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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
六章

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過去と現在 その三十七

「ほんと、大きな山ねぇ。 緑一面に染まって正に大自然って感じがして迫力もあるし、良い景色だわ」


 翔子は歩きながら山を眺め、感じた事をそのまま述べる。


「あれだけ高いと眺めも良さそうだなぁ」


「フフッ、もし頂上辺りに見渡せるような所があればこのキャンプ場が一望出来るかもね」


 二人が軽い冗談を言いつつ所々に植えられてある大きな木、緑が生い茂る草原、広々とした空間が特徴のフリーサイトへ到着すると、スタッフの助言として『入り口に近い方が何かレンタルしたい時に便利』らしいので、出入り口付近の端の方にテントを立てる事にした。


 そして男性スタッフを中心に三人用テントを組み立てていく。 やはりキャンプ場で働いており、それでいて管理人直々に指名されたというだけあって動きに一切の無駄が無い。 ただ、翔子と一輝を退屈させないよう気を遣って丁寧に指示出しをして、作業を手伝ってもらっていた。


──組み立て始めてから十五分。 あっという間にテントは完成し、二人が深々と頭を下げてお礼をした後、男性スタッフは立ち去っていく。


「一輝の言う通り、スタッフの人に手伝いをお願いして良かったわね。 私達だけじゃまだ最初の方で止まってたかも」


 スタッフを見送った後、翔子は初めて見る実物のテントに興奮している一輝に話しかけた。


「僕、お母さんの役に少しでも立てたかな?」


「えぇ。 それに少しどころじゃなく、とっても……ね」


 翔子にべた褒めされた一輝は「えへへ……」と言いながら歓喜の感情を隠さず、素直に満面の笑みとして出す。


「──さてと、本当なら今の内に夕飯の準備に必要な物もレンタルしてこなくちゃいけないんだけど……その前にちょっと休みましょうか。 一輝も家を出てからゆっくりする暇無かったし、疲れてるでしょ?」


「うん、実は喉がカラカラだったんだー。 だから早くテントの中に入ろー!」


「ちょっと待っててね──はい、どうぞー」


 どちらかというと後に言った事の方が本音だったらしく、一輝は翔子がテントのファスナーを開けると勢い良く出入り口まで近付き、靴を脱いで中へ入っていく。 そしてリュックから銀色の大きい水筒を取り出し、麦茶を飲んで渇きを潤す。 


「──ぷはー! おいしー! お母さんも一緒に休憩しようよー!」


 一輝がお腹と喉が満たされる程に麦茶を飲んで満足して水筒の蓋を閉めた後、元気な声でまだ外で立っている翔子に呼びかけると「えぇ」と返事をしてテントの中に入る。


──十五分後。


「お母さん、ちょっと他の所を見て回ってもいい?」


 翔子とのんびり雑談をしながら過ごしていた一輝は、十分すぎるぐらいの休憩をして疲れが取れたのか外へ出ていいか聞いてくる。


「えっ? うーん……確かに昔に比べたら大きくなったけどまだ小学生……でもいつまでも子供扱いしちゃいけないような……」


 足を崩して休憩していた翔子が軽く首を傾げ、目を閉じてから頬に指を当てて行かせるべきか、止めさせるべきか悩み始める。 母親として冒険させたいという気持ちと、危ない目に遭わせたくないという気持ちが入り混じっているのかもしれない。 


「……だけどキャンプ場の中なら安全そうだし──まぁいいでしょう。 だけど水辺には絶対に近付いちゃ駄目よ? それとあまり遠くの方へは行かないようにね」


 二十秒程考えた結果、翔子は一輝に見て回る事を許可する。 しかし危険な所へは行かないようにという条件を出した。 


「うん! 分かった!」


 一輝は座ったまま力強い声を出し、絶対に約束を守ると言わんばかりに元気よく頷く。 その後、急いでファスナーを開けた状態の出入り口へ移動して靴を履く。


「それじゃあ行ってきまーす!」


「他の人に迷惑掛けないようにねー!」


 テントから抜けて走り出した一輝に翔子は中から注意を呼び掛ける。


 この親子の間で交わした会話は何処の家庭でもよく見るやり取りで、二人も特に何も意識はしていなかっただろう。 だがこの何気ない日常会話が二人にとって、


──最後の会話となる。





   ◇ ◇ ◇





「へぇ~、キャンプする所って一ヵ所だけじゃなかったんだー」


 すっかり冒険者気分の一輝はフリーサイトを抜けた後、その隣にある区画オートサイトと呼ばれている所へ来ていた。 景色そのものはフリーサイトと特に変化は無く、ここも至る所にテントが設置されていて、昼から酒を飲んで騒ぐ若者やバーベキューを楽しんでいる家族がいたりと、仕切られた区画によって様々なキャンプを堪能している。


「うわぁ……美味しそう──って駄目だ駄目だ。 じっと見てたら欲しがってると思われちゃうよ」


 子供を合わせた男女複数人でバーベキューしている光景を離れた所から眺めていた一輝は我に返り、後ろへ振り返る。


「でも匂い嗅いだらお腹空いてきちゃったなぁ……バスに乗る前のお昼ご飯、もっと食べとけば良かった」


 実は朝からキャンプ場へ行く事に胸が高鳴っていたせいで食欲がそこまで湧かず朝、昼食共にあまり取っていなかった。 そしてこの炭火で肉を焼く香ばしい匂いがきっかけとなり空腹状態になったという。


「ここにいたらもっとお腹空きそうだし、別の所に行った方がいいかも……うん、そうしよ」


 この場所はあまりにも誘惑が多すぎる──そう感じてまだあまり見て回っていないが区画オートサイトを後にした。


「うーん、どうしようかなぁ……」


 広場を抜けた一輝は縦一列に遥か向こうまで並び立つ木によって出来た壁と壁の間にある通り道で、次はどの辺りを行こうか悩んでいた。


「せっかくだからまだ見てない場所に行きたいけど、何処か──」


 首を左右に振って周りを見渡すと、フリーサイトの入り口で見た山が目に入る。


「……まぁ近くに行くぐらいなら別にいいよね。 そこまで距離も遠くないし」


 空腹を満たすよりも知的好奇心や冒険心の方が上回り、テントに戻らず名も無き野山へと足を進める。


「右を見ても左を見ても木に埋め尽くされてるなんて凄い光景だなー。 僕の住んでる所じゃこんなの見ないよ──ん?」


 通り道を新鮮な気持ちで歩いている最中、一輝から見て数十メートル離れた所にある曲がり角の左側から四人の子供が飛び出してきた。 てっきりそのまま一輝のいる方へ向かってくるのかと思いきや、何故か山の前で立ち止まって四人で何か話し合っているような素振りをしている。


「あの人達、何してるんだろ……? もしかして何か見つけたのかな?」


 一輝の予想が当たっているかどうかは分からないが、気になるのでとりあえず前へ進む事にした。 すると近付くにつれて話し声が耳に入ってくる。 


「やっぱりダメだよー! 危ないよー!」


 大人しそうな女の子が制止しようとしている。


「大丈夫だって! ちょっと冒険するだけじゃん!」


 活発そうな男の子が忠告を無視する発言をしている。


「そうそう! こういう機会なんて滅多に無いんだしやらなきゃ損だよ!」


 明るそうな男の子が乗っかる形で自分の意見を述べている。


「損とかそういう問題じゃないでしょ! 怪我でもしたらどうすんの!」


 厳しそうな女の子が男の子の意見を一蹴するかの如く声を荒げる。


 四人の話し合いから察するに、どうやら男の子二人が何かしようと企んでいるようだが女の子二人が止めているようだ。


(たっ、大変だ! 揉めてるなら止めないとっ!)


 一輝からすれば言い争いをしているように感じたのか、これ以上の大事になる前に食い止めようと急いで四人の元へ向かう。


「あ、あのっ! 喧嘩しちゃ駄目だよ! 皆で仲良くしないと!」


 そして目の前まで近付くと、軽く息切れしながらも言い争いに夢中になっている四人に大声で呼びかける。


「えっ? いやいや、別に喧嘩なんかしてないよ」


「そ、そうなんだ……それならいいんだけど……じゃあさっきの話し合いは一体……?」


 活発な男の子の対応に一輝はとりあえず一安心したものの、先程の言い争いについて気になり、つい言及してしまう。


「今の聞かれてたのか……あー、実はさっきのはこの山を登るかどうかについて話してたんだ」


「この山を!?」


「そうそう。 なのにこの二人が登るなって言ってきてさー。 せっかく俺達はノリノリなのに──あっ! そうだ良いこと思い付いた!」


 活発な男の子は事情を説明している途中で何かを閃いたようだ。


「なぁなぁ! 君が登っていいのかどうか選んでくれよ!」


 その閃きの内容は、一輝に登山をするかどうか選ばせる事だった。

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