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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
二章

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異世界からの来訪者達 その14

 今にも星が見えそうになるぐらいに空は暗くなり、通り道に設置されてある街灯からは白の光が地面を照らし始める。

 気温も急激に下がって身体に当たるその風は、昼間と違って涼しさを感じるよりも逆に肌寒さの方が強い。

 

 この時間になると部活や塾が終わった学生の他に仕事帰りの社会人等、様々な人達が様々な気持ちを抱いたまま家へと向かっているだろう。

 休憩所から出発した教見津太郎きょうみ しんたろう月下小織つきした こおりもまたその中の二人である。

 すぐ隣が二車線の道路で人が入らないようガードレールが設置された歩道を歩いており、もしも何かあった時の為にすぐ反応出来るよう横に並んではいる。

 しかし何故かお互いの距離は大人が(あいだ)を簡単に通り抜けれるぐらい離れていた。


「……」


「……」


 更に二人の間に会話もなく何処か重苦しい雰囲気が漂っている。通りすがりの人からすればこの二人は思春期ならではの仲の悪い兄妹のように見えていそうだ。

 

「さっきからずっと静かね……」


 具合の悪さが原因でいつもより遅い速度で歩きながらも小織は重い口を開く。声の出し方もやはり怠そうで普段のようなキレがなく、本当に辛そうだ。


「そうか? ちょうど帰る時間が重なって車の音とか人の声でうるさいような気がするぞ」


「……話が嚙み合ってないんだけど。 アタシが言いたいのは教見自身が何も話してこないって意味よ」


 津太郎としては体調の悪い小織に少しでも体力を使わせない為にあえて静かにしていたつもりだが、どうやら逆効果だった可能性が高い。


「あー……月下が具合悪いのに声掛けちゃ悪いと思ってさ。 無理して話してたらもっと悪化するかもしれないだろ?」


「アタシはどっちかというと気まずい方が辛いから話してた方が気が紛れて丁度いい──ゴホッ! ゴホゴホッ!」


 しかし、再び咳が出始めてとても話しながら帰る状態ではない。

 通行人からの視線も感じるが今は気にしてる場合ではなく、津太郎はその小織の様子を見て何か少しでも楽になる方法はないか考えながら周りを見渡す。


──すると道路を挟んだ向かい側の歩道には、商品を映し出す為に遠くからでも分かる程に発光している自動販売機があった。


「月下、ちょっとここで待っててくれ。 すぐ戻ってくるから」


 小織に聞こえるよう優しく囁くと、少々遠回りにはなるが離れた所にある横断歩道を両肩にカバンを抱えたまま走って渡り、他には誰もいない自動販売機で目的の飲み物を購入する事が出来た。

 休む暇なく急いで来た道を戻り、小織へ青いラベルに白の文字で商品名を表記されたペットボトルのスポーツドリンクを手渡す。 


「ちょっとでも気休めになればと思ったんだが……」


「ずっと見てたけど落ち着き無さすぎよ……でもせっかく買ってくれたんだし──頂くわ」


 小織は早速、白のキャップを回して外した後に少しずつ飲み始める。飲み物が原因で咳き込む心配もあったが今の所は平気そうだ。

 この休憩の間に津太郎は小織に一つ質問をする。


「なぁ月下。 なんでタクシー呼んで帰ろうとしなかったんだ? 彩おばさんが財布と携帯持ってなくても俺が電話して呼べたしお金も払えたのに」


 喉に潤いを取り戻した小織はまだ残っているスポーツドリンクにキャップを着けて手に持ったまま話し出す。


「……やろうと思えばとっくに自分でやってるわ。 ただいつ来るか分からないタクシーを待つより歩いて帰った方が早いと思ったから呼ばなかったのよ」


 決して無駄な意地や自分勝手な暴走ではなく合理的に考えての行動であった事に津太郎は感心した。 


「マジか……しんどいのにちゃんと時間配分とか効率とか考えてるとか本当にすげぇよ。 そういうのが出来るって家事をテキパキこなすイメージあるし、月下は将来いいお嫁さんになるかもな」


「へっ……!?」


 小織は津太郎の言葉に思わず甲高い声が出てしまうほどに動揺してしまい、持っていたペットボトルを落としそうになる。慌てて掴み直すと咳払いをして何事もなかったかのように振る舞う。


「おいおい大丈夫──」


「────さ、もう行きましょ」


 話を半強制的に終わらせると無言で家の方へ歩き始める小織に津太郎も急いで付いていく。

 しかし、どうして態度が先程までとは別人のように変わったのかは全く分かっていなかったようで軽く混乱していた。


「ちょっ! どうしたんだよ急に!?」


 二人は再び肩を並べて歩く。だが最初と比べるとお互いの距離は子供が間を通り抜けできない程に(せば)まっていた。



 ◇ ◇ ◇



 小休憩してから十分後、辺りが一戸建(いっこだ)てや集合住宅が建て並ぶ住宅街へたどり着く。

 道路を挟んだ両脇には街路樹が等間隔で植えられていて、何処か高級感すら漂ってきている。


(そういえば月下の家って知らないな。 一体どんな所に住んでるんだろうか)


 津太郎は歩きながら周囲を見渡していると小織が急に立ち止まる。


「ここよ」


 目の前には鉄筋コンクリート造りで一切無駄のない形をしたマンションが建ってある。全体を薄いグレー色で塗装された五階建てであり、オートロックやエレベーターといったものはない。

 入り口の近くには自転車用の屋根付き駐車場も設置されていて、様々な色や種類の自転車が横一列に並べられている。道路沿いに建てられている為、着いた時には既に入り口のすぐ近くに二人はいた。


「ここが月下の住んでる所か……それで? 何階に行けばいい?」


 着いた途端にとんでもない大胆発言をしてきた津太郎に小織は戸惑いを隠せない。


「い、いいわよ別に付いてこなくても。 もう目の前だし後はもう一人で帰れるから」


「本当に?」


「ホントよ」


ほんの僅かとはいえ二人の間に沈黙が続くも、結局は津太郎の方が観念して口を開く。


「……まぁ確かにここまで来たらもう大丈夫か──それによく考えるとこれ以上踏み込むのは色々と問題になりそうだ」


 そう言うと肩に担いでいた小織のカバンを手渡す。 


「それもあるけど……二人でいるところを親に見られたら……なんか恥ずかしいし」


 小織は更に赤くなった頬を見られたくないからか、返してもらったカバンで顔を隠してしまう。もしも異性の同級生と家の前にいる所を親が目撃したらあらぬ誤解を生むのは間違いないだろう。小織としては何とかそれだけは避けたい。

 

 津太郎も指摘されて流石に色々と察したのと小織の体調の事を考えて、二つの意味で大事になる前に帰る事にした。 


「それもそうか……じゃあ俺はもう帰るから月下も家に入るまで油断しないようにな」


「小学生じゃないんだからもう大丈夫だって。 それより──その……帰りは助かったわ。 一応感謝しとく」


「気にすんなって、俺が好きでやったんだからさ」


 カバンで顔を下半分だけ隠しながら言う小織の何処かぎこちない素直なお礼に、校舎で見せた作り笑いではなく自然にできた純粋な笑顔で返答した。

 それからお互いが無言のまま軽く手を顔の横に挙げて別れの挨拶を手短に済ませた後に津太郎はマンションの入り口付近から立ち去り、小織は階段を上っていく。


 体調が悪い状態で階段を上るのは一苦労で、軽く息切れしつつも小織は住んでいる家がある五階の廊下から津太郎を眺めるようにして見送った。

 こんな事をしても恐らく意味はないだろう。それでもいなくなるまで見届けないとここまで送ってくれた事に失礼と感じてしまう。


「アンタが一番疲れてるだろうに……ホントお節介焼きにも限度があるわよ──でも嬉しかったな」


 買ってくれたスポーツドリンクとさっきまで持ってくれていたカバンを両手で抱え込むように持つと、津太郎の姿が目に映らなくなるまで見続ける。

 この時、張ってた気が緩むと同時に頬も緩んでしまった結果──とても和やかで幸せそうな顔を自然としていた事を小織自身も気付いていない。



   ◇ ◇ ◇



 一人きりとなった本当の意味での帰り道──津太郎は焦っていた。それは数分前、小織のマンションから出て歩いていた時の事である。


(やっべ、親に電話するのすっかり忘れてた)


 色々な事に巻き込まれてそれどころではなかったとはいえ、連絡する事を今になって気付く。

 急いでスマートフォンに電源を入れて画面を確認すると母親の教見美咲きょうみ みさきからの着信履歴が三〇件以上という事実を打ち付けられてしまう。

 

 これを見てようやく親に心配かけさせてしまった事を自覚した津太郎は、怒鳴られる覚悟で電話すると


「事情は彩ちゃんから聞いたわ」


 と予想とは真逆の落ち着いた口調で話し始めた事に肩の力が抜けるような感覚に陥る。

 恐らく清水彩しみず あやが家に着いて真っ先に美咲へ連絡してくれたのだろう。

 

 しかし安心したのも束の間、電話越しにどこか雰囲気が一変したような感覚が伝わってきて今度は──


「それはそうと何で連絡してこないの! 心配したでしょ!」


 とやはり怒鳴られてしまう。これに対し津太郎は何も言い返せず、ひたすら説教する上司と聞かされる部下のようなやり取りが電話越しに二人の間で繰り広げられた。

 長いようで短い電話が終わると、これ以上はもう親に負担を掛けたくない一心で再び歩き始め──そして今に至る。


 黙々と前へ前へと進み続けたおかげか特に誰か知り合いと遭遇する事もなく、何か急なトラブルに巻き込まれる事もなく、僅か十分足らずで四人で話していた休憩所も通り過ぎると学校方面へと続く道が月の光で映し出される。

 校門付近はあれからどうなったか見たい気持ちもあったが、流石にこれ以上は寄り道できない津太郎は余計な方向へは行かず家のある方へ足を動かす。


(黒い穴にゲームでよく見るような異空間……それと急に現れた謎の多い六人……)


 周りに誰もいない静かな夜道を一人で歩いていると、やはり運動場で起きた事に関して色々と考えてしまう。

 何か別にやる事があればそれに集中できて意識せず済んだが、今は何もない為なかなか頭から離れずにいた。


(黒い髪に黒の瞳、日本語を話してたし東仙一輝(とうせん いっき)という名前だってまんま日本人だよな……でも他の五人は全く日本人に見えない風貌なのに日本語を話してたのは一体……それに手が光ったと思ったら巨大な泡に包まれるとか瞬間移動とかもう魔法としか思えな──ん?)


 この時、巨大なシャボン玉に全身を覆われる前に一輝が何か言っていた事をうっすらと思い出した。


(確か『何とか』魔法とか言ってたぞ! その後にバブル? えーっとなんだっけか……あーハッキリと思い出せねえ!)


 この喉元まで出かかっている状態が続いて釈然としない事に興奮状態の津太郎は思わず勢いのまま叫んでしまいそうになるが何とか抑える。

 結局完全には思い出せなかったものの、彼らが何者なのか少しだけ近付けたような気がして喜びを感じていた。


(どう考えても普通の人じゃないって思ってたけどそうか魔法か……え?)


 興奮状態が徐々に収まり、今度は冷静になり始めると満足していた筈の答えに根本的な疑問が浮かび上がる。


(普通に考えたら魔法ってなんだよ……そんなゲームや映画のような創作でしか存在しないものが現実にあるわけないだろ。 うわなんか恥ずかしいぞ俺。 いやでもあの人が魔法と言ってたのは間違いないし。 というかあんな芸当どうすれば──)


 物心ついた時から教育を受けてきた『常識』と、今まで培ってきた人生の価値観が壊れてしまいそうな『非常識』が津太郎の頭の中でせめぎ合う。

 

 常識を選べば少しでも近付ける可能性を手放すかもしれない。

 非常識を選べば現代人においての社会性を失うかもしれない。


 かといって両方を受け入れたら二つの思考が交差する事なく延々と悩まされるだろう。


 そして津太郎の出した答えは────


(……とりあえず考えるのは後回しにしよう。 今はもうダメだ、疲れたしさっさと帰る事に専念だ)


 保留だった。

 

 とはいえ今すぐ選ぶ必要も無い為、津太郎自身の精神的負担を抑えるという意味でもこの選択が一番良かったのかもしれない。


(また今度、時間がある時にじっくり考えればいい。うん、そうしよう)


 心の中で自分に言い聞かせ、一旦この話に関しては思考を停止させる事にする。

 

 それから間もなく、長考しながらも歩くのを止めなかったおかげで見慣れた家がすぐそこにはあった。

 カーテンのすき間からは家の光が漏れていて、門扉の近くにある西洋風の門灯(もんとう)からは夕日のような橙色(だいだいいろ)の明かりがハッキリと見える。


「はぁ~~~……着いた……やっと着いた……」


 山の頂上に辿り着いたような雰囲気を出しつつ、玄関先で身体が勝手に長い長いため息を吐き出してしまう。ようやく家に帰ってこれた安心感からか一気に疲れが出てしまったのかもしれない。

 ここで一度座り込みたい気持ちを抑え、ここが最後の踏ん張りどころと思った津太郎はもう止まる事なくドアを開け、家の中に入る。


 こうして津太郎にとって生涯忘れられないであろう一日が終わりを告げた。

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