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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
七話

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命は花火のように儚い その二十二

 高さを把握した一輝は視点を真正面に戻すと同時に左足を強く踏み込み、一瞬の間も無くそのまま地面を押し上げる。 するとその反動で一輝の足は地面を離れ、上へ上へと、尋常ならざる跳躍力で天高く跳んでいく。 そして七メートルはある筈の洋服店の屋上へ五秒も掛からず足を着ける。


 屋上には誰も行かないのか何も置かれておらず、地面は汚れており、四方はパラベットと呼ばれる十五センチメートルぐらいの白く分厚い壁に囲われている。 誰も来る気配は無く、状況確認するには丁度良さそうだ。


「イッキ様……!」


「うん……!」


 コルトが続けて屋上へ来ると二人はすかさず反対方面へと向かい、祭りの会場を見下ろす。 そこには数えきれない程の人が溢れていたが、すぐに悲鳴の原因は判明した。 何故なら、ガラの悪い強盗が女性物のバッグを手に持って走っている姿と、所有者であろう女性の追いかけている姿が確認出来たからだ。


 ガラの悪い強盗の横柄で乱暴な言動に女性の助けを求める声も聞こえてくるが、その場にいる誰も女性に応えようとしていない。 それどころか関わりたくないと必死に避けている。


 この何とも言えない状況に歯痒さを感じている間にもガラの悪い強盗は手前へ、一輝達のいる方向へ進み続けている。 一輝が何とかして止めないと──と思ったその瞬間、


 周りが避け、逃げ惑う中、ただ一人だけ浴衣を着た女性二人を庇うように抱え込む青年がいた。 この時、後ろへ振り向いた事で偶然にもその青年の顔が一輝の目に映る。


(あれは津太郎君!?)


 それは教見津太郎だった。 見間違えるわけがない、この世界で唯一の友人なのだから。 


(まずい……!)


 しかし津太郎と今にも衝突しそうだ。 ただ当たるだけなら痛いだけで済むかもしれないが、相手は何か凶器を持っていて、邪魔するなら傷付ける可能性もあり得る。

 それだけはさせない、傷付けさせるわけにはいかないと思ったその刹那、


(これしかない……!)


 一輝はポケットに入っている五百円玉を右手で取り出す。 そして──、


(間に合えっ!)


 投げた。 上から下に振りかぶるようにして。 その玉は弾丸みたく風を切り、目標へ向かって最短距離で、最速で、最終目的地へ突き進む。 その最終目的地は当然──、


「ぐはぁっ!」  


 ガラの悪い強盗の額だった。 狙いを澄ましたわけでもないのに見事に命中し、目標は動きが止まるどころか仰向けに倒れる。 相手は一体何をされたかすら分かっていないだろうが、それは周りにいる者も変わりない。 それ程までに一輝の投げる速度は凄まじかったといえる。


「ふぅ……何とかなってよかった……」


 ひったくりが起こってから終わるまで僅か一分弱。 こうしてこの騒動は一件落着となる。 そして屋上で二人の会話が終わり、今に至る。


 その後、二人は再び跳んできた方へと戻り、車と歩行者がいない頃合いを見計らって屋上から躊躇せず飛び降りる。 万が一誰かに見られていたら完全に違う意味での飛び降りと勘違いされるが、二人の場合は普通の人がその場で跳んだ時と同じ感覚で七メートル下の地面へ着地した。


「うーん……すぐ見て回ろうと思ったけど、ジュースを飲み終わるまではゆっくりしよっか」


「かしこまりました、ではあちらへ参りましょう」


 それから二人は何事も無かったかのようにベンチまで戻ると再び座り、改めて浩二から貰ったジュースを飲み始める。 ここだけ見ると、つい数分前まで建物の屋上まで跳躍したり、悪漢による悪事を防いだ人物とはまるで別人のようだ。


「というか結局さっきのオッサン、何で急に倒れたんだろ?」


「ぐはぁ!とか言ってたから何か当たったんじゃね?」


「はー、でもお祭り中止とかにならなくてよかったー。 もし誰かが怪我したり盗まれたまま逃げられたりでもされてたらお祭りどころじゃなかったしー」


「ほんとほんと! 誰か知らないけどマジサンクス!って感じー!」


 一輝達の後ろ、人混みの中では様々な人が騒動について話をしている。 だがまさか、ここにいる何処にでもいそうな青年が祭りを無事に再開させた張本人だとは思いもしないだろう。


「くしゅんっ!」


 急に鼻がむず痒くなった一輝は地面に向かってくしゃみをする。 その後、鼻の下を指で擦りながら息を吸う。


「大丈夫ですかイッキ様……!? もしや風邪を引いたのでは……!?」


 コルトが座ったままの状態で一輝の傍に寄り、心配そうな表情で見つめてくる。


「そ、そんな心配しなくていいよ……! 何か急に鼻がムズムズしちゃっただけだから……!」


「それなら良いのですが……万が一体調が優れないと感じた時は無理せず、すぐに仰って下さい……!」


「う、うん、そうする……」


 圧倒された一輝は『誰かが僕の話をしてるのかも』という冗談を言う空気でない事を感じ取り、静かに頷くしか出来なかった。

 それから二人は津太郎達が離れるまでベンチに座って今度こそゆっくりと休憩を取る。 だが一輝は気付いていなかった。 本当に色々な所で、様々な人が噂をしていたという事を。





   ◇ ◇ ◇





 一方その頃、津太郎達は色々な屋台を巡っていた。 お祭りならではの色々な食べ物を堪能し、射的やヨーヨー釣り、輪投げといった定番の物で遊び、先程の騒動なんて忘れてしまう程に満喫する。

 誰しも楽しい時というのは一瞬で時間が過ぎ去るもので、それは津太郎達も同様だ。 あっという間に最奥にまで辿り着き、折り返しも既に半分以上を通過していた。


「ん~~~~っ! 思う存分、祭りを楽しんだって感じがするわー」


 これまでさんざん遊び尽くした小織はようやく一段落したのか、息を吐きながら両手を上へ伸ばす。 普段より高い声を出していて、満足げなのがよく分かる。 


「まさかこの歳で輪投げするなんて思わなかったぞ……」


 津太郎は軽く疲れ気味な溜め息を吐く。 ただ、溜め息を吐くにはもう一つの理由があった。


(調子乗って使い過ぎた……)


 答えは浪費だった。 財布の中には巌男が出してくれた三千円だけが綺麗に残っている。 仮に貰っていなければある程度の自制が働いて浪費を防げていたかもしれないが、所持金が千円以下になっていたのは間違いない。


「別にいいじゃない、たまにはああいう遊びをするのも」


「まぁ、懐かしい感じがして悪い気はしなかったな──」


 津太郎はそう言いながら右手にある屋台の商品が目に付く。 とはいえ歩きながら眺めただけで、すぐにその屋台からは離れたが。


「──あ、さっきのジュース屋さん」


 栄子が指を差したのは浩二がいるジュースの屋台だ。 相変わらず「安いよ安いよー!」と元気に呼びかけをしている。


「あのジュース屋さんが見えるってことは、もう後ちょっとで一周なんだ。 早いなぁ」


「時間が経って人が減ったからっていうのもあるかもしれないわね。 最初と比べて明らかに途中から歩きやすかったし──でも見て回った後はどうする? 予定通り、さっき言ってた公園に行く?」


 小織は栄子に自分なりの考えを伝えると、津太郎に次はどうするか問う。


「え?」


──が、何故か津太郎は上の空だった。 返事の声も何処か腑抜けている。


「え?──じゃなくって、見て回った後はどうするかって聞いてるんだけど」


「あ、あぁ! 悪い悪い! そうだな──早めに行って場所を取っときたいし、俺的にはもうここは切り上げて公園へ向かった方が良い気がするが……」


 津太郎は途中まで話した後、左側にいる栄子の方へ顔を向ける。


「栄子はどっちがいい? もしまだ回りたいなら、別にもう一周ぐらいならいいんだぞ?」


 そして栄子は一体どうしたいのか訊ねる。 本人にとっては七年、あるいは七年以上ぶりの夏祭り。 恐らく楽しくて楽しくて仕方ないに違いない。 だからまだ帰りたくない、遊びたいと願うなら、津太郎はその願いを叶えるつもりだ。


「私なら大丈夫だよ。 もう沢山遊んで満足したから♪」


 だが栄子は屈託の無い笑顔で答える。 これが気を遣っているのではなく、本心からの言葉だというのは表情を見れば一目瞭然だった。


「なら決まりね、じゃあこのまま出入り口まで歩いた後は──」


「あー、悪い! ちょっとだけ、ほんとにちょっとだけそこで待っててくれないか? すぐに戻ってくるから!」


 話が纏まったと思った途端、津太郎が右側の歩道に指差して二人に待つようお願いしてくる。


「は? なんでよ?」


「ええと、それは……と、とにかく! 理由は後で教えるから! それじゃっ!」


 津太郎はそう言い残すと、何故か人の流れに逆らう形で逆走していった。

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