六話 過去と現在 その一
二〇XX年 八月中旬
世間が俗に言う大型休暇に突入したその日、都会からかけ離れた地方都市の住宅街にある二階建ての一軒家に住んでいる教見一家の三人は朝早くから何やら準備で大忙しだった。
「ふぅ~……まだ出発前なのに疲れてきた……」
雲は多少あれど青空が広がる晴天の中、茶髪で細身の高校生である教見津太郎は家の外にいた。 服装は上が白の薄い長袖で下は青のジーパン、白の靴下に白のスニーカーと身軽な格好だ。 しかし袖の部分は肘の所まで捲っており、半袖とそこまで変わらない。
「──それにしても凄い荷物だよなこれ……」
津太郎は玄関先に置いてあるクーラーボックス、テントの入った袋、折り畳みチェア等々、数えきれない程の道具を見ながら言う。 何も事情を知らない人からすると、引っ越しでもするのかと勘違いされそうでもある。
「でもこういうの見ると、いよいよって実感するな」
そして津太郎は疲れを感じていながらも胸は躍っていた。 何故かというと、今日からついに前から約束していた一泊二日のキャンプに行くからだ。
やはり普段なら朝食を食べているような時間帯にこうして全く違う事をしていると、いつもと違う空気や雰囲気に当てられて気持ちが昂るのだろう。 学生なら猶更だ──しかし胸躍る理由はもう一つあった。
「……ようやく七年前に一輝がいなくなったキャンプ場へ行ける……」
それは全ての始まりでもある大南川キャンプ場に行く事が出来るからだ。
勿論、現場に向かったからといって今更何か新しい発見なんてあるわけがないというのは津太郎も自覚している。 ただ、一度でもいいから実際にこの目で見たかったのだ。 七年前に一輝が行ったキャンプ場を。 そして行方不明になってしまった原因を作った──野山を。
「津太郎ー! さっきの荷物を外に持って行ったなら早く中に戻ってきてー!」
開けっ放しのドアの向こう、廊下に立っていたのは津太郎の母の美咲だった。 黒のウェーブ状の髪型で、一切無駄な脂肪の無い細身の体型はまるでモデルのようだ。
服装は白と黒のストライプ柄のシャツに白の薄いジャケットを羽織っており、薄茶色の長いパンツを着用している。
「っ!? わ、分かったー! すぐそっち行くー!」
不意打ちのように急に呼ばれて少し驚いた津太郎は我に返った後、美咲に返事をして家の中へと入る。 すると玄関先にはまだ外に出さなければならない荷物が幾つか積まれていた。
「重っ……こんなに色々と持って行く必要あるの? 何か諦めたら?」
津太郎が鍋や包丁といった調理器具の入った緑色の頑丈な箱を持ち上げてから美咲に話しかける。
「備えあれば患いなし──と、言うじゃないか。 後になって何かが足りないよりは持て余すぐらいが丁度良いのさ」
リビングの方から津太郎の父親である巌男が出てきて、美咲の代わりに答える。 黒の短髪で、ただでさえ津太郎よりも背が高いというのに分厚い筋肉のせいでより一層大きく見えてしまう。
服装は白の生地が薄い長袖に複数のポケットが付いている青色のベスト。 そして濃い緑色のアウトドアパンツを着用している。
「言ってる事は分かるけど、こんだけの大荷物がキャンピングカーに入るのかな?」
津太郎はスニーカーを履きながら言う。
「何、大丈夫さ。 夜はテントで寝るのだからベッドの所にも荷物を置けばいいだけの話だ。 それよりもいつ来てもいいように早く荷物を出しておこう」
巌男はそう言った後、津太郎の持っている箱と同じのを二段重ねにしてから軽々と持ち上げて自分専用の通気性が良さそうな黒のアウトドアシューズを履くと、そのまま外に出て行った。
「──もう父さんに全部任せていいような気がしてきた」
一個で限界な自分に比べて二個でも容易な光景を見た津太郎は呆気に取られる。
「お父さんを言い訳にしてサボらないの! ほら、急ぐ急ぐ!」
美咲は巌男に付いていくよう何度も指を差す。
「わ、分かってるよ──って、母さんは今から何するの?」
「私はガスの元栓を閉めたかとか、窓の鍵を全部閉めたかどうかとか色々と確認してくるわ。 一泊二日だけど家に誰もいなくなるんだし、万が一何処かが開いてて泥棒が入ったりしたら最悪じゃない」
「空き家なんて泥棒からすれば盗んで下さいと言ってるようなもんか……ここも栄子の家みたいにセキュリティをガチガチにしてれば気にしなくてよさそうなのに」
「あれだけの防犯システムにするのにどんだけお金が掛かると思ってんのよ。 それに──」
「おーいっ! 来たぞーっ!」
美咲が何か言おうとした瞬間、外から巌男の声が聞こえてくる。
「やっ、ヤバいっ!」
「荷物早く持ってって! 私は急いで家の中を見て回るから!」
時間がもう無くなってしまった事が分かった二人は話を止め、慌てて別々の作業を始めた。 美咲がリビングへ向かっている中、津太郎が外に出ると門扉越しに大きな白い車──キャンピングカーが右側から来ているのを目視する。
「でっけぇ……」
津太郎の今までの人生の中でキャンピングカー自体は何度か見た事あるが、ここまで大きいのを見るのは初めてで、手に掴んでいる箱の重さをすっかり忘れる程の衝撃を受けた。
足を止めたまま眺めていたら、キャンピングカーは門扉を真横に通り過ぎて左側に行くとその場で停止したのだが、車のすぐ隣には巌男がいた。 恐らく外へ出た時に偶然にも目的の車を見かけ、誘導する為にあの位置まで移動したのだろう。
津太郎もまた荷物を玄関先に置き、門扉を抜けて車の元へと向かってじっくりと眺める。
高さは約三メートル、車幅二メートルで全長は五メートル程だろうか。 その六人か七人乗りだと思われる大型のキャンピングカーの色は全体的に白く、横側には英語の文字で書かれた黒のステッカーが貼られてある。
前方の運転席と助手席の辺りは軽トラックのような形をしており、その後ろにあるのはシェルという移住空間は長方形の白く分厚い箱で、外からはスライド式のドアと左右に複数の窓が確認出来る。 このシェルの中には様々な設備が詰め込まれているのは間違いないだろう。
(これ乗るのかよ……本気で?)
まさか自分がこんな立派な車に乗る日が来るとは想像すらしてなかった津太郎は、嬉しさのあまり心が弾む。
(やっば、流石にテンション上がってきた。 早く中も見てみたいけど、その前に荷物を運ばないと)
まだ家の中にいる美咲に作業を中断してた事がバレる前に家の中へと向かおうとするが、
「父さん! 荷物運ぶの手伝ってよ!」
その前に車の運転席の横で誰かと雑談をしている巌男に声を掛けた。 すると声に気付いてすぐに門扉の方へと歩いてくる。
「ははっ、すまない。 つい話に夢中になってしまった」
「まぁこの車について色々と聞きたい事は分かるけど、早くしないと母さんに怒られるよ?」
「おっと、それは怖い。 下手すると私達だけ昼食と夕食を抜きにされるかもしれないな」
「父さんが言うと全く冗談に聞こえないんだけど……」
二人が横に並んで家に歩いていたら車のドアが開け閉めする音が聞こえてくる。
「ちょっと待って! 僕も手伝うよ!」
津太郎が声のする方へ顔を向けると、そこに立っていたのは栄子の父親である清水孝也だった。




