命は花火のように儚い その三
祭り会場は津太郎達が通っている神越高校より更に奥、小織の住んでる家方面にある。 その祭り会場へ向かっている最中に栄子と小織から話を聞くと、どうやら二人が着ている浴衣は彩がこっそりレンタルした物らしい。
そして今日の昼間、津太郎が宿題を集中している時──彩が小織に「物凄く大事な急用が出来たから大至急、家に来てっ!」と連絡したという。 それから一体何事かと思い、慌てて小織が家まで駆け付けると「コーちゃんの分も用意したからこれ着て欲しいのよ~♪」とお願いされてしまう。
気が抜けた小織は最初こそ浴衣を着るのを恥ずかしがって断ろうとしたが、彩のせっかくの気持ちを台無しにする申し訳なさと、栄子に「小織ちゃんが着てくれるなら私も着れるかも……」と言われたのがきっかけで承諾したそうだ。
それから慣れない着付けに時間が掛かるも何とか浴衣へ着替え、出掛ける準備は済ませる──が、気持ちの準備はまだ出来てないまま津太郎が栄子の家に来て、先程のやり取りに至る。
二人から説明を聞いて一段落した後は夏休みの宿題は終わったかどうか、体育祭や修学旅行、文化祭について等々、二学期以降の話で盛り上がっている内に神越高校を通り過ぎる。
「やっぱり人が増えてきたな」
片側一車線の道路の右側の歩道を歩いている最中、津太郎が周りを見渡すと同じ方向へ歩いている人の姿が神越高校を通過する前より明らかに増えていた。 友人と思われる数人の男同士、仲の良さそうな親子、手を繋いでいるカップル──様々な人達が目に映っている。
「どう見てもアタシ達と同じ所に向かってるわよね」
小織は下駄特有の音を響かせながら左側の歩道を見ている。 やはり反対側も渋滞という程ではないが、何処を見ても人が歩いていた。
「もしかしたら仕事帰りの人もいるかもだが、まぁほぼ間違いない」
「ここ以外のところからも人が集まってきてるわけだし──栄子、絶対にアタシ達から離れちゃダメよ? もし、もしもだけど見失ったら冷静になって電話してきて。 音が鳴ったらすぐ出るから」
「う、うん、もし離れたらそうする……でもそうならないよう気を付けるね」
栄子の事が心配になった小織は万が一の場合になった時について助言をした。 内容自体は誰でも言えて、誰でも分かる事だが何もしないよりはマシに違いない。
「教見も祭りを楽しむのはいいけど食べたり遊んだりするのに夢中にならないで、ちゃんと栄子のこと見てよね」
「分かってるって。 俺もそこまで気を緩めてるつもりは無いさ」
「で、でも私にだけ気に掛けてたら楽しめないんじゃ……」
二人が気遣ってくれる気持ちや思いは確かに栄子にとって嬉しかった。 しかし気を遣われすぎる故の罪悪感や申し訳なさもあった。
「──なら確実に離れないよう教見と手を繋ぐ?」
小織は真正面にいる男女のカップルが仲良さげに手を繋いでいる後ろ姿を見た後、栄子に同じ動作をするかどうか聞く。
「えっ!?」
「それか腕を組むのも全然アリよ?」
「えっ、えぇっ!?」
栄子は一瞬だけすぐ隣にいる津太郎の左腕を見てしまう。 ただ、すぐに邪念を振り払うように首を左右へ振った。
「おいおい、反応に困ってるだろ──まぁ気に掛けてるかについては楽しむ時は楽しむし、ちゃんと切り替えるから安心してくれ」
「そ、そっか、それなら良かった……」
津太郎の話を聞いて気が楽になった栄子は胸を撫で下ろす。 それと同時に自然と笑みも零れていた。
「そうそう、別にボディガードばりに神経質になるってわけじゃないんだから気にしなくていいわ。 例えて言うなら子供を見守る親ポジションみたいなものよ」
「親って……何かそれ、俺と月下が夫婦みたいじゃないか」
「……! あっ、あくまでも例えよ例えっ! 分かりやすく言っただけ!──ほ、ほら! もう会場に着くわ! 気合い入れなさい二人ともっ!」
小織は栄子に密着するようにして腕を組むと、津太郎を置き去りにする形で前方へと進んでいった。 栄子が「そんな早歩きしてたら危ないよぉ~~!」と言うが、聞く耳は持ってはいなかった。
「一体何に気合いを入れるんだ……?」
実際はただの誤魔化しの言葉だったのだが、真に受けた津太郎は食べる事なのか遊ぶ事なのか悩みながら後を追うようにして付いて行く。
◇ ◇ ◇
「賑わってるな~」
祭り会場へ着いた津太郎はその場で立ち止まり、一番最初に感じた事を口に出す。
「年に一度のお祭りだもの、賑わってなかったら寂しすぎるわよ」
数分経って冷静になった小織が見つめていた祭り会場は長い直線の商店街を丸ごと貸し切っていて、片側一車線の道路も封鎖している。 その為、普段は車の通り道として使われている道路が今は歩行者の通り道となっている。
両端のお店の二階に該当する部分には蜜柑を彷彿とさせる橙色の明かりが灯った祭り提灯が一定の間隔で一列に飾られていて、今が夜だというのを忘れる程の光が地面を照らす。
そして何といっても祭りの醍醐味である屋台は道路の両端に隙間も無いぐらい設置されていて、種類はたこ焼き、お好み焼き、唐揚げ、フライドポテトといった食べ物や的屋、型抜き、お面屋と遊戯関連まで様々だ。 これら全てを堪能するには一夜だけでは時間もお金も足りないだろう。
「それはまぁそうだ──」
「わぁ……凄いなぁ……! お祭りってこんなに人が沢山いて賑わってるんだぁ……!」
栄子の生まれて初めて見るかのような感動と歓喜の入り混じった表情、輝かせる目に津太郎は思わず言葉を止める。
「ねぇ……栄子ってもしかして祭り来るの初めてなの?」
小織は栄子が目の前の光景に見惚れている最中、津太郎の側に寄って小さい声で訊ねる。
「初めてかどうかは俺も分からない……ただ、あの時からは行ってないだろうな……だから七──」
「そう……なら栄子には聞かないようにするわ」
津太郎は何か言いそうになっていた──が、小織は無理矢理にでも遮った。 自分が聞きたくないのか。 それとも、万が一誰かに聞かれたくないのか。
「悪い、そうしてくれると助かる」
手短に会話を済ませると、次に小織は平然とした態度で栄子へ近付いて手を繋ぐ。
「さっ、いつまでもここでずっと立ち止まってないで早く中へ行きましょ♪」
「うん!」
栄子は今日一番と言っていいぐらいの満面の笑みを浮かべながら元気良く返事をする。 この表情を見た小織は一瞬だけ間が空いた後に優しく微笑んだ。
(栄子……本当に嬉しそうだ……もし終業式の日に誘ってくれなかったらこんなにはしゃぐ栄子の顔なんて見れなかっただろうし、それにカラコンの件でもお世話になってるんだよな──ほんと、月下には頭が下がりっぱなしだ)
二人の後ろにいた津太郎は、栄子の心の底から幸せな姿を見せてくれたきっかけを作り、色々と手伝ってくれた小織に感謝してもしきれなかった。
「ほら、教見も早く来ないと置いていくわよ」
「教見君! 早く早く!」
小織は冷静さの中に高揚を隠しつつ、栄子は胸躍る様子を隠す事無く手を振りながら少し離れた所にいる津太郎を呼ぶ。
「あ、あぁ、すぐ行く」
今日のこの祭りを、栄子にも小織にも楽しい思い出として残って欲しい──そう思いながら津太郎は二人の元へ向かう。




