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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
二章

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異世界からの来訪者達 その13

 人の群れを通り抜けてから間もなく、校門方面とは別の方向から大人の女性が教見津太郎(きょうみ しんたろう)達の元へ走ってくるのが見えてきた。その女性が履いている鼻緒(はなお)の付いていないサンダルのせいで、あまり足取りは(かろ)やかではないが一生懸命さは伝わってくる。


(よかった。 ちゃんと来てくれた)


 津太郎自身も少し不安な所はあったものの、無事に来てくれて胸を撫でおろす。

 女性は3人の元へ近づくと周りの生徒の目なんか気にもせず、真っ先に清水栄子しみず えいこへ抱きついた。


「栄子……本当によかった……! お母さん心配したのよ、もう……!」


「は、恥ずかしいよお母さん……他にも人がいるのにこんな……」


 抱きしめられる事に対してはそこまで嫌ではないらしい。とはいえ年頃の女の子にはやはり人目がつく所でのこういう行為は嬉しさよりも羞恥心の方が上回っていた。しかしその顔には心から安らぎを感じているように見える。


「別にいいじゃないの見られるぐらい──それとも(しん)ちゃんの方がよかった?」


「なんでそうなるの!」


 栄子の無事を確認できて気持ちが楽になり、徐々に普段と変わらない接し方になっていく。落ち着きを取り戻して栄子から離れると津太郎と月下小織つきした こおりに頭を下げる。


(しん)ちゃん、それにコーちゃんもこんな時でも栄子の側にいてくれて本当にありがとう」


 お礼を述べた女性──清水彩しみず あやのその背中全体を隠してしまうような黒く長い後ろ髪は、毛先より少し上の部分を単純な作りをした青色のヘアゴムで結んでいる。身長は娘の栄子よりは少し高いが津太郎からすればまだ小柄に変わりない。

 冗談交じりの発言が多い話し方とは裏腹に、その顔立ちはゆるんだ目尻が印象に残る優しい微笑みが似合いそうな目。弾力のある肌。口紅を塗っているわけではないのに潤いのある健康的な唇。様々な要素が合わさって若々しく見えるその姿は母というより姉と勘違いしてもおかしくない。


 服装は黒シャツの上に白の割烹着。膝下まで隠す紺色のスカートでいかにも主婦らしい格好だ。


「いえいえ、アタシも好きで栄子といるだけなんで気にしないで下さい」


「あらあら好きだなんて本当にコーちゃんのような友達が出来てくれてよかったわ。 今度また家にいらっしゃい」


「そうですね……機会があれば是非」


「彩おばさん、とりあえずここを離れましょう。危険ではないと思いますが他の人の邪魔にもなりますし」


 何事もなければここで話すのもよかったが、今はのんびりしていられない。他の下校中の生徒にも迷惑な上に校門付近にはまだ人が集まっている。津太郎は何かが起こる前にできるだけ離れたい気持ちが強かった。


「……そうねぇ。 確かにここはあまり長居するような場所ではないし、移動して少しだけお話しましょうか」


 津太郎の指示で四人は学校付近から五分ぐらい歩いて、少し離れた所にある飲み物の自動販売機や小さなベンチのある休憩所へ移動する。

 津太郎と彩は自動販売機の近くに立ったまま──栄子と小織はベンチに座って一息ついた。落ち着いたら肌寒くなったのか小織は腰に巻いていた夏服のベストを珍しく着用している。


「みんな喉が渇いたでしょ? 何か買ってあげるわ……ってそうよ財布もスマホも家に置きっぱなしじゃない! やだもうごめんね期待させちゃって」


「両方とも忘れるなんてよっぽどだよお母さん……ってそういえば何であの場所にいたの? しかもその格好って家の事をする時に着る服……だよね」


 栄子は彩に対して当然の疑問を投げかける。


「ん? これ? いやー家事してたら近所の人から連絡があってね! 『栄子ちゃんの通ってる高校で何かよく分からない事が起こってる』って言われたのよ~! ちょっと慌ててたから着替えもせず急いで家を飛び出しちゃったってわけ!」


 彩は明るく話しているが、何も持たずそのままの格好。しかも歩きにくいサンダルで学校へ向かうというのは、頭が真っ白になって他の事が考えられず慌てるどころの問題ではなかったということだ。それでも不安を押し殺して学校に向かい、人の群れに入っていくのは相当の覚悟が必要だっただろう。


「そうなんだ──でも私もあんな所にお母さんがいたの本当にびっくりしたんだから。 こっちも心配しちゃうよ、もう……」


「ふふっ、じゃあお互い様ってことでいいかしら」


「うん、私もそれでいいよ。 えへへ……」


 彩と親子の会話をしてすっかり安心しきった栄子は思わず笑みがこぼれる。津太郎も栄子のこういう笑顔を見るのは久しぶりのような気がした。


「──よし、もう大体話は済んだみたいだしアタシは帰るわ……教見、学校での事は帰りながらでも伝えといて」


 小織は少し怠そうに津太郎へ告げるとベンチから立ち上がってカバンを持ち、楽しそうに話している二人の間に割り込む。


「彩さん、先に失礼します。 栄子も暗くなってきたから気を付けて。 まぁ今日は二人いるから大丈夫とは思うけど──クシュン!」


 可愛らしいくしゃみをした後、小織は愛想笑いをしながらその場を去ろうと3人に背中を向ける。津太郎と栄子はたまたま出ただけと思いそこまで気にしなかったが──彩は見逃さない。


「コーちゃん……もしかして風邪引いてる?」


 彩の優しい問いかけに対し小織の身体は一瞬だけ全身が動いたかのような反応を示す。そのまま時が止まったかのように硬直して動かない内に小織の目の前まで近付く。


「そ、そんな訳ないじゃないですか。 やだなぁ彩さんったら。 アハハハハ……ひゃっ!」


 まだ話している最中なのに彩は小織の(ひたい)や頬にゆっくりと丁寧に手を当て、体温が高いかどうか確認する。何も言わないままいきなり顔を触られた小織は突然の出来事に思わず冷たい物を急に当てられた時のような反応をしてしまった。


「やっぱり……まだそこまで上がってはなさそうだけど、明らかに顔が熱いわ。 それに呼吸も荒いし目がトロンとしてて力が入ってないようにも見える。 さっき話した時から少し様子がおかしいなとは思ってたんだけど……具合悪いのに付き合わせて本当にごめんなさいね」


 長年に渡って子供の事を見てきたからこそ出来る彩の冷静な分析に小織も何も言えない。


「……アハハ でも別にアタシが勝手に付いてきただけですから。 これは彩さんのせいではないです」


 小織が風邪を引いてる事に全く気付かなかった津太郎と何か違和感はあったものの正体は分からなかった栄子はこの事実に慌ててしまう。


「でもさっきまで笑ってたり走ってたり全然平気そうにしてたのは……あれも無理してたのか?」


「小織ちゃんごめんね……私どこかおかしいと分かってたのに何も言えなかった……」


 二人は不安と心配が入り混じった表情で小織を見つめる。小織自身、他人をフォローをするのは慣れているのに対し『される』のは全く慣れておらず、こういう時にどういう対応すればいいか迷っていた。


「まぁまぁ二人共。 色々思う気持ちは分かるけど今はやめときなさい」


 彩は小織に気を遣って一旦話を終わらせようとする。これ以上長引かせたら更に辛くなるのを分かっているのだろう。

 しかし小織も真正面から向かい合ってくれる二人にいつまでも迷うなんて出来なかった。


「……校長の話が始まった時ぐらいかしら──最初は少し寒気がするだけで済んでたけど、後から徐々に症状が出てきた感じはするわ。 あ……でも教見のあの顔を見て笑ったのは本当よ。 あれで気持ち的には楽になったし……ただ調子に乗って走ったのは失敗だっ──ゴホッ!ゴホッ!」


「小織ちゃん! もういいから帰ろっ! ねっ?」


 栄子は苦しそうに咳をする小織を見て、急いで側に寄り添い片手で背中をさする。


「タクシー呼び……たくてもスマホも財布も持ってなかったのよね私……でも一人で歩いて帰らせるわけにも──そうだ! 津ちゃんがコーちゃんを家まで送ってあげなさい。 今日は私がいるから栄子の事なら大丈夫よ」


「そんな……! 家までここから十分ぐらいなんで一人で平気です……特に問題なんてありません」


「───フラフラしてる時点でもう問題しかないだろ」


 津太郎が栄子の代わりに小織の側に寄り、普段より重そうに手で持っているカバンを優しく掴み取って肩に担ぐように持ち上げる。


「ホントに……お節介焼きなんだから」


 小織はもう一人で帰るのを諦めた様子で思わず愚痴を言う。ただその言葉とは逆にその表情はどこか和らいでいるようにも見える。


「俺がちゃんと家まで送り届けます──栄子は……大丈夫だよな。 今日は彩おばさんが付いてるし」


「うん。 私なら平気だから早く小織ちゃんを送ってあげて」


 本当に小織の事が心配なのだろう。いつもなら自信なさげに答える栄子が今回は一切といっていいほどに迷いが無い。しかしそのハッキリとした返答は津太郎にとって心強かった。


「分かった──それじゃ二人共、これで失礼します」


 津太郎は小織の事も気遣って手短に別れの挨拶を済ませる。

 小織も何か言おうとしたが栄子と彩に止められてしまい、仕方なく頭を軽く下げるだけとなった。


 小織の家に向かって歩き始めた二人を静かに見送っていた彩は栄子に対して別の意味で心配をしていた。


(う~ん……仕方ない事とはいえこれは色々と不味いかもしれないわ。もしこれであの二人が急接近しちゃったら栄子が不利になっちゃう)


 母親として娘のそういう事情を心配していると栄子が声を掛けてくる


「ねぇお母さん」


「なっ、なぁに栄子?」


 あまりのタイミングの良さに心でも読まれたのかと少し慌てるも、何とか平常心を保つ事が出来た


「小織ちゃん……心配だね」


「……そうね。 治ったら家に呼んで沢山お話でもしましょう」


 彩は恥ずかしかった。娘は真剣に友人の事を想っているのに母親は余計な事ばかり考えていた事を。

 そして嬉しかった。本当に良い友人が娘に出来た事を。


────こうしてる間に津太郎と小織は見えなくなり空も本格的に暗くなってきた為、そろそろ休憩所から出る事にする。


「さて、私達も帰りましょうか……あ、津ちゃんとのデートの予行練習のついでとして手でも繋いじゃう?」 


「だから教見君とは別にそういうのじゃないって! もう!」


 家にいる時と変わらない会話をしつつ、彩と栄子もまた別の二人とは真逆の方向へ歩き出す。

 帰り道の街灯に照らされた親子二人の姿は誰から見ても幸福に包まれているように感じるだろう。

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