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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
六章

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過去と現在 その三十

 〇〇年前──、


「よし、やるか……」


 まだ小さい頃の津太郎が自分の家の一階のリビングにいた。 ソファーに座っていて、白のテーブルの上には白色と茶色の毛皮のような布、白の綿。 そして光沢があり、黒色の円形で一センチメートル以下の大きさの固形物が沢山入った箱、裁縫道具、何かの説明書らしき紙が置かれている。


「大丈夫? お母さんも手伝おうか?」


「うぅん、これは俺一人でやってみたい──いや、やらないと意味が無いと……思う」


 すぐ近くにいた美咲が心配そうに見つめてるのに対し、津太郎は首を横に振って拒否をした。 その後、テーブルの上にある物を眺める目には何かやり遂げようとする意思を感じる。


「そう……でも何が足りないとか、困った事があったらお母さんに言うのよ? 別に手助けしてもらう事は何も恥ずかしくなんてないんだから」


「う、うん、分かった」


 津太郎が今度は素直に頷くと、美咲はこれ以上ここにいるのは邪魔になると思ったのか台所へと移動する。


(頑張るぞっ! これを作って、あいつに笑顔を取り戻すんだ……!)


 リビングで一人きりになった津太郎は己を鼓舞し、作業に取り掛かった。





   ◇ ◇ ◇ 





(──何で急にあの時の事が……)


 カナリアに問われた瞬間、津太郎は過去の記憶が二、三秒だけ鮮明に甦っていた。 創作活動という本来なら楽しい筈の作業が、何故か当時の津太郎には悲しみや辛さの方が印象が強い──そういう思い出。 


「うん、俺にもあったよ。 随分昔の事だけど」


「わたした人はよろこんでくれてた?」


「あぁ、凄く嬉しそうにしてくれてた。 今でもその時の顔はハッキリと覚えてるよ」 


 だがその苦労が報われ、頑張って良かったと胸張って言える──そういう思い出でもあった。


「うんうんっ! いまのシンタロー、わたしからバクダンをもらったときよりうれしそうな顔してる!」


「え?」


 カナリアに指摘されてようやく頬が少し緩んでいる事に気付く。 


「そのきもちがわたしがいっつもかんじてることだよ! これからもわすれないでね!」


 津太郎から離れたカナリアは握手をするように右手を伸ばす。


(その気持ち……?──あ、そうか、そういう事か……)


 カナリアの言っていた『自分の手で作った物を渡した時に自然と出る幸せな表情を目にすると、こちら側も嬉しくなる』という類の言葉は、こういう気持ちなのかというのを理解する。


「あぁ、忘れないさ。 それと思い出させてくれてありがとう」


「えへへー! どーいたしましてー!」


 津太郎もまた右手を伸ばし、二人は握手を交わす。 その右手に力は込めていないが、感謝の気持ちは込めていた。

 




   ◇ ◇ ◇





 それから二人はカナリアと挨拶を済ませ、アトリエから出ると来た道を戻っていた。


「そういえばあのアトリエの扉って相当重そうだけど、カナリアちゃんが入る時って毎回誰かが開けてくれるのか?」  


 戻る道中、津太郎は真横にいる一輝へアトリエに入る前から疑問に感じていた事を訊ねる。


「うぅん、いつも自分で開けてるよ」


「じっ、自分で!? 嘘だろ!?──ハッ、もしかして毎日あの木の棒でかき混ぜてるから実は凄い力持ちだったり……?」


「いや、そうじゃなくてね、あの扉って特殊な素材を使ってあるから相当頑丈なんだけど重さは普通のドアと変わらないんだ」


「あー、なるほど。 そういうことだったのか……」


 一輝から事情を教えてもらった所で、玄関辺りまで戻ってくる。 だが食堂から出て行った時とは違ってリノウの叫び声が全く聞こえてこない。

 別に無視して二階へ行く事も出来たが、少々気になった二人はこっそりと食堂を覗くとリノウがテーブルの上に顔を伏したまま微動だにしていないにも関わらず、クリムとコルトは楽しげに雑談をしていた。 この状況から処罰に関する結末を察した二人は引き返して二階へ向かう事にする。


(二階も広いな……)


 踊り場のある階段を上り、二階へ着くと同時に廊下全体を見渡した。 白の壁に焦げ茶色の最高品質の素材を使った木製の床。 窓が無い代わりに天井には等間隔の距離に小さなシャンデリアが設置されていて、どういう原理かは不明だが程良い明るさの光が廊下を照らしている。

 正面には一階同様に奥へ繋がる通路が見え、左右の長い直線には部屋へ繋がっているであろう木製のドアが向かい合わせになる形で並んでいるのが確認出来る。


「向こうに六つのドアがあるでしょ? あそこがそれぞれ僕達の部屋なんだ」


 一輝が左側の直線通路へ指を差しながら説明をする。


「へぇ……まぁこれだけ広いなら一人ずつに部屋があっても何もおかしくない──あれ? でもそれなら右側はどうなってるんだ?」


 津太郎は左側を見た後、全く同じ構造の右側通路に顔を向けながら一輝へ気になる事を聞いてみる。


「あっちは空き部屋だね。 誰か来た時だけは客室として使ってたから客人用のベッドとか最低限の家具は用意してあるけど」


「うーん、せっかく用意してあるのに誰も使ってないなんてちょっと勿体無いような気もするな……」


「言われてみれば確かに……今までずっと六人で過ごすのが当たり前だったから部屋が余って勿体無いとか気にした事なかったよ」


「左側は女性陣で固めて一輝だけ右側の部屋に引っ越すとかすればいいんじゃないか?」


「それ、昔やろうとしたらイノに『駄目っ!』って言われたんだよね……」


「イノってさっきクレンゾンさんが言ってた──あっ」


 津太郎は言葉が詰まる。 何故かというと、一輝と目を合わせて話すのに左側へ顔を向けていたら通路の最奥より少し手前にある左のドアが僅かに開き、その隙間から白銀の髪色の小さな女の子が津太郎達の方を見つめているからだ。 だが向こうも津太郎の視線に気付き、ドアを急いで閉めてしまう。


「し、閉められた……なぁ、あそこにいたのって……」


「うん、あの部屋にいるのがイノだよ。 もしかしたら僕達の声に気付いてドアを開けたのかな?」

 

 一輝もまた津太郎の視線の方向から自分より遠くを眺めているのを察して後ろへ振り向き、ドアが閉まる所を目撃していた。 


「でも今から顔を合わせるのに閉める必要は無いような気がするんだが」


「あの子、他の皆とは違ってちょっと人見知りな所があるから……」


「あー、そういうことか。 なら向こうにも悪いし、別に無理して話さなくても──」


「いや、イノは五人の中で誰よりも津太郎君と顔を合わせて話さなきゃいけない理由があるんだ。 だから今すぐイノの部屋の前まで行こう」


「えっ? わ、分かった……」


 本音を言えば当然の事だが何が何やら分からなかった。 だがここで理由を聞いても仕方ないと思い、今は理解出来ないまま承諾して左側の直線通路を歩き始める。

 ただ、ドアの真横を通り過ぎる時に何処が誰の部屋なのかを教えてもらい、階段方向から見て一番手前の左がコルト、右がクリム。 中間の左はカナリア、右がリノウ。 そして奥の左がイノ、右は一輝だというのを把握する事が出来た。


「じゃあイノを呼ぶね」


「あ、あぁ、頼む」


 イノの部屋の前に到着して間もなく、一輝が声を掛けてきたので津太郎はお願いをするように返事をした。


「イノー! 津太郎君が来たよー! ドアを開けてくれるかなー?」


 その直後、一輝は木製のドアを軽くノックしながらイノを呼ぶ。 すると数秒後──、


「は、はじめまして……イノ・シィルヴァといいます……」


 ドアを半分のみ開けて顔と上半身だけ出し、両手を出入り口辺りの壁に掴んだ状態でイノが緊張気味に挨拶をしてきた。   

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