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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
六章

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過去と現在 その八

 木々に囲まれた道を抜け、車で通った砂利道を歩いた先にあるのは第二の目的地である管理棟だった。 中へ入る前に周りに何かあるのか見てみようと管理棟の近くを歩いていたら、シャワールームが最初に目に映る。

 白のドアが三つ並んだ状態で上の方にシャワーヘッドの絵が描かれた印が貼られており、これなら誰が見てもすぐ分かるだろう。


 次に見えたのは管理棟のすぐ隣にある食器等を洗うのに使う水場だ。 黒の屋根に四隅を茶色の柱で支えられたその下の中央辺りには縦二列、横四列、互いに向い合せの状態で銀色のシンクが合計八つ設置されている。 他にもゴミを捨てる為の大きな白い箱やお湯を出すのに必要なガスポンぺも置かれていた。


 水場よりも更に遠くの場所には津太郎達の拠点としているフリーサイトとは別のキャンプする為の広大な芝生や木が植えられた土地が広がっているのだが、そこまで行くと帰るのが遅くなりそうなので止めておく事にした。


 管理棟の周りを大体見て回って満足した二人が来た道を戻り管理棟の入り口にある白いドアを開け、冷房の風に当たりながら最初に見えたのはフローリングの床、白の壁と天井、そして受付用の木製の机と椅子だった。 


「いらっしゃいませ──ってあれ? 学生さん?」


 受付用の向かい側の椅子に座ったまま挨拶をしてきたのは軽い肥満体型で髭を生やした中年男性だった。 青の帽子に上は赤と黒のチェック柄のシャツを着ていて、下は迷彩柄のスボンを履いている。


「いやー、未成年だけっていうのはちょっと……」


 どうやらキャンプ場の関係者と思われる男性は、二人の事を今来たばかりの客だと誤解をしているようだ。


「あっ、すみません! 実は──」


 変な疑いを掛けられて面倒な事になる前に津太郎は慌てながら事情を説明し始め、自分は教見巌男の名前で予約した者の息子、栄子はもう片方の家族の娘である事を言うと、相手はすぐに納得してくれた。


「いやー、変な勘違いしちゃってごめんね。 でも管理人として長年こういう仕事してるとちょくちょくいるんだよ。 親同伴じゃなく子供だけとか、予約しなくても大丈夫だろと思って来ちゃう子達ってさ」 


 自分の事を管理人と語る中年男性は慣れた感じで気さくに津太郎達へ話しかけてくる。


「あー、しかも今って夏休みですから特に意識してしまいますよね~」


 説明が終わったらすぐに解放されるかと思いきや、まさか雑談に付き合わされるとは想定していなかった津太郎は会話を続ける。


「そうなんだよ~。 やっぱトラブルとか面倒事とか起こしたら他のお客さんにも迷惑掛かっちゃうからどうしても慎重になるというか神経質になるというか」


 管理人はストレスが溜まっているのか、津太郎に軽く愚痴のようなものを吐く。


(この人が管理人……それに長年って事は間違いなく一輝の捜索にも参加してるだろうし、それに──翔子さんとも何かしら関わってるのは間違いないよな)


 だが津太郎は『管理人』という単語を聞いた瞬間から、無意識のうちに管理人と東仙親子との関係性について頭を働かせていた。 一応、話を合わせるように相槌は打っているが内容はあまり入ってきていない。 


(もしこの人に色々と聞けば七年前について沢山知る事が──いや、今はそういう事を考えるのはよそう。 絶好の機会なのは分かってるけど、さっきのでもうこりごりだ)

 

 目の前には一輝の行方不明事件に最も関わり、そして最も翔子の側にいたかもしれない重大人物がいる。 質問をすればインターネットで調べた情報よりも詳しい話が聞け、翔子についても何処に行ったのか、または携帯番号やメールアドレスを教えてもらう事が出来るかもしれない。

 しかし津太郎はその両方を知る権限を手放した。 何故なら、もう看板の時と同じ過ちを繰り返したくなかったからだ。


 その後、受付に用のあるキャンプ客が入ってきた為、津太郎と栄子は管理人に軽く挨拶をしてから左側にある売店へと入った。


 売店の真正面と左側には木製の三段棚に食品やキャンプ道具、日常用品があり、右側には氷やアイスの入った冷凍ショーケース、その隣にはペットボトルのお茶やジュースの入った大型の冷蔵庫が設置されている。


(あれ、父さんと母さんじゃないか。 帰ってくるの遅いと思ってたらここにいたのかよ)


 だが津太郎は店の中よりもまず目に映ったのは真正面の棚の前にいる巌男と美咲だった。 顔が見えていないのに後ろ姿だけで父と母だと分かったのは、恐らく朝からずっと見ている服装と巌男の逞しい筋肉が原因だと思われる。


「そこにいるのは津太郎と栄子君かな」


 津太郎が「父さん」と声を発する前に、巌男が顔を向ける事無く誰であるのかを的確に当てる。


「……! えっ、な、なんで分かったの?」


「ただの勘さ」


 巌男は振り返ってから涼しげな顔で問いに答える。


「いやいやあり得ないでしょ」


 直感だけで当てるなんて流石に信じられないと思った津太郎は右手を横に振りながら否定した。 


「お父さんがどうして分かったなんて別にそんなのは気にする必要ないじゃない。 それより二人も散歩ついでにここへ来た感じ?」


 巌男と同時に津太郎達の方へ振り向いていた美咲が割り込んでくる。


「えぇ……こっちとしては気になって仕方ないんだけど……まぁそんな感じだよ──ていうか二人『も』って事は母さん達も?」


 津太郎は直感について知るのを諦めて、美咲の会話に乗る事にする。


「えぇ、水場の向こう側にある私達のとは別の敷地を軽く見てきて、その帰りにここへ寄ったのよ」


「奥の方に流れている川は周りの木々と重なってとても風情のある良い景色だったな。 普段は橋を車で通過する時ぐらいしか見れなかったが、やはりああいう景色は立ち止まってゆっくり眺めるに限る」


「へ~、そう言われると俺も見てみたいかも」


 巌男が美しい風景について語る姿を見て、津太郎も興味が湧いてくる。 


「別にまだ時間あるんだし、行けばいいじゃない──ね、栄子ちゃんもそう思うでしょ?」 


 遠慮して話に入ってこない栄子に気を遣って美咲が笑顔で声を掛けた。


「えっ、わ、私ですか?」


「うん♪ あ、でも二人が行くなら夜の方がロマンチックだからそっちの方がいいかもね~♪」


「よ、夜に……教見君と……えーっと……」


 昼よりも夜という提案を出された栄子は両手を組み、人差し指を擦り合わせながらどうしようか迷っていた。


「駄目だよ母さん。 今なら全然いいけど夜に出歩くなんて危ないって。 何がいるのか分からないのに」


 だが迷っている間に津太郎が夜は危険だからと反対する。 面白さが無いと言われれば事実だが、安全面を考えると現実的といえる。


「そ、そうだよね、危ないよね」


 栄子は納得したようだが、声も姿勢も落ち込んでいるように感じる。 やはり行きたいという気持ちの方が強かったのかもしれない。


「はぁ……どうしてウチの息子はこうも現実主義者なのかしら……」


「俺はそんなつもり無い──」


「管理人さん! ちょっとこっち来て下さい!」


 津太郎が美咲に否定しようとした瞬間、後ろから成人男性が慌てた様子で管理棟に入ってくる。 そして外へ来るよう頼むと管理人と成人男性は急いで管理棟から出て行った。


(な、何だ? 一体何が起こったんだ?)


 後ろへ振り向き、管理人達が血相を変えて出て行く光景を見た津太郎は突然の出来事に胸がざわつく。

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