過去と現在 その二十六
(質問か……さっきまでは緊張し過ぎて咄嗟に浮かんだ事を口に出してたけど、時間が経って慣れてきたからか今は考える余裕が少しだけ出てきたし……何か異世界に関する具体的な事を聞いてみたいな……)
山に転移して以来、自分の世界には存在しないものを次々と目にしたせいで驚きの連続だったが、ここに来てようやく一息つけたおかげで多少は頭が回るようになっていた。
「ヤダ~! シンタロウ君ったらボクの事をじーっと見てるー! いくらボクがすっごい可愛いからってそんなに見つめられたら照れちゃうよ~!」
リノウは身体を隠すように両手で覆いながら左右に揺らす。
「いけませんよリノウ。 シンタロウ様の邪魔をするような事をしては」
「えー、別に邪魔なんてしてないよー。 ただ静かにならないよう盛り上げてるだけであって──そう、空気を温めてるのさっ! ていうか皆もそこに立ってないでこっちに来て座ったらー?」
後ろへ振り向いて背もたれから顔を出したリノウに座るよう言われた三人は、特にその場に立ったままでいる理由も無いので指示通りにする。
「津太郎君、別に無理して質問とか考えなくていいからね? 必ずやらなきゃいけないってわけでもないし、仲良くなるならこうやって顔を合わせて話をするだけでもいいんじゃないかな」
リノウの隣、真ん中の席に座っている一輝が津太郎へそこまで深刻に悩む必要は無い事を伝える。
「そうだな。 むしろショウカの場合は質問なんぞせずとも自らあらゆる事を包み隠さず話すから必要無いのではないか?」
一輝の向かい側に座ったクリムが冗談交じりの発言をしてリノウをからかう。
「ちょっとちょっとーっ! いくらなんでもそれは失礼──じゃないか、自分でも気付かない内にペラペラ喋っちゃいそう、ボクの魅力的な所とか」
「自分の口から語ると逆に魅力は減るので止めて置いた方がいいですよ」
クリムの横、津太郎の正反対の椅子に座っているコルトがリノウに冷静な返しをする。
「チッチッチッ、言ったぐらいじゃボクの魅力はそ~んな簡単に減らないもんねー。 だってボクの真の魅力はこの──」
「ごめんリノウ。 思い付いたから質問していいか?」
「ここでっ!?──まぁいいや、それでボクに聞きたい事ってなになに~!」
急に話を切られて一瞬だけ戸惑ったものの、すぐに気にしなくなったリノウは津太郎がどういう質問をしてくるのかについて興味を抱く。
「リノウってさ、何か格闘技……武術みたいなの習ったりしてるのか?」
津太郎の口から飛び出た言葉は戦いの心得についてだった。 今まで異世界に関する事は何度か一輝から聞いてはいたが、戦闘関連はまだ一度も話を耳にした事が無いのに気付き、ならば今が絶好の機会だと考えて行動に移ったのだろう。
「そんなの当ったり前じゃ~ん!──あっ! もしかしてボクがこの格好してるから武闘家なのかと気になっちゃったわけー!? そっかそっかー、そうだよねー、こんな動きやすそうな見た目してたらそういう質問になっちゃうよね~」
リノウが身体を外側に向けてテーブルの横から足を伸ばし、チャイナ服のスリットを津太郎に見せびらかす。 だがコルトに「みっともないのでおやめ下さい」と言われてすぐに戻した。
「いや、そうじゃないんだが……」
「え~!? じゃあ何で~!」
「向こうの世界って人間を襲う魔物がいるんだろ? そんな危険にも関わらず旅をしてたっていう事は、何か戦う術でも持ってるのかと気になってさ」
「なるほどなるほどー。 でもまぁボクの場合は魔物とか関係無かったかなー」
「関係無かった?」
「ふっふーんっ! 何を隠そうっ! ボクはあの超が付く程の名門中の名門、八仙紫陽花流に物心ついた時にはもう入門していたのだよっ!」
座ったまま両手を腰に当て、鼻息を荒げた後に誇らしげな表情でリノウは、恐らく向こうの世界で存在していると思われる流派について語り出す。
「は、はっせん……?」
津太郎は首を傾げる。 名門という響きからして立派そうな雰囲気で有名なのかもしれないが、この世界の住人である津太郎にとっては当然の事ながら初耳なので、このような反応になってしまうのは仕方ない。
「ねぇ、リノウ……この世界に八仙紫陽花流は無いから津太郎君は何の事か全く分かってないと思うよ」
動きや鈍い反応から察した一輝が津太郎の意思をリノウへ代わりに告げる。
「えぇーっ!? こっちには無いのー!? ボクの国では超有名なのにーっ!?」
「当たり前だろう。 むしろ何故この世界にもあると思っていた」
リノウが今にも立ち上がりそうな勢いで驚いている姿を見て、クリムは少し呆れた様子だった。
「あはは……ん? あれ? そういえば紫陽花とショウカって似てるような……」
「フッフッフッフッ、どうやら気付いてくれたようだね。 実は八仙紫陽花流はショウカ家が生み出した武術でっ! ボクはそのショウカ家の末裔なのさっ!」
最後まで言い切った後、リノウは数十秒前と全く同じ構えをする。 しかしここで他の仲間達が何も反応しないという事は、嘘や冗談ではなく事実であるという証拠だった。
「えっ!? じゃあリノウってとんでもなく凄い家系の人なんじゃ──」
「そうそう! そうなんだよー! ボクってすんごい一族の人なんだよー!」
ようやく津太郎の驚いた表情を目にする事が出来たリノウは、見てる方が釣られてしまいそうな程の笑みを浮かべる。
「それでねっ! 八仙紫陽花流はボクの国では色んな所に道場を建ててるんだけど~、いっぱい入門生がいるからたっくさん稼げてるんだー!」
それから喜びのあまり、聞いてもいないのに八仙紫陽花流について語り始めた。
(『ボクの国』?──って事は他にも国があるのか……?)
津太郎は『ボクの国』という言葉が耳に引っ掛かったが、楽しそうに話しているリノウを見て遮るのも悪いと思い、今は胸に秘めておく事にする。
「でもでも~、じーつーはー、八仙紫陽花流はー……おっとおっと、流石にこれ以上は言えないかな~」
リノウは何か言いかけたが急に右手で口を覆い、話を中途半端な所で中断させてしまう。
「そ、そうなのか。 まぁ言えないんだったら仕方ないよな。 こっちも無理して聞こうとはしないから安心してくれ」
いくら気軽に話してくれるとはいえ、まだ出会って数分──リノウの中でも話せない事があるのだろうと理解した。
(ここで終わるとか本気かよ……続きがとんでもなく気になるんだが……)
だが心の内では続きが気になって堪らなかったようだ。 しかし聞かないと言った手前、今は我慢するしかなかった。
「はーいっ! シンタロウ君の番は終了っ! じゃあ次はボクの番という事で、ちょっとそこの広い所に動いてもらっていいかい?」
半ば強制的に終わらせたリノウは津太郎の後ろ側の何も無い空間へ指を差し、指定した場所へ移動してもらうようにお願いをした。 すると津太郎は「あ、あぁ、分かった」と少々困惑しながらも指示に従う。
「リノウ、何をなされるおつもりなのですか? まさかとは思いますが、お客様であるシンタロウ様に危害が及ぶような事ではありませんよね?」
「大丈夫大丈夫! 怪我とかの心配はまーったくしなくていいよっ!」
立ち上がったリノウは気楽にコルトへ返事をしながら歩き、津太郎の前で足を止めた。
(言われるがまま流されるようにここに来たけど、何で質問するだけなのにこうして向かい合ってるんだ?)
言われた時は全く意識していなかったが、リノウを目の前にした途端に津太郎はどうしてこういう状況になっているのか疑問を抱いた。
「なぁリノ──」
理由を尋ねようとした瞬間だった。 突如として非常に危険な気配に襲われた津太郎は身体が咄嗟に反応し、無意識の内に膝を付くようにしゃがみ込んでしまう。 するとその直後、頭の上で凄まじい風が巻き起こり、髪の毛が揺れる。
一体何が起こったか分からないまま顔を上げると、そこには右脚を蹴り上げた姿勢で止めていたリノウの姿があった。




