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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
六章

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過去と現在 その五十二

 管理人達が山を登り始めた頃、キャンプ場の一部ではとある話題で盛り上がっていた。


 このキャンプ場に警察や救助隊が来ている──そう、管理人が呼んだ人達の事だった。 山へ向かって歩いているのを目撃した人、駐車場に止まっているパトカーやワゴン車を目にした人、管理棟で話しているのを外から眺めていた人、様々な所で色々な人に見られたのだ、注目されて話題にならない方が難しい。


「アレ、絶対さっき探してた子供のことだよね~」


「まだ見つかってないのかよ、あれから結構時間経ってるだろ」


「お母さん可哀想、早く見つかるといいなぁ」


「すっげぇ! 俺ああいうの生で初めて見たぞっ! ニュースとかドラマでしか存在しないのかと思ってたわ!」


 更に管理人達が事前にキャンプ場全体で人探しをしていた、つまり子供が迷子になっているという情報をあらゆる人に伝えていたのもあって、警察と山岳救助隊がここへ何をしに来たのかは既に見抜かれていた。

 この話題は人伝ひとづたいに徐々に徐々に広がっていき、あっという間にキャンプ場全体に知れ渡る。 


「おいっ! 警察らがここに来たらしいぞっ!」


「マジかよっ! じゃあさっきのパトカーのサイレンって俺の聞き間違いじゃなかったのかっ!」


 他のキャンプ客が流行りの話題で盛り上がっているのを、少し離れたテントにいた咲達もまた何度も耳にしていた。 決して聞き耳を立てているわけではない、嫌でも耳に入ってくると言った方が正しい。


「警察に救助隊……どんどん規模が大きくなってきてる……」


 直哉は立ったままサッカーボールを脇に抱えているものの、ただ持っているだけで遊ぼうとはしなかった。 恐らく気が散って遊ぶ気にはなれないのだと思われる。


「ちょっと……! 梨華がいるんだからその話はしないでよ……!」


 テントの中で足を崩していた咲は直哉に注意をする。


「いいよいいよ……! 私ならもう大丈夫だから……」


 咲のすぐ隣にいる梨華は、発作が起きた時に比べると多少は顔に生気が戻っていた。 どうやらテントで横になっている内に気持ちが落ち着いたようだ。 


「それならいいけど……でもここにいたらずっと周りから──その……聞きたくないことが耳に入っちゃうから違う所に散歩がてら移動する? あっちに川があるらしいし、丁度いいんじゃない?」


 梨華に気分転換して欲しい、その想いから咲は人気ひとけの無い場所へ行く事を勧めた。


「うぅん、もし歩いてる時にさっきみたいになったら大変だし、ここで大人しくしてるよ」


「まぁ梨華がそう言うなら……」


 梨華の弱々しい笑顔で断られた咲は連れていくのを潔く諦める。 だが気を遣ってくれたのが嬉しかったのか、「ありがとう、気持ちだけ受け取るね」と咲の右手を優しく触れた。


「もうこの噂話も消えるから安心しろって」


 他の三人と違い、楽観視をしていたのは圭介だった。 特に気にしていないといわんばかりにペットボトルのジュースをのんびり飲んでいる。


「何でそんなの分かるのよ」


「だって人を探すプロ達が来たんだぜ? そんなの見つかったようなもんだろ」


 圭介は空になったペットボトルの蓋を閉めながら説明をする。


「どうしてそんなに楽観視が出来るのか分からないわ……あれから相当時間が経ってるのに……」


「あの兄ちゃんだって俺らより一つしか歳が変わらないならそこまで遠くに行けないって。 疲れて動けなくなってる所を保護されて一件落着──さっ!」


 そしてペットボトルをテントの中に投げ捨てたと同時に直哉が持っていたサッカーボールを奪い取った。


「それよりサッカーしようぜサッカーっ! こんな広い空間があるんだからよっ! やらなきゃ勿体ねぇぞ!」


「あっ! 返してよ僕のボール~!」


「どうする梨華……? 別に無理してこいつに付き合う必要なんてないと思うけど……」


 男の子二人が芝生の上で走り回っているのを見ながら咲は梨華に話しかける。


「私もしようかな……身体を動かしてる方が気分転換にもなるし、咲ちゃんのお父さんお母さんにも元気な姿を見せたらもう心配させずに済むと思うから……」


「そっか……梨華がそう考えてるなら──じゃ、いこっ!」


 咲は勢いよく立ち上がり、梨華の左手を掴むとテントを飛び出す。 それから四人は辛気臭い雰囲気を打ち消すかのように子供らしく盛り上がる。 一輝との出来事を無かった事にするみたいに。 一輝との記憶を消去するみたいに。


 



   ◇ ◇ ◇





 日が徐々に傾き、空が薄っすら暗くなり始めた頃。 遊び疲れた四人はご飯を食べる前に身体を綺麗にしようとシャワールームへ着替えとお風呂セットを持って向かっていった。


「咲と梨華はまぁ空いてたら優先的に入らせるとして、直哉は一番最後でいいよな」


「いやいやそこはジャンケンで決めようよ!」


「どうせアンタらは適当なんだから一緒に入っちゃえば?」


「そんなことしたら怒られちゃうんじゃ……」


 呑気な会話をしながらフリーサイトを抜けた四人は木々が両側に幾多にも生え、砂利が散らばっている通り道に入る。 すると左側から十人は軽く超える大人達がこちらへ向かってくるのが見えた。


(あれって……)


 咲の目に映ったのは警察や山岳救助隊だった。 まだ距離は離れているものの、着ている服のおかげで遠くからでも一目見てすぐに分かる。


「おっ! 戻ってきてんじゃん!」


 圭介が気付くと他の二人も同じ方向を見つめる。 直哉は滅多に見ない光景だからか物珍しそうな表情をしているが、梨華は不安そうにしていた。


「──丁度いいや。 ここであの兄ちゃんの姿を見て、この件に関して綺麗サッパリ終わらせようぜ。 梨華としてもそうした方がいいだろ?」


 不安げな表情をしている梨華を見た圭介は疑惑の念を解消させる為の案を出す。


「い、いいの?」


「何回も何回も同じ話題出されて暗くなっても困るしよ、二人も別にいいよな?」


 圭介が聞くと、咲と直哉も頷いて承諾する。 二人としても一秒でも早く胸の中にあるわだかまりを無くしたくて堪らないのだろう。 その後に梨華が「ありがとう」とお礼を言うと四人はフリーサイトの出入り口まで戻って警察達が来るのを待つ。


 それから数秒が経ち、左側から集団が近付いてきた──が、何やら女性の声が聞こえてくる。 しかしそれは『声』というより、正確に言うと『叫び』の方が合っていた。


「お願いしますっ! もう少しだけ! 後一時間だけでもっ!」


「ですから、これ以上の捜索は危険なんです。 また明日の朝にしましょう。 大丈夫です、きっと見つか──」


「一輝を山の中に放置したままでいいんですかっ!?」 


 男性の説得を掻き消す勢いで出した女性の大声は、四人に絶望を与えるには十分だった。


「貴方の気持ちは痛い程分かります。 ですが今はどうしようもありません。 一輝君の無事を信じて、明日に備えて休みましょう」


「そんな……! 一輝……! 一輝ぃっ……!」


 女性は口元を手で覆いながら涙を流す。 その様子を見かねた女性警察官二人がそれぞれ左右の肩を支え、寄り添うようにして歩き始める。


「どうして……どうしてなの……どうして……うぅ……」


 四人の横を通り過ぎ、去っていく後ろ姿からは女性の泣き声しか聞こえなかった。


「みっ、見つかってないじゃないの……! どうすんのよっ……! ねぇ! 圭介! 返事しなさいよっ!」


 警察達が見えなくなってから沈黙を破るように口を開いたのは咲だった。 怒りと恐怖で冷静にいられず、荷物を手放して圭介の両肩を力強く掴む。


「……」


 だが圭介の瞳は虚ろになり、顔に覇気が無くなっていた。 いくら咲が問いかけても何も答えず、時間だけが過ぎていった。

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