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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
六章

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過去と現在 その九

 管理人が慌てて出ていた光景を見て不安になっていたのは津太郎だけでは無かった。 売店にいる他の客、レジの前に立っている店員もまた一体どうしたのかと平常心を失っている。


「何かトラブルでもあったのかしら?」


 周りが騒いでいる中、四人の中で真っ先に美咲が声を出すも冷静さは崩していなかった。


「管理人の慌てようを見るとその可能性が高そうだ」


 巌男に至っては微塵も動揺しているようには見えず、普段と全く変わっていない。


「で、でもさ、水場とかシャワーの故障とかそういうパターンだってあり得るんじゃ……!」


 津太郎は夫婦二人に比べると緊張と不安で落ち着かずにはいられず、それが表情や態度にも出てしまっていた。


「いや、あの人もプロだ。 故障や不具合程度ならわざわざ周りにいる客人を不安にさせるような動きはしないだろう」


「そ、そっか……」


 巌男の冷静な分析に津太郎は納得するしかなかった。


「──大丈夫だよ栄子君。 何も心配する必要はないさ」


 その後、巌男は栄子の前に行くと右膝を床に乗せるようにしゃがみ込み、視線を合わせて微笑みながら言う。


「は、はい……ありがとうございます……」


 巌男のおかげで心なしか安心感を覚えた栄子は、感謝の気持ちを伝える為に軽く頭を下げる。   


「……ちょっと俺、見に行ってくるよ。 何が起こったのか気になるし」 


 ここでまさか津太郎が自らの足で現場に向かい、この目で確かめてくる案を出してきた。


「その気持ちは分かるけど危ないから止めときなさい。 それより早くテントまで──」


「ごめん母さん! 早くしないと管理人さんを見失うから行ってくる!」


 美咲の反対を振り切り、津太郎は後で怒られる覚悟を決めて出入り口へと走り出す。


「津太郎! 管理人が向かったのは恐らく川が奥の方にあるキャンプ場だ! それともし危険だと感じたら引き返すんだぞ!」


 巌男は引き止めようとするどころか、逆に聞こえるように大声で助言をする。


「ありがとう! それじゃ栄子と一緒にテントに戻ってて! 俺も原因が分かったらすぐに戻るから!」


 出入り口辺りで立ち止まった津太郎は売店へ顔を向けて大声で返事をすると、そのまま三人の元から立ち去るように管理棟から出て行く。


「もうっ! 津太郎ったら! 危ないかもしれないっていうのに全くっ!」


「気になるからというただの興味本位で首を突っ込みに行った訳ではなく、津太郎にも何か考えがあっての事だろうさ。 確かに人の言う事を聞かず勝手に行動するのは良くないが、戻って来ても怒らないで欲しい」


「それは分かったけど、お父さんってほんと津太郎に甘いんだから~。 栄子ちゃんもごめんね~。 あの子ったら勝手に一人で突っ走っちゃってー」


 巌男に説得された美咲は渋々ながらも承諾し、それからは栄子に寄り添いながら優しい口調で言う。 

 

「い、いえ……私は大丈夫ですから……」


 栄子は美咲に変な心配をさせないようにと、平気だという意思表示をする。


「でもお父さん、どうしてあの人達が川のある方へ向かったと分かったの?」


「特に難しくもない単純な話だよ。 仮に私達が拠点としている敷地で何かが起こっていれば孝也君から何かしら連絡が来ていてもおかしくないのに、今に至るまで着信音が鳴る事は無かった。 だから逆側だと睨んだというだけさ」


「そういうことねぇ。 でもそんな危険なリスク負ってまで行く必要なんてないような気もするけど」


「そこまでしても払拭したい事があるんだろう。 これは私の予想だが不安を取り除──いや、今は語るよりも津太郎に言われた通り、ここを出るとしようか」  


 巌男は途中で話すのを止め、テントに戻る事にしようと決めると美咲と栄子も賛同し、三人は管理棟から出ていく。


(津太郎、早く戻ってこないと栄子君が悲しむぞ。 私達ではお前の代わりにはならないのだからな)


 外に出て戻っている最中、巌男は空を見上げながら息子の帰りを願っていた。





   ◇ ◇ ◇





(一秒でも早く栄子の不安を無くさないと……! さっきみたいな思いをさせるのはもう御免だ……!)


 津太郎はそういう思いを抱きながらシャワールームを越え、水場を越え、広大なキャンプ場に辿り着く。


「あれか……!?」


 すると中央辺りに沢山の人が集まっているのが遠くからでも一目見てすぐ分かり、あの辺りで何かが起こったという事も理解出来た。  


「だけどあれだけ密集してて誰も逃げようとすらしてないって事は……特に危険性とかそういうのは無いと判断していいのかこれは……?」


 だが誰一人として逃げる、または逃げようという素振りを一切見せていない。 それどころか何かを覗き込むようにその場から微動だにしていない光景を見て、身の危険に関しては問題なさそうに感じた。 


「……とりあえず行ってみよう。 もし途中で向こうにいる人達がいきなり逃げだしたら俺も一緒になって逃げればいいだけだ」


 そう決めた津太郎は人だかりに向かってまた走り始める。 すると最初こそ遠いからというのもあって何も聞こえなかったが、近付くにつれてうっすらと盛り上がっている話し声が耳に入ってきた。


「いやーよかったよかったぁ! 無事で何よりだよ!」


「見た目は子供っぽいのにやるじゃねぇか! 中々出来ることじゃねぇぞ!」


 他にも様々な所で色々な人が話しているが内容はどれも似たようなものだった。 しかし聞こえた事によって危険性が無いという確信を得られたのは、津太郎にとって精神面的な意味で非常にありがたい。 


(何だ、特に心配する必要は無さそうだ。 まだ何が何やら分からないけど、とりあえず連絡だけでもしておこうかな)


 気が抜けた津太郎は人だかりまで残り十メートル辺りぐらいに接近した所で走るのを止め、歩きながら巌男か美咲に何も心配する必要が無いのを電話で伝えようとした。


「よかったぁぁぁぁあっ! ほんとによかったよぉぉぉぉぉおっ! ごめんねっ……! こんなお母さんでごめんねっ……!」


「本っ当にありがとうございますっ……! ありがとうございますっ……! もう感謝してもし切れませんっ……! このご恩は一生忘れないです……!」


 だがその瞬間、密集している人のせいで津太郎からは見えないが内部から女性と男性の『哀』の感情を人前であろうが関係無くさらけ出した声がしたせいで、右ポケットに突っ込んだ手を戻してしまう。


(おいおいあの中は一体どうなっているんだ……)


 先程の声の印象が強すぎてすっかり頭の中から連絡するという事を忘れてしまった津太郎は、そのまま前へと進む。

 そして盛り上がっている集団の最後尾まで行くも、前に立っている人達の背が高くて中心部分が全く分からない。 とはいえ人の間に割り込むのもどうかと思い、後ろから見える所を探す為に右側に回り込んでいると運良く背の低い人達で固まっている場所を発見する。


(あそこからだったら見れるんじゃないか?)


 そう思いつつ背の低い人達の列まで向かうと、背後に立ち止まってから全ての発端である中心を見た。


「なっ!?」


 しかし最後尾から見たその光景に、津太郎は驚きを隠せなかった。


「あのねあのね! おにいちゃんとおねえちゃんがね! わたしをたすけてくれたの!」


 するとそこには全身が水でびしょ濡れになったワンピースを着た少女が、母親だと思われる女性に強く抱きしめられていた。 確かに泣いている母親が娘を抱擁する光景は誰もが感動する素晴らしい場面だろう。


──だが津太郎が驚いたのはこの光景を見たからではなかった。


「いっ、いえいえっ、僕は当然のことをしたまでですから」


 人々が囲う中心部分に、東仙一輝とうせんいっきがいたからだ。  

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