命は花火のように儚い その二
家を出てから十分から十五分、暑さに耐えつつ歩いていると右の方に目的地である清水栄子の家に到着する。
(もうインターホン鳴らしていいんだろうか……別にいいよな、さっき来てるかどうか聞いてきたってことは、もう栄子と月下は準備が出来てるって意味なんだろうし)
門扉の前に数秒だけ思考を走らせた後、何も問題無いと判断してインターホンを押す。
「すみません、津太郎ですけど。 二人を迎えに来ました」
それからインターホン特有の機械音が鳴り終わると、慣れた様子で四角いモニターへ届くように話しかけた。
「あら津ちゃん、いらっしゃ~い」
すると数秒後、モニターから清水彩のおっとりとした声が流れてくる。 このいつも登校中に聞く返事を耳にすると、平日の栄子を迎えに来た時の事を思い出して何か安心する。
「ほらほら二人共、津ちゃんが来たわよ~。 も~う、コーちゃんったらそんなに緊張しないでいいからっ! リラックスリラックス!」
「そっ、そうは言われましても……」
インターホン越しに行われている会話に津太郎は一体中で何が起こっているのか不思議でならなかった。
「栄子も大丈夫だからもっと自信持ちなさいって~。 シャキっとしなさいシャキっと~」
「だ、だってぇ……」
栄子の声も微かに聞こえてくるが全く覇気は感じない。 それどころか意気消沈している。 津太郎も声を掛けた方がいいのかと思ったが、今の栄子に話しかけてもややこしくなりそうな気がして口出し出来なかった。
「二人共すっごく似合ってるんだから心配する必要なんて微塵もないない! さっ! 外に出ましょ!──待たせてごめんね津ちゃん、すぐそっち行くからね~」
彩はそう言い残すと津太郎が返事をする暇も無く通話が切れる。
「似合ってるってなんだ……?」
謎の言葉に津太郎は首を傾げた後、アルミ製のちょっとした鉄格子のような門扉から十メートル程離れた家をじっと見つめながら待っていた。 するとゆっくりではあるがドアが開き始め、中から小織と栄子が出てくる──が、
「え……」
津太郎は二人の姿に口を開けっ放しにしたまま唖然としてしまう。 それはどうしてか、答えは単純だった。 二人は浴衣を着ていたからだ。 確かに祭りといえば浴衣が定番だと頭の中で分かっていても、今まで一度も見た事が無かっただけに、ここに来ての浴衣姿は不意打ちに等しかった。
「おまたせー!」
二人の後ろにいる黒紙のおさげが特徴の彩が三人の中で誰よりも元気よく手を振りながら門扉まで歩いてくる。 他の二人とは違い、緑のシャツに肌色のスラックス、そしてスリッパとラフな格好だ。
「ど、どうも、こんばんは」
津太郎は自分でもよく分からないが、二人の浴衣姿を見るのが照れくさくて彩の方ばかり見てしまう。
「あらあら~? もしかして津ちゃん、この子達のこ~んな可愛らしい恰好見て照れちゃってる~?」
だがその露骨過ぎる視線は彩からしても丸分かりだったのだろう。 すぐに見抜かれてしまい、暴露されてしまった。
「えーっと……ま、まぁ……正直に言えば……浴衣姿なんて初めて見ましたし……」
口に出すのは顔が少し熱くなるぐらい恥ずかしかったが、変に誤魔化すよりは素直に言った方が気が楽になると思い、観念するかのように白状する。
「ほら~、ね♪ 浴衣にしてよかったでしょ二人共?」
浴衣を提案したのは誰か何となく察してはいたが、やはり想像通りだった。 ただ、津太郎の言葉や反応を見た二人は頬を赤くしながらも嬉しそうにしている。
(──あ、さっき月下がぎこちなかったのはそういうことか)
この時、小織との電話、そしてインターホンでの会話のやり取りで反応がやたら鈍かった原因が浴衣関連だと気付く。 何となく小織が他の誰かに浴衣姿を見せたくないと彩に言っている光景が頭に浮かんだ。
津太郎が小織に関する疑問を解消してちょっとした満足感を得ていると、三人は門扉の前まで来ていて彩がアルミ製の扉を開ける。 そして一人ずつ抜けて外へ出ると、津太郎の前で横一列に並んだ。
「近くで見るともっと可愛いでしょ~♪」
門扉側にいる彩が二人の方へ見て見てといわんばかりに両手を伸ばす。
「こ、こういうの着るの初めてだから……は、恥ずかしいんだけど……何か着るっていうよりは着せられてるって感じだし……」
一番道路側で立っている小織は頬を少し赤く染めたまま自分の浴衣と津太郎を交互に見つめる。 小織が初めて着たと言っている浴衣の色は全体的に青空のような淡い水色。 袖は前腕辺り、裾は足首までの長さで白い百合の花柄が浴衣の至る所に確認出来る。
帯は黄色で、足元は水色の鼻緒の付いた下駄を履いており、手には白の浴衣巾着を掴んでいる。
「初めてなのか、何か意外だな」
「だって去年まで別に着る機会なんて無かったもの……それより変……じゃないかしら……?」
着慣れない服を身に纏っているのが不安に感じているのか、小織は心配そうな表情で津太郎に訊ねてきた。
「全然変じゃないさ」
「じゃあ……似合ってる?」
「バッチリ似合ってる。 断言出来るぐらいだ」
「そ、そう……ならよかったわ」
津太郎の真剣な眼差しに嘘をついていないのが分かると、小織は顔を斜め下に反らす。 表情は見えてはいないが頬は少し緩んでいるように見えた。
「ほらほら、栄子も津ちゃんにアピールしないと……! 今すっごく良いムードになっちゃってるわよ……!」
小織と津太郎が仲睦まじい雰囲気になっているのに何か危機感を持った彩は、栄子の耳元で口を手で隠すようにして囁く。
「わ、私はアピールだなんて別に……」
二人が幸せそうにしているのを少しだけ羨ましそうにしている栄子の浴衣は夜空のような黒を基調としていて、鮮やかなアサガオの花柄が特徴だ。 帯の色は白で、下駄の鼻緒は黒。 そして小織と同じ浴衣巾着を持っていて、紐の部分を手首に引っ掛けている。
「今しないでいつするの──よっ……!」
すっかり弱気になっている栄子へ気合いと後押しの意味を兼ねて背中を軽く押して津太郎の前へと接近させる。
「きゃっ!──えとえと……! えーっと……えーっと……ど、どう……かな……」
急な無茶ぶりで頭が真っ白になった栄子は俯いたまま首を左右に何度も振った後、浴衣巾着で口元を隠しながら津太郎と目を合わせ、勇気を振り絞って聞く事に成功する。
「あー、いや……いつもより大人っぽくて──素敵だと思うぞ、うん……」
津太郎も褒める事は出来たが、普段の栄子とは違う雰囲気を漂わせているせいで何となく照れてしまい、結局互いに逆方向へ顔を向けて視線を外してしまう。
「二人共、津ちゃんに褒められて良かったじゃな~い♪」
彩は栄子と小織の間に割り込み、二人の肩を手で持ち抱き寄せる。 まるで自分の事のように嬉しそうだ。
「あはは……でもアタシも……『素敵』って言われたかったな……」
小織は極小の声で本音を漏らす。 隣にいる彩にすら聞こえない程の小さな声で。
「ん?」
「いえ、何でもないです──さて、教見が『珍しく』アタシ達に照れたところが見れて満足したし、そろそろ行きましょうか」
その後、彩から離れた小織は祭り会場へ行く事を提案する。
「……何か珍しくって部分だけ強調してなかったか?」
「気のせいよ気のせい。 彩さん、浴衣を用意してくれてありがとうございます、行ってきますね」
「本当かよ……まぁいいか──それじゃ彩おばさん、行ってきます。 花火が終わったらすぐに帰ってきますので」
「じゃあお母さん、行ってくるね」
「はい、三人共いってらっしゃ~い♪ お祭り楽しんできてね~♪」
彩が手を振った姿を津太郎達が見た後、三人は祭り会場へ向かって足を進める。
「う~ん、あの三人のじれったい感じ、正に青春よね~♪ 私も体験してみたかったわ~♪」
彩は後ろ姿を眺めながら屈託の無い笑顔を浮かべる。 もしかしたらこの状況を一番楽しんでいるのは彩なのかもしれない。