現在と過去 その十八
二人はフリーサイト、砂利道、管理棟、水場を抜け、昼間に騒動の起こったキャンプ場へ到着する。 こちらもまた様々な所でテントが張られており、家族や友人、または恋人同士で楽しんでいる。 これだけ盛り上がっていれば、津太郎と栄子が入っていっても特に怪しまれる心配は無いと思われる。
(川は奥の方か。 このまま真っ直ぐ行けば普通に着くな)
昼間は人だかりや一輝を意識し過ぎてキャンプ場から見える山を全く確認していなかったが、山の右側は隣の山との間に大きな隙間が広がっており、奥に続く道があるのが一目で分かる。 それと同時に奥へ続く道の下には川があるのも把握出来た。
津太郎が栄子にそのまま進もうと山に指を差しながら言うと、二人は周りのキャンプ客やテントを見渡しながら歩く。
(そういえばあの家族ってどの辺りにいるんだろ。 向こうにはいなかったからこっちの可能性が高いんだが)
ふと騒動の中心にいた三人家族の事を思い出し、わざわざ話しかけたりはしないが何となく見つける事が出来たらいいな程度の考えで顔を左右にゆっくり振る。
(あっ)
すると少し遠めだが左側に設置されてあるテントの前で三人仲良くバーベキューしている光景を目撃した。 あの家族について誰の名前も知らなければ関わりも一切無い。 だが母親が涙を流しながら娘に抱きつく姿をこの目で見た後にこの幸せそうな三人を眺めていると、津太郎自身も温かな気持ちになる。
(本当に無事で良かった……そうだ、一輝には後で会ったらあの家族は楽しくバーベキューやってたって伝えるか。 もしかしたら気になってるかもしれないし。 よし、そうしよう)
そう決めた津太郎は当然だが声を掛けるような真似はせずに横を素通りする──と、後ろの方から「わたし! しょうらいの夢はおねえちゃんみたいにだれかを助ける人になるんだ!」という大声が聞こえてきた。
それからキャンプ場の一番奥まで進むと真っ先に目に映ったのは山の方から休む間も無く溢れんばかりの水が流れてくる迫力のある大きな川だった。
川の両側には砂利道があるものの、津太郎から見て右側は水流によって阻まれており、泳がないと渡れないのは目に見えて明らかだ。 よって、川沿いを歩くのは強制的に左側となる。
昼間なら横に見える木々の組み合わせもあってか自然豊かな川、という感想で終わりそうだが今は違った。
「うわぁ……! 凄い……!」
何故なら夕日が川に反射し、オレンジ色の輝きが辺り全体に広がっていたからだ。 栄子はこの自然が生み出した光景に感動し、目を輝かせて喜んでいる。
「これはまた、幻想的だな……」
自然の景色に興味無く、広大な海ですら見飽きて関心を持たない津太郎ですら、あまりの美しさに思わず川を眺め続けてしまう。
「──どうする? もう少しだけ見るか?」
二人が黙ったまま一分程だけ川を見つめた後、津太郎が夢中になってる栄子に声を掛けた。
「えっ、ど、どうしようかな……」
「別に見たいんだったら遠慮しなくていいんだぞ?」
「……じゃ、じゃあ後ちょっとだけいい?」
津太郎が「勿論だ」と言った後、二人の間に再び沈黙が訪れる。
(にしても夕方に来たらまさかこんな景色が見れるとは……でも栄子も喜んでるし、夜じゃなくてこの時間帯が一番良かったかもな)
ほんの少しだけ顔を横にずらし、川を集中して眺めている栄子を見た後、津太郎もこの景色も思い出の一つとして忘れないよう、目に焼き付ける。
三分後──栄子が満足するまで見ると次にコンクリートで出来た緩い斜面を津太郎が一応滑らないかどうか確認する為、先にゆっくりと川辺まで降りた。 そして自分の足で実際に踏み込み、滑らないのが分かると「大丈夫みたいだ」と声を掛けると、栄子が続くように下へ降りてくる。
二人が川辺に着くと、何処まで行くかは決めてないがとりあえず奥の方へ歩き始めたのだが、
「おーーいっ! そこのふたりーーっ! 何してるんだーっ!」
──という大声が背後から聞こえてくる。 二人が振り返ると、斜面の上に一人の中年男性が立っていた。 最初は管理人かと思ったが、服装や体型から見てどうやら別人のようだ。
「ちょっと向こうまで散歩しに行こうかと思ってるんですがー! もしかして立ち入り禁止なんですかー!?」
津太郎が男性に届くぐらいの声量で返事をする。
「そうじゃないんだがーっ! 今日そこで女の子が溺れただろーっ! だから縁起も悪いし行かない方がいいんじゃないかーっ!?」
どうやら男性はこの時間に川辺へ行く事に怒っているからではなく、心配して声を掛けてくれたようだ。 恐らくこの男性は二人が斜面の上に立っているのを後ろから見ていたのだろう。 だが少し目を離した隙にいなくなった事に驚き、一体どうしたのかと思って慌てて駆け付けて二人に話しかけたのだと思われる。
「そんな遠くまで行かないから大丈夫ですっ! 後っ! すぐに戻りますからっ!」
気を遣ってくれた男性には申し訳ないとは思いつつも、栄子の悲しむ姿が見たくなくて行くのを中止にする事は出来なかった。 ただ、あまり遠くまで行き過ぎると自分達まで捜索願いが出されるかもしれず、長時間は止めておこうと決めた。
「分かったーっ! でも気を付けてなー!」
「お気遣い、ありがとうございまーすっ!」
津太郎が軽く頭を下げた後、栄子も続いて同じ動作をすると二人は奥へと進む。
(この音を聞いてると落ち着くな……)
ある程度の距離を歩いてキャンプ場からの声や音が何も聞こえなくなると、遠くからでは分からなかったが、川の側まで寄ると水の流れる心地よい音が耳の中に入って気持ちが穏やかになる。 ここに椅子があれば座ってしばらく何もせずにいたい程だ。
(でも居心地が良いからって流石にずっと何も話さないのも良くないか。 栄子に初めてのキャンプはどうだったか聞いてみよう)
この落ち着いた雰囲気にいつまでも浸ってはいけないと思い、栄子に訪ねようとしたその時、
「あの、教見君……今日のキャンプ、楽しかった……?」
栄子の方からキャンプについて聞かれてしまった。
「えっ、あ、あぁっ! 勿論楽しかったぞ! 色々と気分転換が出来たしな!」
「そ、そっか……良かった……ちょっと不安だったんだ。 テントとか料理とか用意してもらってばかりで凄い負担掛けちゃったから、疲れただけで全然楽しくなかったんじゃないかって」
「いやいやそんなわけ無いだろ。 それにいつも父さんとばっかりで大人数のキャンプなんてした事無かったから、今日のは良い経験になったぐらいだぞ──というかそう言う栄子は初めてのキャンプはどうだったんだ?」
「私も……本当に楽しかったよ。 一から十まで何もかもが初めてだから凄い新鮮だったし……こんな時間にこういう素敵な場所で教見君と二人きりでいられるなんて思わなかったから……だから……勇気を出してここへ来て良かった」
栄子は津太郎と目を合わせ、心の底から嬉しそうに微笑みかける。
「そうか……俺もその言葉が聞けて良かったよ、本当に」
津太郎も栄子の純粋な笑顔を見る事が出来て喜びを感じ、微笑み返す。
「そ、それでね……もし教見君が良かったら……来年もまた来たいな……なんて……」
「あぁ、来年の夏もここで沢山の思い出を作ろう」
「……! うん!」
こうして一年後の約束を二人は交わす。 栄子はこの約束を一日たりとも忘れはしないだろう。




