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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
二章

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異世界からの来訪者達 その7

 この日の午後、雲は朝よりも分厚く覆われており、それに加えて色はまるで黒煙のようになっている。


 ここまで曇っていると、この後どうなるかなんて気象予報士じゃなくても予測出来る程に酷い天気だが、それにもかかわらず教見津太郎(きょうみ しんたろう)のクラスは男女含め全員、体操服を着て運動場にいた。


 体操服で上に着る白シャツは男女共にポリエステルの生地で作られた物だが、えりと袖口の所に男子は青、女子は赤の色が付いている。

 下はハーフパンツで、こちらも男子は青、女子は赤で色分けされているから遠くから見ても性別は判断出来る。


 普段なら今は日が差していれば一番暑い時間帯なのだが、雨雲のおかげで常に日陰の状態となっていて気温も下がっており、過ごすのは楽といえば楽だ。

しかも今日の体育は持久走のタイムを計るらしいので、走るには一番適した環境かもしれない──ただ、持久走に関して生徒達の中に喜んでいる者はほとんどいなさそうだが。


「なんでわざわざ苦しい思いなんかしなきゃいけねぇんだよぉ……」


「こんなのマジで誰得? やる意味が分からない」


「うぉぉぉぉおっ! ここで俺が他の奴らをぶっちぎってカッコいいとこ見せつけたらモテモテじゃねぇかぁっ! バーニングッ!」


「ねぇねぇ! 一緒に走ろ!」


 上下緑ジャージ姿の短髪で高身長の体育教師に各自で準備運動するように指示された生徒達は、愚痴を漏らしたり雑談をしつつ身体を動かしていた。


 その間に教師は運動場のトラック作りの為、白線の薄い部分をなぞるようにライン引きを使って白の粉を撒いている。


 教見津太郎(きょうみ しんたろう)辻健斗(つじ けんと)もまた、教師がラインを引いている姿を見ながらストレッチをしていた。


「あーダルいわ~、ほんとダルいわ~」


 健斗は口ではそう言いながら誰よりも張り切って身体を動かしている。


「お前言ってる事とやってる事が真逆だぞ。 てかそんなやり過ぎたら走る前から体力使うだろ」


「バカヤロー! 元気があれば何でも出来るんだよっ! いくぞー! いーちっ! にーっ! さ──」


「ほんとにうるさいわね……ハァ、もう少し静かにやってほしいんだけど」


 何故か顎をしゃくらせて大声を出している健斗に向かって月下小織つきした こおりが少し離れた所から腕を組んだ状態で見つめながら言っている。 ただ、まだ走ってもいないのに少し呼吸が荒く言葉にも力が無い。 

 

「あっ、世紀末覇者同級生さんちーっす」


「いつからアタシがそんな物騒な存在になったのよ──クシュンッ!」


 小織は話している途中で急にくしゃみをする。 しかし出す寸前に誰もいない方へと顔を向けていた為、何とか近くの人に迷惑を掛けずに済んだ。


「何か今日は寒いわね……空が曇ってるせいかしら」


「えっ、そうかな? 丁度いい気温のような気がするけど」


 若干ながら体を震わせている小織の隣にいる清水栄子しみず えいこが反応する。 しかし他の生徒も特に寒そうにしてる気配はない。


「ふぅ……そうね、アタシの勘違いよね」


「小織ちゃん……?」


 栄子はまだ走ってもいないのに溜め息をいている小織の姿を見て不思議に思ったその時だった。


「よーし! 雨が降る前に終わらせたいからもう始めるぞー! まずは男子からだっ!」


 ライン引きが終わった教師は、生徒達のいる校舎側のトラックから見て正反対の位置にあるスタートラインに立って大声を出す。

 どうしてわざわざ遠い方に引いたかは不明だが、呼ばれた男子達は殆どが嫌そうに向かう。 ただ校舎から微妙に遠いので時間も微妙に掛かった。 

 

 男子達がスタートラインに並ぶと教師が黒のストップウォッチをポケットから左手で取り出し、首に掛けておいた黄色い笛を右手で持つと持久走の準備は整った。

 流石に走る直前ともなるとそれまでヘラヘラしていた男子達も無言になり、運動場全体に緊張が走る。


「それでは一、五キロメートル持久走を始める! 決して手を抜かないように! 位置について! よーい──」


 体育教師が笛を鳴らそうとした──その時。


 突然、遥か上から空を断ち切る金属の美しい響音が聞こえた。

 間違いなく何かが刃物で切り裂かれた音──しかしそれが一体何かは分からない。

 その刹那、凄まじい風圧と共に辺り一帯の雨雲は完全に消滅した。

 だが空に見えるのは白く照らされた太陽ではなく、得体の知れない黒い穴だった。


 コンパスで寸分の狂いもなく一周させた円の形をしており、学校全体を覆った魔法陣よりは狭いが運動場と同じぐらいの範囲はある。

 全てが黒で出来た無機質な見た目をしているその巨大な穴は例えるならブラックホールのようだ。 あまりにも不気味過ぎるその光景は、見る者全員を恐怖で金縛りのように動けないようにしている。


 これは偶然か必然か、それはここにいる誰もが分からないが何故か黒い穴の出現した位置は昨日の魔法陣と同じ場所であった。


 不気味な黒い穴が現れてから数秒が経過した後、校舎の中にいる生徒達も外の様子に気付いたのか学校中には女子生徒の叫び声や男子生徒の驚きの声が響き渡る。


 だが昨日とは違って今日は学校の外からも通行人や近所の住人の騒ぎ声が聞こえてくる──つまり外にいる人達にも津太郎達と同じ物体が見えているという事だ。


 周りがパニック状態に陥っている中、黒い穴に対して一番近い所に立っている運動場の全員はその場から動けなかった。 声を出せなかった。


(何で……またあんなのが急に現れるんだ……まさか昨日砕けた魔方陣と何か関係があるのか……? くそっ! どうすればいい……! どうすれば──)


 津太郎はこの絶望的な状況に頭が真っ白になりそうになる──が、この瞬間だった。


「走れっ!!」


 体育教師が発したのはただの一言。

 だが、この単純な三文字が今の男子生徒達には効果が絶大で、言葉通り運動場に立っていた者は体育教師を先頭にして一斉に走り出す。 


(……!? しまった!)


 気付いた時には遅かった。 意識を完全に黒い穴へ持っていかれていた津太郎は他の生徒に比べて反応が遅れてしまう。


 走っている者は校舎の方にしか意識を向けていない為、津太郎が出遅れてしまった事を分かっていないのも無理はない。 誰もが死にたくない、この場から離れたいという気持ちで一杯なのだから。


 とはいえこの僅か二秒から三秒の反応の差が命取りとなってしまい、津太郎は前方に走っている集団に追いつけずにいた。

 別に後ろで走っていても最終的に全員で辿り着ければ問題ないのだが、やはり焦るものは焦る。

 その焦りから生まれる不安が身体にも影響しているのか、思うように足が動かず距離を詰めるどころか逆に離されてしまう。 


 体育教師が声を出してから十秒程だろうか、津太郎以外の男子生徒は校舎付近に辿り着く事が出来た。

 ただ、隠れたからといって安全だという保障は一切無い。

 それでも校舎を選んだ理由は物陰があるからというよりも、人がいるという安心感が欲しかったからという可能性もある。


(後もう少し……!)


 津太郎も校舎まで目と鼻の先という所まで来ていた。 校舎の入り口からは体育教師やクラスメートの「急げ!」「もう少しだよ!」といった声が聞こえてくる。


 津太郎自身も良かった、間に合った──と思った次の瞬間だった。


「なっ、なんだあれ!?」


 一人の男子生徒が空に人差し指を突き出すのを見た津太郎は思わずその場で足を止め、振り返って上を見上げると、そこにあった筈の黒い穴は見えなくなっていた。


 だがその代わりに黒い穴を覆い隠す程の巨大な異空間が、同じ場所に浮かび上がっていた。

 その異空間の表面は鮮やかな青色と混ざり気の無い白色が螺旋を描いており、まるで渦巻いているように見える。


「もう意味わかんねぇよ……」


「何で俺達ばっかりこんな目に!」


「あ、足が動かない……」


「助けて、助けてよぉ……!」


 絶望する者、恐怖する者、諦めし者、懇願する者──校舎前は生徒の混乱に満ちていた。 体育教師もまた言葉を完全に失い何も発せなくなっていた。

 今ここに居る者達に出来る事は、これから何が起きてもただ身を委ねる──それだけだった。

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