異世界からの来訪者達 その8
空に渦巻き状の異空間が現れてから十秒後──突然、渦巻きの中心部分から白く光る球体が真下に凄まじい勢いで落ちてくる上。
一秒足らずで謎の球体が運動場の地面に衝突するとその直後、未知の物体による凄まじい衝撃は爆風を、爆風は黄土色の砂塵が発生させる。
「伏せろぉぉぉぉぉおっ!!」
目の前まで向かって来ている砂の壁を見た体育教師がその場にいる全員に大声で指示を出す。
その声に反応した生徒達は無我夢中で地に両膝を付け、顔を伏せ、手を頭の上に乗せる──この時点で咄嗟に出来る唯一の防御手段であった。
これをやる事によって効果があるかどうかは分からない。 だが何もせず立ち尽くすよりは遥かにマシだろう。
それから間もなく砂の大波が容赦なく押し寄せ、外にいる生徒達の全身を包み隠す。
粒状の細かな石の大群は皮膚に当たっても特に害は無い──だが目は開けていられない上に大量に吸い込んでしまう可能性もある為に呼吸もあまり出来ず、無理に動いて酸欠にならないようその場で耐え凌ぐしか選択肢はなかった。
──数秒が経過し、風の勢い自体は収まったが砂煙はまだ運動場全体に蔓延している。
周りが殆ど見えない状況の中、校舎の入り口には咳き込んでいる者、目を擦る者、砂を口から吐き出している者──等々、これまで味わった事の無い経験に誰もが苦しんでいた。
「みっ、皆……ゴホッゴホッ!──大丈夫……か……!」
大声を出した体育教師は酸素が足りず誤って吸い込んでしまったのか咳き込みながら声を出している。
その声に気付いた近くにいる複数の生徒達もまた、砂を吸い込まないよう口を塞ぎながら怪我はない事を報告する。
(どっ、どうする……!?)
一方、校舎の手前とはいえ未だ運動場に一人取り残された津太郎は周りに広がる砂の壁のせいで動けないでいた。
見渡す限り、前後左右全てが黄土色で埋め尽くされた視界は最悪で自分がどの方角を向いているのかも分からなくなっている。
この場で自分がここにいるという事を知らせる為に声を出したかったが、宙に浮く砂を大量に吸い込んでしまいそうで出来なかった。
今すぐ風が吹いてくれれば邪魔でしかないこの砂も全て一掃していた可能性もあったが、皮膚に当たって付着しているのは舞い散る粒状の石だけであり、風が当たる感覚はあまり感じない。
何も出来ないまま数秒程その場で立ち往生していると、体育教師と生徒達の声が微かとはいえ後ろの方から聞こえてくる。
ようやく皆のいる方向が分かった津太郎は、口と目元を手で隠しながら後ろへ向こうとした──その時だった。
(えっ……!?)
真正面の方向から人の声が聞こえたような気がした。 前が見えないせいで正確な距離は掴めないが、そこまで遠くない距離にいるのは確かだ。
だが校舎に向かっている最中、津太郎より背後には誰もいなかった。 そして津太郎以外の生徒は既に校舎にいる──つまり運動場には津太郎以外いない筈なのに、人の声がするとはどういう事なのか全く理解出来ない。
しかもその声は一人ではなく複数で、年齢も明らかに統一されていなかった。 ただ一つ分かるのは、聞こえてくるのは女性の声であるという事だけだ。
「だから言っただろうっ! こうなる可能性も有り得たから人の多い所に降りるのは非常に危険だとっ!」
「いや~、ボクもまさかこうなるとは思わなかったよ〜♪ でも無事に到着出来たんだから良かったじゃ~ん♪」
「けむりのせいでなにも見えないよぉ! せっかくおにいちゃんの言ってたガッコウってところをすぐ近くで見れるとおもったのにぃ!」」
「見えないんだったらこの砂煙を全部魔法で吹き飛ばそうよ。 きっとお兄さまも許してくれる」
「皆さん一旦冷静に。 それと周りが見えないこの状況で魔法を使用する事は固く禁じます」
どう考えても緊急事態な状況にも関わらず呑気に話し合いをしている時点で津太郎には意味が分からなかった。
(なんでこんなに余裕なんだ……?)
ただでさえ頭が働かないというのに分からない事だけがひたすら山積みにされていく。
「皆、とりあえずこの砂嵐が収まるまで大人しくしておこう」
どうやら向こう側には男の人もいるらしい。 他の者達に指示しているという事はリーダー的存在なのだろうか、それにしては若そうな声をしている。
だが、その男の声一つで他の女性達は大人しくなった。 相当なカリスマ性があるのか、それとも信頼関係があるのか──どちらにせよ男には圧倒的な存在感がありそうだ。
それから唐突に風が吹き始め、砂で遮断されていた視界が徐々にではあるが広がっていく。 僅か三十秒足らずで周りが見渡せるようになると色々な事が分かり始める。
まず、地面に叩きつけられた衝撃の中心部分。
運動場で最も深刻な被害を受けたと思われていた場所は、あれほどの爆風を巻き起こしたにも関わらず地面は微塵も削れておらず、唯一変わってる所といえば引いた白線が綺麗に無くなっているぐらいだろうか。
そして体育教師や生徒達は誰もが砂嵐のせいで顔中や体操服が砂まみれになっている──しかし、誰一人として砂を払いのけようとする者はいなかった。
何故なら真正面に立っている謎の六人に目を奪われていたからである。
赤髪ポニーテールで背が高く、赤を基準とした色の鎧を着用した凛々しき者。
青髪ロングヘアーでメイド服を着こなしている一番大人びた雰囲気のある者。
黄髪ツーサイドアップで背は低く、黄色のワンピース姿が似合う幼き者。
紫髪ツインテールで誰よりもスタイルが良く、紫のチャイナドレスを着た色香のある者。
白銀ショートボブで最も背は低いが、ゴシックロリータ系ドレスのおかげで人形のような雰囲気のある者。
そして中心に立っている黒髪で黒のコートを着ている唯一の男性──というには見た目が幼く、中学生か高校生ぐらいにしか見えないので青年と言った方が正しいだろう。
このような奇妙な格好をした六人が爆風の中心地と思われる場所に立っているのだから、注目を浴びるのは当然といっても過言ではない。
「ねぇねぇっ! なんであそこにいる人達みーんな同じ格好してるのー?」
チャイナドレスを着た子が津太郎達に人差し指を向けながら青年に楽しそうに質問している。
「あれは体操服……だったかな? この学校という所は外で運動する時にあのような白い服を着るんだ」
青年もまた質問をした女の子に対して丁寧に回答をした。
「へーそうなんだー! ボクが着たらきっと似合うよー♪」
その女の子は津太郎達の事なんて気にも留めず呑気に雑談をしている。
「あなたは少し黙っていて……」
あまりの空気の読めなさに、ゴスロリ姿の少女軽く軽蔑するような目で見ながら注意をする。
言われた方は明らかに年上なのだが特に気にしてないようで「はいはい分かりましたよっと」と文句も言わず指示に従っていた。
「お兄さまもこういう時ぐらいは無理して相手にしなくてもいいんだよ?」
次に少女は青年へ対応するが、柔らかい口調で優しく問いかけるその姿は態度がまるで別人のようだ。
「ごっ、ごめん、聞かれたからつい答えちゃった……」
どうやら体操服の説明は反射的にやってしまっていたらしい。
ただのお人好しなのか身体に癖が染み付いているのかは不明だが、反応的にも悪い人では無さそうに見える。
「砂嵐も治まったし、皆はここで待っててもらえるかな。 僕はちょっと向こうにいる人達と話をしてくるから」
この後、青年が津太郎や他の生徒がいる校舎の方へと向かってくる。 青年の後ろにいる五人が声を出しているが、今の津太郎は先程と違って極度の緊張状態に陥ってしまい、何を言っているのか聞こうとする余裕も、この場から逃げようという考えも一切無かった。
そして歩き始めて数秒も経たない内に津太郎との距離が僅か数メートルとなった所で、青年はその場に立ち止まる。
青年の身長は津太郎より低く百六十五センチメートルぐらいだろうか。 身体も全体的に細く、無駄な脂肪は無さそうだ。
穏やかな目つきに黒い瞳、それと整った鼻に健康そうな赤唇と全体的に童顔で、一見だと中学生ぐらいの日本人のように思える。
衣服は黒のコートを羽織っていて、その中には黒のシャツを着ており、下は黒のスラックスに牛革製の薄茶色のベルトを腰の部分に巻いて固定している。 そして手には革製の黒い指抜きグローブを嵌め、黒の革靴を履いているその姿は、まるでゲームの中の登場人物が飛び出してきたかのような服装だ。
その全てが服装みたく暗黒に包まれた青年は涼しげな表情で津太郎の方を真っ直ぐ目線を向け、堂々と立っていた。
「あの……」
数秒後、青年の方から沈黙を破るかのように話しかけてくる。
「……! は、はい……」
声を掛けられた津太郎は不安のあまり、心臓が鷲掴みされたかのように締め付けられるような感覚に襲われる。 何とか出した声も無理矢理絞り出したものだった。
津太郎の声に反応した青年はそれから一気に目と鼻の先といっていいほどの距離にまで間合いを詰めると、急に心配そうな表情になってから口を開く。
「だっ、大丈夫ですか! 何処か怪我はありませんか! 後ろにいる方々は平気でしょうか! そっ、それと……えっと、学校は壊れていませんか!」
発した言葉はまさかの津太郎や他の生徒、そして学校の事を気に掛ける内容だった。 だがこの慌てふためいたこの様子は演技とも思えず、本気で心配しているように感じる。
「そっ、そう……ですね……きっと皆──何ともないんじゃないでしょう……か」
津太郎は後ろを振り向いて生徒達や先生、学校を見渡した後に報告する。 別に言わなくても自分の目で見ればすぐに分かりそうなものだが、実は意外と余裕が無くて青年は周りが見えていないのかもしれない。
「良かったぁ~……でもここにいる皆様には迷惑を掛けてしまって本当にすみませんでした……このような事態になってしまったのも全て僕の責任です……どう償えば宜しいでしょうか」
青年は安堵の溜め息を吐いた後、頭を深々と下げながら謝罪をする。
「えっ!?──いや、償いとかとかそういうのは本当にいいんで……」
津太郎としては一刻も早くここから立ち去って欲しいというのが本音だったが言えるわけがなかった。
「ですが、このまま何もしないわけには……」
罪悪感からか何かやらないと気が済まないのだろうか、青年の方は引きそうにない。 どうするか悩む時間も無く、とりあえず頭の中に浮かんだ事をそのまま言ってみた。
「あの、貴方のお名前を教えてくれませんか?」
「僕の名前……ですか?」
「はい。 特に被害もありませんし、それだけで十分です」
青年の前では余裕のある態度を見せているが、実際は全く余裕なんて無かった。 ただ平気なフリをしていないと余計に心配を掛けてしまうんじゃないかと思って何ともないような顔をしている。
「本当にそれだけでいいんですか? 別に他にも──」
「いえ、本当に名前を聞くだけで満足なので……!」
「は、はぁ……分かり──ました」
イマイチ納得してないようには見えるが、何とか承諾してくれた。
「僕の名前は東仙一輝と言います。 宜しくお願いします」
自分の事を一輝と言う青年は、教えた後に再び頭を下げた。




