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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
七話

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命は花火のように儚い その二十一

「そ、そんな、いいですよ! 別に何かしたわけでもありませんし!」


 一輝は遠慮するように両方の手の平を見せながらお断りする。 ただ、後ろは賑わっているせいで一輝と浩二のやり取りは誰にも聞こえていないようだ。


「いいのいいの、もう三本も五本も変わらんし」


「三本?」


「いやー、実はね、さっき高校生ぐらいの子が三人来たんよ。 それで──まぁ色々あって三本あげたわけ。 だから三本も五本も一緒一緒! 知り合いには後で言うとくから気にせんとって!」 


 浩二の言う三人とは津太郎達の事だ。 しかし、栄子と小織に見惚れるあまり失言をしたお詫びにジュースをあげたのは一輝に言いたくないらしく、そこは有耶無耶うやむやにする。


「いや、でも……」


「おっちゃんね、一生懸命頑張ってるお二人を応援したいのよ……! だからさ、この飲み物は懸命に取り組んでる若者達へのおっちゃんの気持ちと思って──受け取ってもらえないかい……?」


 どうやら少しでもいいから手助けしたいという気持ちは本物らしい。 一輝にも冗談で言っているのではないというのが伝わってくる。


「イッキさん、受け取りましょう。 ここでお断りするのはニッタさんからのご厚意を否定するようなものです」


 コルトもまた浩二の熱意を感じ取ったようだ。 だが──、


(え、何この空気……はい、あげる的なノリでジュース渡して『あざーっす!』してもらって終わりぐらいに思ってたのに何かすんごい重苦しくなってない? 俺、もしかしてやっちゃいました?)


 他の屋台が賑わってる中、ここだけドリンクストッカーの中の飲み物のように冷たい空気が漂っている事に浩二は謎の焦りを感じ始める。


「それは確かに失礼かも……うん、分かった──新田さん、そのお気持ち受け取ります」


「──え!? ホンマですか!? あざーっす!」


 しかしこの不安はコルトの説得により一瞬で解消された。 どうして浩二が逆にお礼を言ったかは不明だが。    


 その後、二人は浩二の厚意に甘えて缶ジュースをそれぞれ一本ずつ頂く。 一輝は蜜柑が目印のオレンジジュース、コルトは桃が目印のピーチジュースだ。 結局、浩二の思い描く格好良い感じにはいかなかったが本人的には『目の前にいる二人が嬉しそうだからよし!』という事にした。


「前回といい、今回といい、本当にありがとうございます……新田さんには頭が上がらないです」


「イッキさんから話を伺った通りの素晴らしいお方ですね、ニッタさんは」


「んふっ! そ、そうかなぁ! 何だか照れるなぁ! いやー、ぜーんぜん大したことやってない──」


「すみませーん、ジュース一本くださーい」


 二人からべた褒めされた浩二は歓喜の気持ちが抑えきれず鼻から漏れ出した後、横から中学生ぐらいと思われる女子二人が暖簾の手前から声を掛けてくる。  


「はいよー! 遠慮せず中に入ってきてやー!」


「あ、じゃあ僕らはこの辺で……」


 浩二が店主モードに切り替わると、これ以上は商売の邪魔になると感じた一輝は軽く頭を下げて屋台から抜ける。 コルトもまた青のスカートの裾を優しく摘まんでから少し広げ、足を重ねるように組み、「誠にありがとうございました」とメイドならではのお辞儀をし、一輝を追うようにして屋台を後にする。


「好きなもん、選んでってなー!──だいじょーぶだいじょーぶ! だーれも横から取らんからゆっくり選びー!」


 客が飲み物を選ぶのに夢中になっている間、浩二は右側に進んでいる一輝とコルトの後ろ姿に向かって笑顔のまま拳を握り込んだ後に親指だけ立て、サムズアップのポーズをする。 まるで『彼女さん見つけるの頑張ってやー!』と訴えかけてると言わんばかりに。




 

   ◇ ◇ ◇



 


 浩二と別れた二人は、人が混んでいる道路ではなく人通りの少ない右側の歩道に移動し、誰も使っていない木製のベンチへ座って足を休める。

 一息ついた後、缶ジュースの開け方が分からないコルトの為に一輝が目の前で実践した。 方法自体は特に難しくないという事もあり、真似するようにしてコルトも開けると本日二本目のジュースを堪能する。


「大丈夫? 疲れてない?」


 一輝はコルトの体調を心配する。 いくら足は平気でも慣れない事の連続で脳が休まらず、疲労が溜まっているかもしれないと感じたようだ。


「ご心配頂きありがとうございます。 ですが私は何ともありません。 むしろ新しい発見だらけで心が躍るぐらいです」


 コルトの微笑みと言葉を聞く限り、どうやら一輝の杞憂に過ぎなかったらしい。 恐らく今は三ヵ月ぶりに知的好奇心を刺激され、自分でも気付かぬ内に一種の興奮状態に陥っているのだろう。


「そ、そっか、それならよかった」


「──私、勇気を振り絞って良かったです……もしもあの時に何も行動を起こさなければ、このような体験が出来ませんでしたから……」


 一瞬の沈黙の後、コルトが胸の内を語る。 滅多にない二人きりの内に。 この高揚の中でしか出来ない今の内に。


「僕も……コルトを誘って、この祭りに来てよかったよ」


「イッキ……様……」


 互いに見つめ合う。 後ろには人が溢れ、老若男女関係無く様々な声が聞こえている筈なのに、二人だけの空間が出来上がっていた。


「だって──コルトのおかげで新田さんにまた会えたから」


「え?」


 一輝の口から飛び出したまさかの言葉にコルトは呆然とし、数秒前までの甘い空間は完全に消滅していた。


「もしあのまま帰ってたら祭りに行くこともなく、新田さんに会うこともなく終わってたんだよ? だから再会出来たきっかけを作ってくれたコルトには本当に感謝──」


「フフッ……」


 コルトは下に向き、右手の人差し指を上唇に軽く当てて微笑する。


「き、急にどうしたの?」


「申し訳ございません。 何だかイッキ様らしいと思いまして」


「僕らしい……?」


 一輝は首を傾げる。 どうやら言葉の意味は分かっていないらしい。


「はい。 ですが、いつかは──」


「キャァァァァァァアッ!」


 コルトが一輝へ何か決意表明をしようとした瞬間、これまで歩いてきた方向とは反対の方から女性の叫び声が周りを響かせる。 心からの叫びに只事ではないとすぐに察した二人はすぐに立ち上がり、歩道から道路を見るが人混みで遠くの方は何も見えない。


(向こうで一体何が……!?)


 人の視線、注目を浴びるのを気にしなければあらゆる手段を用いて騒動の発端となった場所へ駆け付ける事が出来ただろうが、やはり目立ちたくはないという気持ちの方が強く、身動きが取れない。


「イッキ様! この路地を通り抜け、向こう側からこの建物の屋上へ向かうのはどうでしょうか!」 


 コルトは真正面の建物と建物の間にある一人なら問題無く入れそうな細い道へ指を差しながら案を出してくる。 わずか五秒足らずで一輝が求めている理想的な意見を提案するのは流石というべきか。


「屋上……!?」


 真上に見上げた一輝の目に映ったのは約七メートル程の高さの建物だった。 洋服が飾られたショーウィンドウが見える事から洋服店なのは間違いないが、シャッターは閉まっている。


「うん、そうしよう!」


 今なら誰もいない可能性が高い、それなら丁度いいと感じてコルトの案に乗ると同時に一輝から先に路地を駆け抜ける。 一瞬で通り抜けた先は片道一車線と歩道と構造自体は祭りの会場方面と変わらないものの、人の姿も車も一切見掛けない。


「これなら問題なさそう……!」


「ではイッキ様、屋上へ参りましょう」


「うん……!」


 一輝が静かに頷くと、二人は洋服店の屋上へ顔を見上げる。

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