……」


 栄子は好意を素直に受け取り、差し出した津太郎の手からシルバーネックレスを優しく掴む。 そして大事な物を抱えるように両手で包み込む。 その頬を赤く染めつつも穏やかな表情からは大事にしようという想いが伝わってくる。


 幸せに満ちた栄子を見て不思議と同じ気持ちになった津太郎は、次に小織の方へ顔を向ける。


「え、栄子と違ってアタシは何もしてないから……受け取る権利なんて……ないわよ……」


 小織は元気が無い、というより何処か辛そうだ。 声に普段のような力も無い。 目も泳いでいて、全体的に弱気なのが目に見えている。


「何言ってるんだよ。 月下がお祭りに誘ってくれたから、夏休み最後に最高の思い出を作る事が出来たんじゃないか」


 津太郎は説得しようとするのではなく、素直に思った事を話す。 津太郎自身も何故そうしようとしたのかはよく分からない。 だだ、そうしなければならない──そんな気がした。 


「それに夏休み前、栄子のお見舞いに行く時にあのマンション前で言ってくれた言葉──月下のあの言葉に俺は救われたからさ、これはその時のお礼でもあるんだ。 だから何もしてないとか、受け取る権利が無いとか言わないでくれよ」


 飛び降りようとした人を見つめるだけで何も出来ず、己の無力さに打ちのめされた津太郎に掛けてくれた励ましの言葉。 もしも小織が言ってくれなかったら、今もあの時の事を引きずっていたかもしれない。 その呪縛から解放してくれた小織に感謝の気持ちを送るなら今しかなかった。


「よ、よくそんな前のこと覚えてたわね……すっかり忘れてたのかと思ってたわよ」


「大事な人の言葉を忘れるわけなんてないさ」 


「だっ……!?」


 小織は顔が真っ赤になっている。 薄暗くても見ればすぐ分かる程に。


「だから──」


「も、もう十分伝わったからっ! 教見の言いたいことは分かったからっ! これ以上は言わなくていいからっ!」


 これ以上、更に何かを言われたら耐えられなくなると感じた小織は右手を突き出し、左手で胸を抑えながら無理矢理にでも止める。 


「も、貰う……から……」


 頬を赤く染め、息を荒げ、声を震わせ、顔を少し頷けながらも、小織は津太郎と目を合わせる。 その弱々しい上目は小動物のようだ。


「……はい」


 そして三秒後、小織は右の手の平を見せる形で広げてくる。 どうやら心の準備が出来たらしい──が、やはり照れがあるのか顔を少しだけ左に向け、目を合わせたり合わせなかったりと何度も繰り返している。


「それじゃ……」


 津太郎はそう言いながらシルバーネックレスを小織の手に優しく乗せる。 決して落とさないよう、慎重に。


「……」


 受け取った小織は何も言わずシルバーネックレスを掴みながらゆっくりと右手を引く。 そして胸元まで戻すとまたゆっくりと右手を開いた。


「……!」


 言葉を発しないまま贈り物をただ眺める。 だがその口元は僅かに緩んでいるように見えた。


「──こういうのあまり好みじゃなかったか……?」


 全く反応が無い事に不安を抱いた津太郎は自信なさげに訊ねる。 確かに渡した方がすれば何も言ってくれないというのは不安になるというものだ。


「そ、そんなことないわ……あ、ありがと……」


 小織は右手を握り締めたまま背中の方へと持っていき、後ろで両手を組んでから津太郎にか細い声でお礼をする。


「な、何か月下にお礼を言われるなんて思わなかったから照れるな……」


「アタシだってお礼ぐらい普通に言うわよ……それよりこの花の名前って何なの?」 


 後ろに回していた手を戻した小織は津太郎にシルバーネックレスの花の部分を指差しながら質問をしてくる。 栄子も気になっていたのか、それともこれ以上二人だけの空間にしたくないからなのか、小織に接近して花の辺りを眺める。


「この花の名前は、フリージアだ」


「フリージア? 初めて聞いたわね……栄子は知ってる?」


「うん。 南アフリカが原産地の黄色い花なんだけど、品種改良したのも沢山あるんだよ」


「へぇ、そうなのか」


 栄子の説明を受け、小織ではなく何故か津太郎が初めて聞いたと言わんばかりに頭を軽く何度も頷いていた。


「何で教見がそんな反応するのよ。 知ってて選んだんじゃないの?」


「いや、俺は店主の人に花言葉を聞いて、これなら二人にいいなと思ったのを選んだんだよ」


「ふ~ん、じゃあその花言葉、教えてよ」


 フリージアの花言葉に興味津々な小織に向かって、津太郎は口を開ける。


「友情、さ」

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