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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
七話

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命は花火のように儚い その十三

 リノウが部屋を出てから五分後、ドア越しに「着替え終わりました。 入っても大丈夫ですよ」とコルトから入室の許可が出たのでドアを開ける。


「おぉ~! バッチリ似合ってるじゃーん! いいねいいねー! 我ながら完璧な衣装選びだよ~!」


 リノウは拍手をしながらコルトを褒め倒しつつも、さりげなく自分の事も褒める。 その拍手はコルトに対してなのか、それとも自分になのか、はたまた両方なのか。


「ありがとうございます」


 目の前にいるコルトの服装は上が純白で通気性の良い半袖のブラウス。 下は膝下までの長さ、色は例えるならば深海のような青色のスカートだ。 足元は白のソックスにメイドシューズを履いている。

 コルト自身の礼儀正しい姿勢、見た目の鮮やかさ、落ち着いた雰囲気からその姿はまるで良家のご令嬢のようだ。


「しかし……普段とは別の格好をしている所を見られるのは何だか恥ずかしいですね……」


 コルトはブラウスを眺めたりスカートを軽くつまむ。 この動作は服を気にするというより照れ隠しをしているように見える。


「あー、言われてみれば確かにコルトっていーっつもメイド服ばっか着てるから私服ってすっごく新鮮かも~。 でもでもー、いーじゃんいーじゃん! 今日だけじゃなくて時々でいいからさー、たまにはこうやってメイド服以外の服を着てよー!」


「お、お断りします……!」


「おぉ……! いつもは冷静に対応しちゃうコルトが慌てている……! だーけーどー♪ そんなところもかーわーいーいー♪」


「──騒がしいぞ、何をしている」


 二人──ではなくリノウだけが盛り上がっている中、廊下からクリムが話しかけてきた。


「何ってコルトの私服を選んであげてたんだよー」


「服選び……?」


「そうそう、実はさぁ──」


 その後、リノウが食堂での会話を盗み聞きしていた事、コルトの部屋で服選びをする流れになった事情を軽く説明する。


「なるほど、それで選んでやってたわけか。 盗み聞きはあまり良くないが困っている仲間を助けるのは良い事だ」


「そうでしょそうでしょ! 偉いでしょー!」


 珍しく褒められたリノウは上機嫌になっている。 仮に尻尾が付いていれば物凄い勢いで振っていそうだ。 


「あぁ、偉い偉い。 是非、これからも手助けをしてやってくれ」


「はーい!」


「──にしてもコルトがメイド服以外の服を着てるのは貴重だな。 似合っているではないか」


「だよねー。 しかもメイド服じゃないから何か気弱なのも可愛くてさー!」


「も、もうそのくだりはいいですので! イッキ様のお部屋へ向かいましょう!」


 二人の興味深そうに見つめる視線、私服に関する話題からコルトは逃げるようにして部屋を出る。 ただ『似合ってる』『たまには着て』と言ってくれた事が嬉しかったのも事実だった。


──その後、三人は一輝の部屋へ行くも当の本人はベッドの上で熟睡していた。 クリムが起こそうとしたもののコルトがもう少し寝かせてあげようと引き止める。

 しかしいつ起きるか分からないのにここで待っていても仕方ないと思い、一階へ戻ろうとした時に話し声が聞こえていたイノがドアを開けてきた。 何をしていたかは廊下で喋っていたせいで全部筒抜けだったらしく、今がどういう状況かは理解しているようだ。  

 なら丁度いいと考えたクリムは一輝が起きて部屋から出たら自分を呼んで欲しいと頼み、イノが承諾すると食堂へ向かう。


 だが待てども待てども一輝は来ない。 待つのに飽きてしまい、退屈で眠くなってきたリノウは大きな欠伸あくびをしてから「ちょっと寝るねー、おやすみー。 あ、別にイッキ君が起きてもボクは起こさなくていいからー」と言ってこの場から去る。

 それから二人で雑談しながら気長に待っていると、ようやく二階からイノの「起きたよー!」という呼ぶ声が聞こえ、クリムが一輝の部屋に歩いていく。  


「──あ、イッキ様が起きたのでしたら私も準備をしないと……」


 一輝がもうすぐ来る緊張感で危うく忘れそうになっていたが何とか我に返ると、テーブルの上に予め置いてある試験管の蓋を開けて頭に髪染め薬を振り撒いた。

 自分の目で徐々にその髪が黒くなっていくのを確認した後、今度は透明の液体の入ったガラス製の小さな箱から黒のカラーコンタクトを慎重に指で取り出す。


「これを……目に……付けて……」


 コルトはリノウの真似をするように左目を閉じ、右手の人差し指の上に置いたカラーコンタクトを右目に丁寧且つ優しく当てる。


「……特に異物感や嫌悪感のようなものは無いみたい……」


 付けてから数秒、身動きせず大人しく待つも何かしらの異変、違和感が起こる気配は感じられない。 ならば何も問題は無いと考えて左目にも同じ動作をする。


「でも確認の為の鏡を持ってきておけば良かっ──降りてきてる……!? 早くお出迎えしないと……!」


 廊下から階段の床を踏む複数の音が響き、こちらへ向かってきているのが分かったコルトはガラスの箱の蓋を閉める。 そして慌てて食堂から出て、一輝と顔を合わせた所までがこの二時間の流れであった。





   ◇ ◇ ◇





「……! ぜっ、全然変じゃない! ちゃんと髪の毛も黒くなってるしカラーコンタクトのおかげで瞳も黒いからこの世界の人にしか見えないし!」


 コルトに何か変な所は無いか聞かれた一輝は大丈夫と答えるも、何故か照れるように頬を赤くしていた。 確かに目の前に長く麗しい黒の髪に凛とした黒の瞳、正しく大和撫子の名に相応しい女性が姿を現わせば、男なら瞳を奪われても何もおかしくはない。 一輝もまたその一人で、一瞬だけ動悸どうきが激しくなっていたようだ。


「何を言っている、指摘するのはそこではないだろう」


 クリムはコルトの私服に指を差す。


「えっ?──あ、あぁ、うん! 美しい青空を思わせるような組み合わせで凄く素敵だと思うよ!」


「あっ、あ、ありがとうございます……!」


 一輝から『素敵』と言われたコルトは喜びを噛み締める。 その様子をイノが「いいなぁ……」と羨ましそうに見ていた。


「だけど……せっかく着替えてずっと待っててくれたのに寝坊して本当にごめん……!」


 一輝は深々と頭を下げる。 コルトからすれば待つ事なんて大した事じゃないのかもしれない。 だがそれでもやらないと気が済まなかった。


「頭を上げて下さいイッキ様、私は何も気にしておりませんから。 それよりもお出掛けになる前の準備をした方が宜しいのでは?」


「そ、そっか……髪も染めてるし急いで準備してこないと……でもほんっとごめん! 次から気を付けるからー!」


 髪染め薬の効果が切れるまで数時間、既に終了までの秒読みは始まっている。 別に長時間に渡って歩き回る予定ではないが、なるべく余裕は持たせたい。

 そういう考えから一輝は素早く階段の横を通り過ぎて風呂の隣にある洗面所で洗顔をし、自分の部屋に行ってコルトが仕立ててくれた通気性の良い黒のジャケットを羽織る。

 そしてもしかしたら何かに使うかもしれないと感じ、クローゼットの下の引き出しの中に入れてある全財産の六千円をポケットに仕舞ってから部屋を出る。


「ごめんコルト、お待たせ!」


 一輝は階段を駆け下りながら言う。 その慌てっぷりは遅刻しそうになり、急いで準備を済ませた学生みたいだ。


「想定していたよりは早かったな、合格だ」


「コルトなら分かるけど……何でクリムがお兄さまの試験官みたいなことをしてるの……?」


 クリムの唐突な抜き打ち試験的な発言にイノは少し困惑している。


「合格だ、良かった~」


「あ、嬉しいんだ……」


 一輝の胸をなでおろす反応に、より一層困惑するイノであった。


「──それじゃ、行ってくるね」


「行ってまいります、お二方」


 異空間とこの世界を繋ぐドアの前まで四人で歩いた後、一輝とコルトが出掛ける前の挨拶をする。


「いってらっしゃい。 外は暑いから無理しないでね二人共」


「車には気を付けるのだぞ、あれは危ないからな」


 イノとクリムもまた二人へ挨拶を返す。 


「コルトよ、夕食の準備は我らがしておくから後の事を気にせず気分転換してくるがよい」


 そして一輝が軽く手を振ってドアから抜けようとした直後、クリムがコルトに帰ってきた時の事を考えなくていいよう気を利かせる。


「その必要は──いえ、では宜しくお願い致します」


 二人はこれ以上の会話は必要無いと互いに笑顔を見せる。 一輝とイノもまた、その光景を見て微笑ましく感じていた。

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