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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
六章

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過去と現在 その五

 四人用のテント、そして調理用のテーブルの両方を組み立てた後、次に日除けとして使う四本のポールで支える白のテントを建て始める。 とはいえ、この白のテントは特に難しい技術も必要無い上に六人全員で組み立てたのであっという間に終わった。


 その後、夕飯の準備をするには流石にまだ早すぎる上に、今の所は他にやらなければならない作業が無いという事で、自由時間となった。


(さてと、今から何しようか……)


 津太郎は白のテントの下に敷いた薄い青色のビニールシートの上に座り、ペットボトルのスポーツ飲料水を飲みながらこれからどうするか考えている。 


(父さんと母さんに言えば一人で行動出来るとは思うけど、管理棟に行ったからなぁ……)


 巌男と美咲は管理棟の何処にどういう施設があるのか実際にこの目で見るのが良いと思い、拠点から離れて確認しに向かっていた。 


(まぁ何も出来ないなら、たまにはボーっとして過ごすとするか……ここ最近キャンプの準備で忙しかったり色々とあーだこーだ考えてばっかりだったし……それに何もしないのが一番の贅沢って言うしな)


 山ではなく、他のキャンプを楽しんでいる人達や辺りの木々を見つめながらそうしようかと決め、スポーツ飲料水をまた飲む。


「──あ、空になった。 今度はお茶にするか」


 中身が無くなったペットボトルを持ちながら立ち上がろうとしたその時──、


「あの……教見君……もしよかったら、その……一緒に散歩でも……どうかな……?」


 声を掛けられた津太郎が後ろに振り向くと、テントの側には栄子が立っていた。 しかし津太郎を誘うのに慣れておらず緊張しているのか、頬は少し赤く、話し方も若干ぎこちない。


「えっ、散歩?」


「うん……本当に疲れてなかったらでいいんだけど……」


 まさか栄子からこうやって誘われるのは津太郎としても意外だった。 そのせいで咄嗟に言葉が出てこない。 

 

(これってまた孝也おじさんか彩おばさんが栄子に何か言ったんじゃ……)


 そう思い、四人用テントの方を見てみると中に入っていた夫婦二人も驚いていた。


「孝也さん孝也さん! 栄子が自分から津ちゃんを誘ってるわ!」


 彩が孝也の肩を手で何度も叩いたり、両手で掴んで揺さぶっている。 本気で動揺しているようで、津太郎もこういう彩を見るのは中々無い。


「うぅ……! あの栄子が積極的に……! お父さん嬉しいような寂しいような……! 娘が遠くに行っちゃうってこんな気持ちなんだね……!」


 孝也もまた左手で目元を擦るような動きをしている。 本当に泣いている訳ではないようだが、声からは何か寂しさのようなものが伝わってくる。


(あれ? あの様子だと二人が言った感じではないぞこれ)


 ほんの数秒だけとはいえ夫婦二人の反応や態度を見て、いつもの冗談を言ってからという流れではないというのは把握した。


「えっと……」


 いつまで経っても返事がこない事に栄子は少し困っているようだった。


「あ、あぁ、悪い悪い。 丁度これから何しようか迷ってた所だからさ、栄子が散歩しに行くから俺も付き合うよ」


「ほんと……!? よかったぁ……!」


 賛同してくれて安堵した栄子は右手を胸に当て、息を吐く。 だが緊張は解けたらしく、息を吐き切った後の表情は柔らかくなっていた。


「散歩行くだけでそんなに喜ばなくても──あっ」


 この時、津太郎はある事に気付く。


(これ……散歩ついでに山へ行けるんじゃないか? こっそり誘導する感じで行けば不自然じゃないだろ)


 それは栄子と散歩するという口実で山の入り口まで行けるのではないか、という事だった。 これなら小織との約束を破らずに済むうえに堂々と目的地へ向かう事が出来て、津太郎としても一石二鳥だ。 


「よし、そうと決まれば早速行くとするか」


 津太郎は脱いでいた靴を履き、空のペットボトルを車の中にあるゴミ箱代わりのビニール袋に入れて、栄子に近寄る。


「う、うん」


 栄子は軽く頷くと、登下校の定位置といっても過言ではない津太郎の隣へと移動する。 すると栄子としてもこの位置は落ち着くのか、とても安らかな表情をしていた。


「それじゃあ少し出掛けてきますので、もし父さん達が戻って来たら散歩に行ったと伝えておいて下さい」


 それから津太郎は車から離れる前にテントの中にいる清水夫婦へ話しかける。


「分かったわ~♪ せっかくの機会だし、のんびり自然を満喫してきてね~♪」


「時間はたっぷりあるからそんなに慌てなくていいよー♪」


 二人は上機嫌だったのだが津太郎はその様子に気付いておらず、「ありがとうございます。 では行ってきます」と言い残して栄子と共にその場から立ち去る。 


「……やっぱり心配だから僕も後ろから付いていこうかなー」


「それは駄目よ~。 栄子が一生懸命、勇気を振り絞って津ちゃんを誘ったんだから二人っきりにしてあげないと~」


「そうだよねぇ。 でも親としては成長していく姿を見る事が出来て嬉しいけど、父としては少し寂しいなぁ」


 栄子の幸せそうな横顔を目にしながら徐々に自分達の元から遠くなっていく姿を見て、これが親離れなのかなと思う孝也であった。





   ◇ ◇ ◇





「だけど栄子から誘ってくれて助かったよ。 暇過ぎてボーっと景色眺めるぐらいしかやる事無かったからさ」


 二人が山のある方角とは間反対の所からフリーサイトを抜け、砂利や木々に囲まれた通り道を歩きながら津太郎が言う。

 本当ならすぐ目の前にあった筈の山へ直行するようにしてフリーサイトから出たかったが、わざわざ車の後ろを通るようにして抜けるという、あからさまに不信感を抱かせる行動が出来る訳が無く、あの場は大人しく真っ直ぐ歩いていくしかなかった。


「最初は誘っていいかどうか凄く迷ったんだけどね……でもそう言ってくれるなら誘って良かった♪」


 栄子は嬉しそうに言う。 


「散歩に誘うぐらいでそんな迷う必要もない気がするが──というか栄子から誘ってくるなんて珍しいな。 何か理由あるのか?」


「えっ!? そ、それは……えーっと、あのー、その、特に深い理由じゃないんだけど、夏休みが始まってずっと一緒にいる機会が無かったから、久しぶりに教見君と散歩したいなと思って……」


 どうして俺を選んだのかという質問に栄子は不意を突かれて驚いてしまったせいで、つい足を止めてしまう。

 それから津太郎に説明はするも、真っ直ぐ向いたままで視線を合わせる事は出来なかった。 ただ、恥ずかしいという思いが隠し切れず動きとして出てしまっており、両手を下の方で合わせて指を交互に重ねるように擦っていた。


「なんだそういうことか。 それなら誘ってくれたお礼として、俺でよければいくらでも付き合うよ」


「あ、ありがとう……! えへへ……嬉しいなぁ……!」


 今度は喜びの感情を一切包み隠さず津太郎にさらけ出す。 

  

(理由は何となく分かったが、二学期からまた平日はいつもずっと二人で登下校するのに今日も俺でいいのか? それなら孝也おじさん達でも良かったような──まぁこれ以上問い詰めるのはせっかく自由にしてくれた栄子にも失礼だし、もう終わった事だ。 考えるのは止めよう)


 しかし津太郎は栄子が隣で喜んでいるにも関わらず、冷静に考え事をしていた。 ただ、この事についてはもう自分の中で結論付けて気持ちを切り替えようと決める。


「──それで、これからどうする? このままノープランでダラダラ歩く感じ?」


「私としてはそれでもいいけど……せっかくだし、このままぐるっとキャンプ場の周りを一周してみたい……かも。 チャレンジ的な意味で」


「っ!? 一周するのに結構な距離あるけど、大丈夫か?」


 栄子の方から違和感無く山へ近付くきっかけを与えてくれるとは微塵も想像しておらず、まさかの事態に津太郎は少しだけ心臓が締め付けられた感覚に陥る。 だがここで動揺してはいけないと思い、平常心を何とか保つ。


「教見君と一緒なら多分──うぅん、絶対大丈夫だよ。 それに、もしかしたら楽しくてあっという間に一周しちゃうかもしれないし」


「まぁそれだけ意気込みがあるなら問題無さそうだな。 でも疲れたら正直に言うんだぞ?」


 津太郎の優しい気遣いに栄子が「うん」と少し張り切った様子で言うと、二人は再び歩き始めた。   

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