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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
六章

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過去と現在 その二十一

「この中なら転移魔法を使っても大丈夫と思わないか?」


「ここって……シャワー室……?」


 一輝はドアに貼られてあるシャワーヘッドの絵を見ながら言う。 そう、津太郎が指を差していたのはシャワー室だった。 


「あぁ、ここなら窓を設置してないから光漏れを気にせずに済むし、ドアを閉めたら密室になって誰にも見られない。 転移魔法を使うにはうってつけだろ?」


「それなら確かに丁度いいかも……」


「よし、じゃあ決まりだな。 なら誰かが来る前に早く中へ入ろうぜ」


 一輝が納得したところで津太郎がペットボトルを片手で抱え、空いた右手ですぐ近くにあるドアの取っ手を掴み、ゆっくりと開ける。 そして一輝に先へ行くよう誘導し、中に入ったのを確認すると津太郎も続くようにしてシャワー室へ向かう。 


「へぇ〜、キャンプ場のシャワー室ってこんな風になってるんだ」


 先に入った一輝は周りを見ながら物珍しそうな反応をする。

 今、二人がいるこの場所は壁も床も白で統一された細長い脱衣所で、あるのはシャワー室へ繋がるドアの手前に置かれた服を入れる青色のカゴと髪型を整えるのに使う大きな鏡、後はドライヤーを使うのに必須なコンセントの差し込み口だけだ。

 そしてドアの奥には一人専用のシャワーしか設置されていない正方形の狭い浴室が見える。


「いや、場所によってシャワー室の造りは違うぞ。 まぁ何処も一緒なのはシャワー浴びる場所が狭すぎるという所ぐらいだな」


 津太郎は冗談っぽく言いつつ浴室を指差す。 ただ、詳しそうに説明はしているものの津太郎もキャンプ場のシャワー室を使った事は殆ど無く、この知識はインターネットで調べて知ったものだった。


「なるほどなぁ……でも何で何処も狭いの?」


「えっ……!? え~っと……何でだろうな~……俺もキャンプ場の事情にそこまで詳しいわけじゃないから理由までは何とも……」


 一輝の純粋な眼差しと純粋に感じた疑問の両方を一度に向けられるも、津太郎は予期せぬ質問に明確な回答を言う事が出来ず、申し訳なさそうに返事をする。


「あっ、そ、そうなんだ……! ごめんね、変な事聞いちゃって……!」


「い、いや、こっちこそ期待に応えれなくて悪い……そ、それより転移魔法を使ってもらってもいいか? いつ誰がここへ入ってくるか分からないしさ」


 密室とはいえ絶対に大丈夫とは言い切れなかった。 何故ならドアの鍵を閉めていなかったからだ。 もうすぐここから消えるというのに鍵を閉めてしまってはこれから使うかもしれない客、または管理人に迷惑が掛かる上に大事おおごとになる可能性も高い。

 誰にも見つからないようにするのは確かに最も重要な事だが、なるべく誰にも迷惑を掛からないようにするのも大事なのだ、自分達だけ好き放題にやってはいけない。


「う、うん」


 二人の間に変な空気が流れてしまう前に津太郎の方から先手を打つようにして話題を変え、魔法発動の邪魔にならないようペットボトルを預かると、その場からあまり離れない方が良いような気がして一輝の少し後ろで立ち止まる。


「──よしっ」


 頼まれた一輝は鏡の前で目を瞑り、気を引き締めるように深呼吸をする。 そして次に目を開けた時は凄まじい集中力のせいで数秒前までは確かにあった穏やかさが消え、別人のような雰囲気を纏っていた。


(……! 何だこの感じは……! 目の前にいるのは本当に一輝……なのか……!)


 津太郎もまた鏡に反射した一輝を見て尋常ではない圧力を肌で感じ取ると同時に改めて気付かされる。 一輝が異世界で生き抜いた七年間は、津太郎の想像よりも遥かに壮絶な物だったのだろうと。  

 

「じゃあ始めるね」


「あ、あぁ。 宜しく頼む」


 圧倒されていた津太郎がぎこちない返事をした後、一輝は鏡の前で右膝を床に付くようにしてしゃがみ込み、右手を大きく開いた状態で床に置く。 するとその瞬間、白く輝く円が二人を囲むような形で現れ、次にオーロラのような緑白色りょくはくいろの透き通った壁が線に沿った形で現れた。 ただ、その壁は天井付近で収まっており、屋根を貫通している風な現象には至っていない。


(は、始まった……! だけど前に見た時より何か小さいような……俺の記憶違いか?)


 津太郎が運動場でこの円陣を目撃した時は六人を囲む程の広さで、目の前にある壁も確実に二メートル以上はあった。 だが今回のは明らかに範囲も高さも縮小しており、小さな筒の中にいるかのような感覚に陥る。 恐らく一輝がシャワールームを貫通して周りから見られないよう小さめに調整しているのだろう。


(もしかして一輝がこの部屋に大きさを合わせ──)


 心臓の音が聞こえる程の緊張の中、何とか冷静でいようと天井や透き通る壁を見ながら思考を巡らせている──その時だった。 


「転移魔法っ……! シュイドッ……!」


 一輝が出来る限り声を抑えながら転移魔法の名前を唱える。 すると白の円陣が更に眩しく輝き始めた。


(えっ!? もうするのか……!? や、ヤバい……! ま、まだ心の準備が……!)


 ついに数時間前から待ち侘びた時が来たのだが、いざ本当に訪れたとなると好奇心よりも恐怖心の勝ってしまい、足が震えだしてくる。


「まっ──」


 無意識の内に津太郎が「待ってくれ」と言おうとした瞬間、目の前が瞬きをしたかのように一瞬だけ暗くなったような気がした。


「えっ」


 津太郎は自分の身に起こった事が理解出来ていなかった。 何故なら先程までは白い光の中にいたのに、今は暗闇の中にいるからだ。


「ん?」


 思考や状況が全く追い付かず、その場で立ち止まっていると風が身体に当たる。 顔を見上げたら夜空と満月が見える。 だがまだ津太郎は自分が何処にいるのか、どうしてここにいるのか全く分からない。


「津太郎君」


「うおっ!」


 真横から声を掛けられて危うくペットボトルを落としそうになるが、何とか耐えて右を向くとそこには一輝がいた。


「だ、大丈夫? さっきからボーっとしてるけど……?」


「えっ? えーっと……ちょっと何が起こったのか分からなくてさ……」


「──あ、そっか、そうだよね、初めての転移だから混乱しちゃうのも仕方ないよ」


 困惑気味の津太郎の言葉を聞いた一輝はすぐにどういう心境なのかを把握し、納得した様子で二回だけ小さく頷く。


「初めての転移って……もしかして……」


「うん、転移魔法は無事に成功して山の中にいるよ」     


 一輝の口からそう告げられた時、津太郎はようやく自分が何処にいるのか分かった。 

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