異世界からの来訪者達 その10
一輝達が運動場から立ち去った後、津太郎はようやくクラスメート達のいる所に辿り着く。 周りから心配される声を掛けられる中、体育教師が目の前に来ると深々と頭を下げた。
「本当にすまなかった……!」
そのまま謝罪の言葉を津太郎に伝えた後、顔を上げてから再び話し始める。
「あの奇妙な青年に絡まれた時、本当なら俺が教見の元へ真っ先に駆け寄るべきだったのにっ……俺はただ見る事しか出来なかったっ……! こんなんじゃ教師失格だ……!」
体育教師からはいつもの威厳ありそうな雰囲気が完全に無くなり、すっかり弱気になっている。 その悔しそうにしている表情は自分への怒りや情けなさを表しているのだろう。
「えっ、いや、どうしたんですか急に……!」
とはいえ頭を下げられるとは思いもしなかった津太郎は、どういう態度を取ればいいか分からずにいる。 すると──、
「そうだっ!──さっき何かされたように見えたが身体は大丈夫なのかっ? 何処か具合の悪い所はっ?」
体育教師は名誉挽回したいのか、それとも何も出来なかった罪滅ぼしなのか、急に身体に気を遣うような事を言い始める。
「いえ──特に何ともありませんけど……」
「そっ、そうか、それならいいんだ。 元気なのが一番だしな、はははっ……時間を取らせて悪かった。 疲れてるだろうし座って休んでてくれ」
だがその気合いは空回りに終わってしまった後、これ以上は余計なお世話と感じた体育教師は津太郎を休ませる事にした。
──だがそれから間もなく遠くの方から中年男性の声が聞こえてくる。
「皆さんこっちですっ! この先で異常な事が起こってますっ!」
校舎の入り口にいた者達が声のする方へ向くと、ようやく学校に到着した八人の警察官達が校長や教頭と一緒に校門へ繋がる道から姿を現していた。
「──って何も……起こってない……?」
警察が来る数分前まで他学年の校舎の廊下にいた教頭は生徒と超常現象を見ていた。 なので既に何もかも無くなっているこの光景を目にして思わず目を疑うのも仕方ない。
「運動場の方は特に異常無さそうですが……」
警察官の一人が見渡した後に言う。 少しばかり運動場の白線がかき消されているぐらいで他は特に何ともないのだから、そう感じるのが普通だろう。
ただ今の状況が飲み込めない教頭達は、どういう事なのか話を聞く為にも二年生の校舎の入り口にいる生徒や体育教師の元へと向かい、到着すると警察官が声を掛ける。
「大丈夫ですか!? 怪我はしてませんか!」
「は、はい。 全員無事です。 誰も怪我はしていません」
体育教師が代表として警察官と対応する。 その間に座って休憩していた生徒達も立ち上がって二人の話を聞き始めた。
「皆さんが無事で安心しました──ですが……」
対応した警察官が生徒達を不思議そうに見渡す。
「どうしてこんな砂だらけに……?」
警察官からすればどうして目の前にいる誰もが全身砂まみれなのかが気になってしまう。
「異常事態が起きているという多数の連絡を受けてこちらへ来たのですが、それと何か関係でもあるんでしょうか?」
「えっと、まぁ関係……ありますね。 ただ、正直自分にとっても未だ実感の無い話で、言っても信じてくれるかどうか分からないんですが──」
それから体育教師は突然現れた黒い穴、渦巻き状の異空間、全てが謎の六人の事についてぎこちなく説明を始める。
しかし、異空間の辺りからどう言えばいいか分からなくなってしまい、困っていた時があったのだが、近くにいた生徒達も一緒になって説明してくれたおかげで何とか伝える事が出来た。
この説明の中で津太郎が謎の青年と関わった事や巨大なシャボン玉に覆われた事についても話すかと思われた。 だがその二つに関しては全く口に出す事は無く終わり、津太郎は安心する。
──だが、話の内容が幼稚と判断されたのか警察官達の反応はあまり良いものではなく、不信の目で見ている者もいた。 体育教師も警察官達の雰囲気や視線から信じてくれていないのは分かっていたが、それでも話を続ける。
「あの、事情については全部お話しました。 なんで生徒を教室に戻らせる事は出来ませんかね? 後は私一人だけ、というのはやっぱり駄目なんでしょうか」
「どうします?」
「う~ん……」
若い警察官が問いかけると年配の警察官は腕を組んで悩んでいる。 すると今まで静かにしていた校長が話しかけてきた。
「私からもお願いします。 このままでは精神的疲労が溜まって体調を崩しかねません。 今一番するべき事は生徒を教室へ戻し、少しでも休息を取らせる事だと私は思います」
校長は警察官全員と一番左から順番に目を合わせつつ落ち着いた様子で意見を伝えていると、一番右にいる最も年配そうな警察官と目が合った所で言い終わる。
「──分かりました。 では、生徒の皆さんへ指示をお願いします」
年配の警察官も校長の意見に納得したのかすぐに賛同する。 もしかすると他の警察官の中には本当にそんな事をしてもいいのか思っている者もいるかもしれないが、誰も口には出さなかった。
「あっ、ありがとうございます!」
体育教師がお礼を言うと、生徒達の方へ振り向く。
「じゃあ皆は着替えて教室へ戻るように!」
この後、生徒達は警察官や校長達に頭を下げてから校舎より少し離れた所にある男女別の更衣室へ移動し、それぞれ汚れを落としたり着替え始める。
だが誰も一言も話さない、いや話したい人もいるだろう。 しかし空気の重さが口を簡単に開けさせてはくれず、着替えが終わるまで更衣室から聞こえるのは物音だけだった。
それから誰も何も打ち合わせをしていないのに、男子は男子で全員が更衣室から出て来るまで待ち、皆が揃ってから教室へ向かう。
ちなみに校舎へ移動している間、運動場の方を見ると大人達が何か話し合っている姿が確認出来たが、生徒達は歩きながら眺めているだけで声を掛ける者は誰もいなかった。
それから男子が教室へ戻ると、並べられた机と椅子、使い古された黒板、風で靡くカーテン等々、見慣れた物を見て僅かながら心の疲労が癒されたような気がしながら、それぞれ自分の席へと座り始める。
教室全体がまるでテスト中のように沈黙に包まれている一方で、津太郎は机に顔を伏せ、窓から空を眺めつつ考え事をしていた。
(あの時に呼んでたのって間違いなく俺の名前だったよな……初めて会った──筈なのに何で知っていたんだ……?)
それは『東仙一輝』と名乗る青年が教えてもいないのに自分の名前を別れ際に言っていた事である。
(あの時、シャボン玉に覆われた以外に何かされた覚えも無いし……もしかして顔を見ただけで名前が分かるとかそんなんじゃ──あるわけないよな。 いや、でもあんな瞬間移動とか意味不明な事が出来るんだったら可能なのか?)
勿論、こうやって自問自答をし続けて正しい答えが出るなんて津太郎も思ってはいなかった。 それでも止められないのは単純に不安だからだった。
(今度お詫びとかどーのこーの言ってたけど……頼むからそう言うのは勘弁してくれ……もう二度と姿を現さないで欲しい)
津太郎は心の底からそう願った。 もうあのような頭が真っ白になり、胃が痛くなるような出来事はもう御免だった。
──五分後、無音の教室に女子達が戻って来るも何故か何人かは泣いており、側にいる者が慰めている光景がそこにはあった。
あの何もかもが意味不明な出来事から解放された安堵から来た涙なのか、それとも昨日に続き今日も異常な現象に巻き込まれた恐怖に耐え切れず流している涙なのか、答えは本人達にしか分からない。
しかし、この時点で確実に一つ言えるのはすっかり怯え切っているという事だ。
「もうイヤだぁ……なんで……なんで私達ばっかりこんな目に遭わなきゃいけないのぉ……」
「大丈夫だから、大丈夫だから、ね?」
「学校なんて行くんじゃなかった……! やっぱ休めばよかった……!」
「も、もうこんなの起こる訳ないって。 だから安心してよ……」
教室の後ろでまだ多少余裕のある女子達が泣いている女子達を励ましていると、担任教師が教室へ入って来た。




