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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
六章

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過去と現在 その七

(七年前……五月……行方不明……なんていうか、こういうの見ると改めて本当に起こったんだって実感してしまうな……)


 津太郎は白の看板に大きく書かれた赤い文字の注意喚起を見ながら嫌でも感じてしまう。 一輝がこの山へ実際に入り、そのまま出れなくなってしまったという事を。


(実際にここから上がったかどうか分からないけど、この場所がキャンプ場から最短距離だし一番あり得そうだ──あ、)


 その後、この木々の仕切りについて何か気付く。


(そうか、多分だけどこの木は山の荒れ具合だけじゃなくここの看板やロープを隠す為に植えたのかもしれない)


 せっかくキャンプへ来たというのに、近くからでも遠くからでもこういう物騒な看板やロープを見せられたら雰囲気や空気が台無しになってしまうというものだ。 管理人からしても客からの苦情を寄せられるより、こうして事前に防いだ方が色々と楽なのだろう。


(後、一輝みたいに子供を一人で勝手に山へ行かせないようというのも……ゼロでは無いよな……あんな事があったんだ、管理する側からすればどうにかして防ごうって考えるのが普通ってもんだろ──まぁ七年以上前から既にあるんだったら俺の考え過ぎで終わるけど……)


 そして二度と一輝のような犠牲者を出さないようという考えも頭に浮かんだが、その時──、


「七……年……前……」


 津太郎が数秒に渡って思考を巡らせている最中、栄子もまた当然だが看板を見ていた。


(……!? ヤバいっ!)


 栄子を見て急に慌て始めた津太郎は、看板の文字を見せないよう間に挟まるような形で前へ行く。


「えっ、栄子! なっ、何かあれだっ!──そうっ! 何かヤバそうな雰囲気出てきたしさっ! ここにずっといても仕方ないからさっさと先へ行こう! なっ!」


 すると次にとにかくこの場から離れようと栄子を必死に説得する。 しかし咄嗟の事で何も考えていなかったらしく、話し方がぎこちなかったり詰まらせたりと、動揺しているのが目に見えて分かる。


「そう……だね……私も……ここにはあまり長くいたくないかも……」


 栄子は表情が見えないぐらい俯き、左手で右の肘を抱え込むように掴む。 ただ、その左手は僅かに震えていた。


「よ、よしっ! 気分を変えて人の多い管理棟の方に行ってみるか!」


「うん……」


 明るく振る舞う津太郎に対し栄子は軽く頷くも、その声に少し前までの明るさは無かった。


(くそっ! 完全に俺のミスだ! 山の事を意識し過ぎて栄子に全然配慮が出来てなかった! あの看板を見た時にすぐ離れてれば栄子を辛い目に遭わせず済んだのに! 最悪だ、本気でやっちまった……!) 


 津太郎は後悔しながらこの場を立ち去る。 今はもう看板の事も、山の事もどうでもよかった。 とにかく栄子をどうにかしないと、という事で頭が一杯だったからだ。


「ごめんね教見君……私──」


 管理棟へ向かう最中、栄子が小さな声で謝る。 


「何で栄子が謝る必要があるんだ。 謝るのは俺の方だ、本当に……ごめん」


 だが津太郎が途中で遮り、逆に謝罪する。 本当は立ち止まって頭を下げたかったが、今は少しでもここから離れたいという気持ちが強い為、歩きながらになってしまった。


「もし何か俺に出来る事があるなら言ってくれ。 どんな事でもするから」


 栄子の不安や恐怖といった負の感情を和らげたい、そういう思いから津太郎は問う。


「──あ、でも思い付かないなら無理しなくていいし、スルーして全然構わないからな」


 津太郎が気に掛けてから数秒の沈黙の後、栄子が口を開く。


「……じゃ、じゃあ……もう少しだけ側に寄ってもらっても……いいかな……? 今は──誰かの温もりが……欲しいから……」


 栄子の声は震えていた。 身体も僅かながら震えていた。 もしかしたら心も震えているかもしれない。 だがそれでも人を、津太郎を求めていた。


「それだけでいいのか……?」


「うん……」


「分かった」


 軽く頷いた後、津太郎は躊躇なく栄子と手と手が触れ合いそうになる程に接近する。 少しでも心が安らぐのなら、不安を取り除けるなら、という思いを込めて。


「あ、ありがとう……」


 津太郎が近寄ってくれた事によって栄子の震えは止まり、声も微かに明るくなった気がした。





   ◇ ◇ ◇




 

 それから二人は看板の置いてある道を曲がり、管理棟へ向かう為に直線を黙々と歩き続ける。 すると先程までの風で木々が揺れる音だけしかしなかったのが一転し、色々な所から人の声や物音が聞こえてきた。

 津太郎達からは見えないが、木の仕切りの向こう側に他のキャンプ客がいるのだろう。 それだけ戻って来たという事だ。


 だが周りから様々な音が聞こえてきたと同時に栄子が津太郎から離れるように横へ移動し、軽く距離を開ける。


「もういいのか?」


 栄子の行動を見た津太郎が沈黙を破るように話しかける。


「うん、さっきより楽になってきたから」  


 まだ本調子ではないが、栄子の声や表情にも明るさが戻って来ており、看板の時とは大違いなのは目に見えて明らかだった。


「ふぅ……それなら良かった」


 気持ちが楽になったという言葉を聞いた津太郎は、栄子の耳にも入る程の大きな溜め息を吐く。 だがお互い気を遣って次に何をどう話せばいいのか迷ってしまい、再び沈黙が訪れる。


「あの、教見君……」


 一分後、今度は栄子から話しかけてきた。


「ど、どうした? また調子でも悪くなってきたとか……!」


 突然の事に津太郎は歩いている足を止めそうになる。


「うぅん、そうじゃないんだけど……さっきのこと、お父さんやお母さんには内緒にして欲しいんだ……心配掛けさせたくないから……」


「な、何だそういう事か……勿論おじさん達には伝えないし、他の誰にも言わないから安心してくれ」


 津太郎は看板での出来事は墓まで持って行くつもりで栄子に約束する。


「ありがとう、約束してくれて……だけどいつまでもこんな調子じゃお父さん達にすぐ気付かれちゃうから、そろそろ切り替えないといけないのに……どうしよう、中々上手くいかないよ……」


 栄子は焦る。 一秒でも早くこの心の中にある不安、恐怖、悲しみが入り混じった感情を奥底へと沈ませたいのに制御出来ない事を。


(栄子……こういう時はどうすれば──よし、試しにやってみるか)


 困った表情で助け舟を出された津太郎はどうすればいいか数秒だけ考えた後、思い付いた案を実行しようと決めた。


「なに、皆の所に戻るまでまだまだ時間はあるのだから、少しずつ気持ちを落ち着かせればいい。 焦る必要なんて全く無いさ」 

 

 思い付いた案というのは巌男の声と話し方を真似する事だった。 ほんの少しでも場の雰囲気を明るくする為に物真似をし、そして栄子にも分かるようにと巌男を選んだのだろう。 ただ、話し方は似ているけれども、声の方は雰囲気ぐらいしか再現出来ていなかった。  


(……慣れない事はするもんじゃないな……恥ずかしすぎる……)


 普段は全くしない事をしてしまったせいで急に顔が熱くなってしまう。 そしてやるんじゃなかったと軽く後悔した。 だが──、


「……ふふっ、巌男おじさんの真似だよね、それ」


 看板を見てから今まで一切明るい反応をしてくれなかった栄子がようやく笑顔を浮かべてくれた。 愛想笑いの可能性が高いが、津太郎としては別にそれでも良い。 栄子が前向きな反応をしてくれた事が一番の成果なのだから。 


「ま、まぁな。 ちょっとでも栄子の気が紛れたらいいなと思って試してみたんだ。 流石に笑ってくれたのは予想外だったけど」


「あ、えっと、まさか教見君が物真似するなんて思わなかったら、つい……もしかして嫌だったとか?」


「いやいや嫌とかそういうのは無い。 むしろ栄子の笑顔が見れて嬉しいぐらいだ」


「……! そ、そうなんだ……」


 頬を赤らめた栄子は軽く俯く。 津太郎からは見えないが嬉しそうにしている表情を見るに、どうやら心の中にある黒い感情は取り除かれたかと思われる。


(何とか元の調子に戻ってくれて本気で良かった。 にしてもこれからもし別の場所に行くなら気を付けなきゃいけないな……栄子がまた苦しまない為にも……もう、二度とあんな姿は見たくない……)


 津太郎は隣にいる栄子を見る。 だが見ていたのは現在の栄子なのか、それとも……。

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