過去と現在 その四十五
津太郎は一輝と別れてからスマートフォンのライトで足元を照らしつつ川辺を黙々と歩き続ける。 周りからは水の流れる音、木々が吹く風に揺れて擦れ合う音しか耳に入ってこない。 それまでは誰かの話し声がしていた分、今のこの状況がより一層静かに感じてしまう。
(良い音だな……この音を聞いてると気持ちが落ち着く)
自然に囲まれた場所に身を置く事によってようやく自分の世界へ戻ってきたのを実感する。 あの非現実的な空間の中にいたのは二時間から三時間程度の筈なのに、海外旅行から戻ってきたかのような安堵を覚える。
(本当ならのんびり何も考えず散歩したいけど、テントに着くまでに今日あった事を整理しとかないと)
テントに戻ったらすぐ寝れるようにする為にも、今の内に一輝の住んでいる家の事や異世界の人達の名前と顔、それに聞いた話を歩きながら頭の中で整理整頓し始める。
(とりあえず顔を合わせた順に振り返ってみるか。 ならまずはコルトさんだな)
記憶を辿るようにして整理した方が効率が良いと考え、一番最初に出会ったコルトの事から思い返す。
(コルトさんは凄く頼れるお姉さん的な人だったな。 一輝がリーダーだけど、あの人は全員を仕切るまとめ役っぽそうだ──見つめられながら握手された時は緊張してたっていうのは一輝にも言わないでおこう)
津太郎視線からだとコルトはそう見えているようだ。 だが殆ど的中しており、一輝に同じ説明をすれば正解と言わんばかりに何度も頷きそうである。
(次は……クレンゾンさんは一見、見た目や喋り方から堅苦しそうな雰囲気はあるけど実は意外とノリが良いし、ちょっと子供っぽい所あるんだよな。 でも真剣な時はちゃんと話を締めくくったりして……特に一輝を励ました時は格好良かった……)
クリムに対してはギャップの差が激しい人という印象が強いらしい。 確かに屋敷の入り口で出会った時と会議室でのやり取りは、まるで別人かと錯覚してしまう程に態度も発言も違っていた。 こういう捉え方をする人がいても不思議ではない。
(えっと、三人目はリノウか。 リノウのやりたい放題というかハチャメチャっぷりなの何処かで見たことあると思ったらアレだ、健斗を思い出すんだ。 まぁあり得ないとは思うがあの二人を合わせてはいけない気がする──色々な意味で)
リノウの自由奔放な破天荒っぷりを改めて振り返っている内に健斗の姿が頭に思い浮かぶ。 あまり考えたくはないが、万が一この二人が顔を合わせたらと思うと何故か冷や汗が止まらない。
(……気持ちを切り替えよう。 四人目はカナリアちゃんだけど……錬金術か……あの子はあんなに小さいのに誰にも真似出来ない技術を持ってて本当に凄いな。 それにあの無邪気で明るい笑顔や振る舞いは他の人達を癒してたに違いない)
カナリアに関しては錬金術師という肩書きが印象強い。 壷の中の液体を棒でかき混ぜていると急に光り輝きだし、気付けば道具が出来上がっている──正にこの世界では実現不可能な非現実的な現象なだけに興味を惹かれても何もおかしくはないだろう。
(最後は……まさかイノが世界と世界を繋げたとはな……あれはここ最近で間違いなく一番の衝撃だった。 カナリアちゃんより小さいのに次元や空間を操れるとかセント族っていう種族は本気でとんでもないんじゃないか?)
やはりイノは肌の色や服装の事よりも次元魔法の方ばかり意識してしまうようだ。 とはいえ全ては次元が繋がり、一輝達が現れた事から始まったのだから意識するなという方が無理といえる。
だがその肝心のセント族が結局どういう種族なのかは殆ど何も分からずじまいであった。 追求しづらい空気だったので、どうしようもなかったといえばそうなのだが。
(よし……細かい話は置いといて、ひとまず一輝の仲間達についてはこれぐらいでいいだろう。 でも──本当に異世界の人と会えたんだな……)
屋敷にいる間は他の事で頭が一杯で気にする暇も無かったが、一人になって冷静に振り返っている内にようやく別の世界の人と出会えたという実感が湧き、ついその場で足を止めて空を見上げる。 急いでテントに戻らなければならないと分かっていたが、数秒だけでも感傷に浸りたかった。
「はぁ……もっと積極的に話せば良かった……」
感傷に浸っている最中は幸福に近い心地よい感覚に包まれていたものの、真正面を向いた途端に勿体無い事をしてしまったと後悔し始める。
「次に会えるのはいつなのか全く分からないっていうのに何であんな縮こまってたんだよ俺……特に会議室の時なんて殆ど見てるだけだったし……」
会話の邪魔をしては悪いという気持ちも確かにあったのはあった。 しかし今日会ったばかりの自分が長い付き合いの仲間同士の会話に割り込む度胸が無かったのが傍観していた理由の大半だった。 今になって遠慮し過ぎたと思うも、時すでに遅しである。
「しかも一輝がせっかく自分の過去を話したのに何も声を掛けてやれなかったのは情けなさ過ぎる……」
何か一言でも……という後悔に他の後悔が重なり、せっかくの晴れ晴れとした気持ちが徐々に曇っていく。
「何か俺に出来る事は無いだろうか……」
屋敷の中では何一つせず、黙ったままで終わってしまった事に対して罪悪感を抱いた津太郎は止めていた足を再び前へ進ませながら頭を悩ませる。
(思い付かない……いや、きっとある筈だ……! 思い付かないなら思い出すんだ……!)
手掛かりを求めて会議室でのやり取りをしている時まで記憶を巻き戻し、頭の中で再生させる。 すると途中で一輝がとある発言をしているのを思い出す。
「そういえば──あの子達が下山出来たかどうか分からないままだから、無事だったのかどうかは気になるかな、と言ってたな……」
それは一輝が遭難する原因ともいえる男の子二人を見失ってからの行方だった。 ただ、津太郎自身はその男の子達が無事なのは既に把握済みだ。
「よし、じゃあ今度来た時に教えよう──と思ったけどこれって俺の勝手な推測だし、それに確固たる証拠や証言でも無いから断言は出来ない……か」
遭難せずに済んでいるのは話そうと思えば話せる。 だが、もし一輝に何故そういう事が言えるのか聞かれると、その意見に対する明確な答えは無かった。
「こんな曖昧な感じで話しても単なる気休めにしかならないから意味が無い気がしてきた……誰か詳しそうな人がいれば──って、いるじゃないか……! 一人だけ、あらゆる情報を網羅していそうな人が……!」
津太郎の中でとある人物が頭に浮かぶ。 今までの暗い表情から一転、明るくなったという事は余程の自信がありそうだ。
「流石に今からは無理だろうけど、明日の朝早くに行けば大丈夫だろ。 あの人は迷惑かもしれないけど気になってる一輝の為にもやらないと……これは、俺にしか出来ないことなんだから」
覚悟を決めた津太郎は一秒でも早く寝ようと足を早める。 そしてしばらく歩いていると、薄っすらとコンクリートで出来た斜面が見えてきた。




