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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
七話

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命は花火のように儚い その十二

「──ふぁぁぁあ……! よく寝た……さてと、顔を洗ったらコルトを呼んで外に行こうかな……」


 仮眠から目覚めた一輝は上半身を起こした後、欠伸あくびをすると同時に背を伸ばす。 まだ頭も身体も完全に覚醒はしておらず、半分寝惚けた状態で靴を履いてから立ち上がり、部屋を出た。

  

「ん?」


 廊下へ出て木製のドアを閉めた直後、正面にあるイノの部屋のドアが開く。


「お兄さまおはよう、やっと起きたね。 クリムー! お兄さま起きたよー!」


 出てきたのは当たり前だがイノだ。 だが挨拶をすると、すぐに階段の方へ大声を出す。


「おはよう、イノ。 でもやっと起きたってそれはどういう……?」


「だってすっごく寝てたんだもん。 もう薄っすらと日が傾いちゃってるよ?」


「え!?」


 自分の中では軽い仮眠のつもりの筈がまさかの深い睡眠。 イノの言葉にただただ衝撃を受けるばかりだった。 この屋敷には時計が存在しないので正確な時間は不明だが、恐らく二時間は経過したと思われる。


「ようやく起きたか」


 イノに呼ばれたクリムが階段を上がって一輝達の元へ歩いて寄ってくる。


「起きたけど──って寝てると知ってるなら起こしてくれればよかったのに」


「我はイッキがあまりにも遅すぎるから部屋へコルトと共に行ったのだぞ? それで起こそうとしたのだがコルトに『せっかく気持ち良さそうにしているのだから自分で起きるまで寝かせてあげたい』と頼まれてな。 そう言われては我も起こしにくくなって仕方なく待つ事にしたというわけだ」  


 どうやらクリムの説明によると、寝ている一輝に気を遣ってくれたらしい。 イノも二人に起こさないよう頼まれたのだろう。


「そ、そうだったんだ……ごめん、ずっと待たせちゃって……」


「謝罪なら我らより優先すべき者がいるだろう。 さっ、行くぞ」 


 クリムがそう言いながら後ろへ振り向き、一階へ向かうと一輝とイノも後を追うように付いていく。 そして三人が階段を下りた先、玄関の手前にはコルトの姿が見えた──が、


「あ、あの……イッキ様……変ではない……でしょうか……」


 そこに立っていたのは黒の長髪に黒の瞳、私服を着たコルトだった。





   ◇ ◇ ◇




 

──二時間前、会議が終わって解散した直後の食堂にて。


「お話とは?」


「コルトよ……もしやイッキと外へ出掛ける際、その服装で出るつもりなのか?」


 クリムがコルトを引き止めた理由、それは着ている服についてだった。


「はい、そのつもりですが」


「外へ出る時は止めておいた方がいいぞ。 この世界でその服はあまりにも目立ちすぎる」


「そうなのですか?」


「あぁ、前にイッキと情報収集をしに行った時に幾多の道行く者を見てきたが我のような鎧を着た者、其方のようなメイド服を着た者は一切見掛けなかったからな。 我らの世界では普通でも、こちらの世界では奇抜な格好かもしれん」


「──かしこまりました。 クリムの指摘に従い、私服へ着替える事に致します。 私の固執でイッキ様にご迷惑をお掛けするなんてメイドとして、従者としてあってはならない事ですから」


 コルトは数秒だけ目を閉じた後、素直に承諾する。 この数秒の間には従者の証であるメイド服にするか、この世界の住人の証だと示す私服にするか、己の中で葛藤があったのかもしれない。


「そ、そこまで大袈裟に捉える必要は無いと思うが……まぁいいか」


 クリムとしては軽い助言のつもりで伝えたのだろうが、コルトにとっては重要な二択だったようだ。 とはいえ無事に納得してくれて安堵する。


「それにしても意外ですね。 衣服に無頓着むとんちゃくなクリムが、まさかの衣服についての指摘をしてくるだなんて」


「意外とは何だ意外とは。 我はただ、その状態で注目されてしまっては意味が無いと思っただけだ」


「意味が無いというのは?」


「せっかく髪と瞳を黒く染めて大丈夫かどうかの確認をするのに、メイド服を着ていたらどちらが注目される原因なのか分からなくなるだろう? つまりそういう事だ」


「……」


 クリムが理由を説明するも、コルトは急に口を覆ったまま何も言葉を発さなくなる。


「ん? どうした、急に黙って」


「いえ、まさかクリムに正論を言われるとは想像もしておりませんでしたので」


「失礼過ぎるだろうそれはっ!」


 その後、一輝がいつ休憩を終えて戻ってくるか分からないのもあってかコルトは予定を変更して自分の部屋へ向かう。


 二階の階段から見て一番手前の右側にあるコルトの部屋はメイド服の予備が何着もハンガーに掛けてあるハンガーラック。 寝間着や私服が入ったクローゼット。

 座って一息つく、または裁縫をする為の白のクロス付きの丸いラウンドテーブルと椅子。 高級ホテルでしか存在しなさそうな最高級のベッドが設置されている。

 無論、部屋の中は徹底的に清掃をおこなっていて埃一つ存在しておらず、清潔感しか漂っていない。


(先程は私服にすると言ったけど、どうしましょ……)


 コルトはクローゼットの中の服を見ながら悩んでいた。


(いつもこの服と寝間着だから、いざ私服となると何を着ればいいか迷いが……)


 どうやら外へ出掛ける時の私服が決められないようだ。 色々な服を取り出しては戻し、取り出しては戻しを繰り返し、頭を悩ませている。


「ふっふっふ、どうやらお困りのようだね」


「誰ですか──って、リノウではありませんか」


 声のする方へ顔を向けた先にいたのはドアを開け、何故か自信ありげに腕を組んでいるリノウだった。 呼ばれるまで全く気付いていなかったのは、服選びに意識を集中し過ぎていたせいだろう。


「私の部屋に来るだなんて珍しいですね、どうかいたしました? おやつなら出しませんよ?」


「どんだけボクのこと食いしん坊だと思ってるの!? 違うよ! 服選びを手伝ってあげようと思って来てあげたんだよ!」


「服選び……? まさかとは思いますが私とクリムの会話の盗み聞きを?」


「盗み聞きだなんて酷いなぁ。 なーんか二人だけ何処にも移動しないから怪しいと思って一階へ降りたらたまたま二人の会話が聞こえただけだよぉ。 割り込むのは邪魔しちゃ悪いと思って隠れてたのは事実だけどさー」


「別に隠れる必要なんて無いでしょう──そもそも用件は本当にそれだけなのですか?」


 リノウの口元には微かにクッキーの粉が付着しているのをコルトは見逃さなかった。


「……! や、やだな~、本当にそれだけだってぇ……」


「はぁ……まぁいいでしょう。 それより衣服のお手伝い、宜しくお願い致します」


 ここで指摘しても仕方ない、ならばクッキーを食べた代わりに服選びの助言をしてもらって無かった事にしようとコルトは決めた。


「任せて任せてー! よ~し! リノウちゃん頑張っちゃうぞ~!」


 コルトに頼まれた事が嬉しいのか、リノウは張り切ってクローゼットから服を選び始める。


「うーん、今は暑いし~、見た目も涼しそうなのがいいよねー。 それで歩くから動きやすいのは──うんっ! これだっ!」


 意外にも真剣に考えて数分。 この組み合わせが良いと感じた衣服をハンガーごと取り出し、コルトに意見を聞くべく目の前に突き出す。


「これは──はい、とても素晴らしい組み合わせでございます」


 コルトもリノウの選んだ服が気に入ったのだろう、すぐに承諾した。


「へっへーん! でしょでしょー! じゃあボクは外に出てるから早速着替えてねー♪」


 久しぶりに褒められて満足したリノウは着替えの邪魔になると外へ出る。 コルトはその後ろ姿に感謝の気持ちを込めて頭を下げていた。 

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