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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
七話

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命は花火のように儚い その五

「ごちそうさまでした♪ はい、これ返しますね♪」


「お、おう……」


 愁からタコ焼きの刺さっていない爪楊枝を渡された津太郎は透明のフードパックの中に入れて、輪ゴムで縛る。 心なしか、その動きには哀愁が漂っているように感じた。


「改めて皆さん、お久しぶりですっ!」


 遠方から颯爽と現れ、最後のタコ焼きを食らったままの勢いで挨拶をしてきた愁の髪は黒のおさげ。 身長や体型は小学生と勘違いされてもおかしくないぐらい小柄で、声の高さも相まって幼さに拍車をかける。

 服の格好は黄色のシャツに長さが膝辺りまでのデニムのショートパンツ、色は青。 足元は白の靴下とスニーカー。 そして黒のミニショルダーバッグを肩から斜めに掛けていて、ショッピングモールの時と比べて高級感とは程遠い身軽な格好をしている。


「特に──えーっと……すみません……し、しーみー……しーみず……清水先輩で……名前合ってます?」


 愁は栄子の顔を二、三秒ぐらい眺めてから慎重に訊ねてきた。 


「合ってるわよ、大丈夫」


「合ってました!? よかったよかった! 清水先輩はあの廊下で会った時以来なんで特にお久しぶりです! 元気にしてましたか!?」


 小織に正解だと教えられた愁は、安心した後に栄子の手を握る。


「う、うん、元気だよ。 そういえば小織ちゃんから聞いたけど、ちょっと前に教見君達とはショッピングモールで会ってたんだよね」


 三ヵ月前に会話した時は非常にぎこちなかったが、今は祭りの最中というのもあってか特に緊張もせず何の抵抗も無く話せているようだ。


「そうなんですよ~。 入り口でバッタリ会っちゃいまして、でもそのおかげで三人で色々なところを回ったりお昼ご飯を食べたり出来たんで大満足ですっ!」


「いいなぁ……楽しそう……」


「じゃあ親睦を深める為にも月下先輩と三人で今度どっかに行きましょうよ~!」


 どうやら愁は栄子に興味津々らしく、遊びに誘ってくる。 ただ、その言葉に栄子は何故か何も反応出来ず、苦笑いをしているだけだった。


「──アタシはともかく、栄子は色々と忙しいから難しいかもね」


 栄子の代わりに小織が対応する。 


「えー! もしかして進学塾とかですかー!?」


「まぁそんなところよ」


「そっかー、そういえば先輩達って来年から受験生ですもんね。 今から大学受験に向けて勉強だなんて凄いなぁ」


「じゅ、受験とかそういう話は今は止めときましょ、色々と辛いから……」


 愁の純粋な眼差しからは目を背け、大学受験という言葉からは意識を背ける。 決して今の発言は現実逃避ではない、今はする必要が無いだけ、と自分に言い聞かせながら。


「わっかりましたー! ぶっちゃけ自分もこういう堅苦しい話するの嫌なんで止めます! だって他に話したいことがありますし!」


「話したい……こと?」


「お二人の浴衣姿のことですよ~♪ いやー、ほんっと可愛すぎます~♪」 


 栄子が一体何の事かと首を傾げていた矢先、愁は二人の浴衣を心底羨ましそうに目を輝かせながら眺める。


「清水先輩のこの美しい黒は落ち着きがあるからこその大人な色気や魅力を引き出してますし、月下先輩の鮮やかな青は普段の明るさをより一層──いや、二層も三層も増して圧倒的存在感をかもし出してるとか素晴らし過ぎませんっ!?」


 興奮気味、そして饒舌に愁は語る。 これだけの言葉が咄嗟に出て、それでいて一度も噛む事無く言えたのは配信者ならではというべきか。


「暴走し過ぎだろ……そこまで着物が気になるなら加賀も着てくればよかったのに」


 タコ焼きを食べられてからある程度の時間が経ち、気持ちの整理がついたのか津太郎が三人の中に割り込んでくる。


「──持ってたとしても家に着付け出来る人がいないから無理ですよ~♪」


 この時、津太郎は愁が一瞬だけ口を開くのを躊躇ためらっているように感じた。 何となくそんな気がしただけなので何の事かは具体的には分からず、追求は出来なかったが。


「お母さんは何処かに出掛けてるの?」


「はい、ちょっと遠くへ♪」


 小織の問いに愁はいつもと変わらない明るい笑顔で答えた。


「──って、もう自分のことはいいじゃないですか~♪ そこまで大して盛り上がるような話題でもありませんし~♪ もっと楽しいことを話しましょうよー!」


 愁は頭の上に両手で大きくバツ印を作る。 確かに家の事に関しては質問する側とされる側では認識が色々と違う。 それに間違った事を聞くと下手すれば失礼だと捉えかねない。 津太郎も変に質問をして悪い空気が流れるぐらいなら止めておく事にした。


(楽しい……それなら今の内に配信について聞いてみるか……? ちょっとぐらいなら不信感も抱かれないだろうし……)


 この機会を逃がせば次に会うのは恐らく二学期以降になってしまう。 それにいつ、どのタイミングで会って話したらいいのかまだ決めていない上に、唐突に話題を振っては戸惑ってしまうかもしれない。

 それならこうして目の前にいる時に少しだけでも配信について触れていれば愁の中で『津太郎は配信に興味関心はあるんじゃないのか?』という認識を植え付ける事が出来る──津太郎はそう考えた。


「じゃ、じゃあさ、加賀って配信やってるだろ?──前から聞いてみたかったんだが、配信するのにお金はどれくらい掛かるんだ?」


 他の二人が何か話題を提案する前に先手必勝と言わんばかりに愁へ話しかける。 しかし急な事で何を聞こうかまでは頭が回っておらず、とにかく咄嗟に思い付いた言葉を述べた。


「あっれー? もしかして教見先輩、配信してみたいんですかー?」


 予想通り、愁が食い付いてくる。 ただ、津太郎も気付いていなかったが小織も『配信』の単語に反応していた。 恐らく小織のマンションで話をした時の事を思い出したのだろう。


「配信してみたい──とまではまだ考えてないが……まぁちょっと気になっててさ」


「うんうん、気になりますよね~。 やっぱり誰でも一度は見ちゃいますもんね~、配信者になって億万長者になるっていう至福の夢を」


「いやっ、俺は別にそこまでは──」


「でも現実は厳しいですよ~、始めた頃なんて視聴者と登録者数とか何時間も配信してもぜ~んぜん増えませんし、増えたら増えたで今度はアンチやら意味不明なコメントする人達の相手をしなきゃいけないんですから~。 それに──」


 食い付きは確かに良かった。 とはいえ、ここまで凄まじい勢いで配信者ならではの苦悩や大変さを延々と語るのは想定外だった。 だが──、


(やっぱり配信者として話すのに慣れてるからか、聞いてて面白いな)


 この事については他の二人も同じように感じているようで、すっかり愁の話に夢中になっている。  


「──ということなんですよ~。 まだまだ話したいことは山ほどありますが、まぁこれぐらいにしておきましょう」


 話し終わった愁は一配信やり終えた後のような満足感を堪能していた。


「配信者にも色々な苦労があるんだな……でもそれだけ大変なのにどうして続けられるんだ?」


「そんなの決まってるじゃないですか。 楽しいからですよ」


「楽しいって……さっきあれだけ大変さを語ってたじゃないか」


「大変なことだって勿論いーっぱいあります。 ですけど、楽しいことはそれ以上にいーっぱいっ! あるんです!」


 愁は両手を大きく上げると、右手は時計回り、左手は反時計回りに、それぞれ逆方向へ円を描くような動作を純粋な笑顔を見せつつ行う。


「なるほど、だから配信を頑張れるんだな。 勉強になったよ」


「ありがとうございます、じゃあ受講料を──と思いましたけど、さっきタコ焼きを頂きましたし、それでヨシとしますね」


「いや、あげた訳じゃないからな、奪われただからな、あれは」


 タコ焼きの件は水に流したかと思いきや、どうやらまだ根に持っていたようだ。


「まぁまぁいいじゃないですか。 その場所にくっついてしつこく離れないのはタコの吸盤だけで十分ですよ」


「タコ繋がりで無理にでも例える必要あるかそれ……」


「配信者には視聴者さん達を楽しませる為にこういう技術も必要なんです──さて、友達を待たせてますし、そろそろ集合場所に行きますか」 


 ここから移動しようと決めた愁は三人から少し離れた。


「ご、ごめんなさい。 お友達と待ち合わせてることに気付かなくて」


「謝らないでくださいよ~、元々最初に話しかけたのは自分なんですからー」


 栄子の謝罪に対し、愁は気にしないで欲しいと主張するように手を横に振る。 


「ではでは失礼します! 皆さん、お祭り楽しんで下さいね~♪」


 愁は右手で敬礼して三人に満喫まんきつの言葉を贈った後、返事をする間もなく津太郎達が歩いてきた方向へ走って立ち去っていく。 


(さっきので少しでも配信に意識してると思ってくれると助かるんだが……まぁ、やらないよりマシだよな)

 

 栄子と小織が愁の天真爛漫っぷりについて話し合っている最中、津太郎は先程の思い付きによる行動が上手くいく事を願っていた。

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