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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
五章

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それぞれの一歩 その六十四

「ちょっ、ちょ、ちょっと……それって一体ど、どういう意味……?」


 津太郎の「そっちへ行く」という発言に小織は明らかに動揺をしていた。 どれくらいかというと、スマートフォン越しに届く声だけですぐ分かる程だ。


「どういう意味って、特に深い意味なんて無いぞ? ただ俺が月下のマンションの入り口にまで行くってだけで」


 どうして慌てているんだ?と津太郎は思ったが、そこは聞かずに自分の考えを伝える。


「あ、あぁ……そういうこと……まぁそうよね……」


 今度は声が普段より小さく、そして低くなるのがすぐ分かるぐらい露骨に残念そうな態度を取ってくる。  


「てっきり家に来るかと思ったじゃない……」


 そして本音を無意識の内に呟いてしまう。 その非常に小さな声は拗ねているようにも思えた。


「いやいや家の中まで行く必要なんて無いだろ。 ただカラコンを受け取りに行くだけだしさ」


「……!? き、聞こえてたの!?」


「そりゃ電話中なんだから大抵の声は嫌でも聞こえるって」


「はぁ……本気で最悪……」


 小織は溜め息と本音を同時に漏らす。 ただ、勘違いした所から全て自分が悪いとは分かっていたので津太郎には何も言えなかった。


「そんなに暑いのが嫌で外に出るのが嫌なら玄関先まで行くから何号室か教え──」


「いいっ! 来なくていいからっ! 外で待ち合わせすれば何も問題ないわけだしっ!」


「お、おう……分かった……」


 小織の今日最大の声量に圧倒された津太郎は大人しく従う事にした。


「じゃ、じゃあ改めて確認するけど取りに行くのは明日の昼過ぎでいいんだよな?」


 その後、津太郎は気を取り直して日程について小織へ訊ねる。


「え、えぇ、構わないわよ」


 話題が変わり、何とか落ち着きを取り戻した小織は冷静に反応する。


「よし、なら着く前にまた連絡するからその時に外へ出て待っててくれ」


「分かったわ。 それじゃあ話も済んだし、これ以上長電話してると通話料金がヤバいことになるからそろそろ切るわね」


「あ、そうか。 結構長い時間話してたもんな。 確かにもう終わらないとまずいか」


 体感的には通話時間は五分から十分ぐらいだろうか。 恐らく一定の時間を過ぎると通話料金が発生するプランで、小織は料金を払うのだけは避ける為に通話を終わらせようとしているのだと思われる。 


「理解してくれたなら助かるわ。 ならもう切るわよ、それじゃまた明日」


「あぁ、またな」


 互いに淡々と挨拶を済ませると津太郎は通話ボタンを押し、会話を終わらせる。 そしてスマートフォンをベッドの右側に置くと、安堵の溜め息を吐いた。


「ふぅ……何とかカラコン確保出来て良かった。 これで少しは一輝の役に立てるな」


 一輝と約束した二つの内の片方を早くも済ませる事が出来た津太郎は、何だか肩の荷が降りた気がして気持ちが多少楽になった気がした。


「──でも流石に疲れたな……色々あったけど一区切り付いた感じもするし、もう今日は考えるのは止めてゲームでもするか」


 津太郎は背伸びを思いっきりした後、肉体的にも精神的にも疲れが溜まっているのを実感しつつも、寝るのを我慢して気分転換にゲームをする為、座椅子へと座った。





   ◇ ◇ ◇





 そして次の日。 梅雨の頃はあれだけ鬱陶しいと思っていた雨が恋しくなる程に晴れた昼頃、白の無地シャツに青のジーパン、黒の靴を着用した津太郎は小織の家に向かうのにバスへ乗っていた。 出来ればお金を節約する為にも歩いて行きたかったみたいなのだが、外を出た直後の暑さのせいでその考えは一蹴されてしまったらしい。


 ちなみに一週間ぶりの外出という事で、美咲にも何の理由で外へ出るのか聞かれたが「友達にゲームを借りに行ってくる」と言ったら特に疑わず納得したという。


(父さんから貰ったお金を使わず置いといて良かった。 もしゲーム買ってたら母さんにあの言い訳出来なかったし、こうやってバスに乗れなかったかもしれないからな)


 空席が目立つバスの右後方に座っていた津太郎は外を眺めながらそう思っていた。 昨日、もし安易な考えでお金を使っていたら今頃後悔していただろう。


 そしてバスが神越高校を通り過ぎた時、津太郎の頭の中で過去の出来事が浮かび上がる。


(そういえば月下の家に行くのって、あの騒動の時以来だっけ……)


 それは一輝達がこの世界に現れたその日の放課後、小織と連れ添う形で家まで付いていった事だった。


(校門前の人だかりを何とか抜け出して落ち着いたかと思ったら、月下が体調を崩してるのを彩おばさんが指摘して……それで月下を家まで送り届けたんだよな。 あの日はほんとに大変だった……)


 改めて五月下旬に起こった事を振り返ってみた津太郎は、あれだけ大変な目に遭ったにも関わらず家に帰るまでよく体力が持ったなと、当時の自分を少しだけ自画自賛したくなる。


(でも、もしあの時に付いていかなかったら月下の家を知る事が出来なかった訳だから……ほんと意外な所で点と点が線になって結びつくんだな──って、いつまでも過去に浸ってる場合じゃなかった! 月下に連絡しないと!)


 既に目的地へ近付いているというのに、三ヵ月前の出来事に没頭し過ぎて連絡するのを忘れていた津太郎は急いで右ポケットからスマートフォンを取り出し、小織にSNSで「もうすぐ最寄りのバス停だから、後五分ぐらいでマンションに着くと思う」と送った。


(これで良し、っと……)


 いつ返事が来てもいいように左手でスマートフォンを持ったまま立ち上がり、右手で一番近くにあるオレンジ色の手摺りに付いている降車ボタンを押してから自分の席へ戻る。 するとスマートフォンからメッセージを知らせる振動音が左手に伝わってきた。


(返事が相変わらず早いな。 まぁこっちとしては助かるけど)


 早速確認してみると、「分かったわ」という一言だけ書かれていた。 もう打ち合わせは昨日の内に済ませてあるので、このメッセージに返事はしなくていいと判断し、スマートフォンをポケットに戻してバスが停車するのを待つ事にする。


「あっちぃ……タオルでも持ってくればよかった……」


 それから間もなく、目的のバス停で降りた津太郎は再び逃げ場の無い強烈な日差しを全身で受けつつ目的地のマンションへと向かう。 


「ふぅ……よし、着いたぞ……」


──数分後、殆ど人のいない右側の歩道を歩き続けて小織のいるマンション手前にまで辿り着く。 このまま津太郎の立っている所から数歩だけ進んで右に曲がれば小織の家なのだが、何故かすぐに向かわず立ち止まった状態で直線を見ていた。


「──この先に早見さん達が住んでるんだよな……」


 どうやらここよりもう少し先の所にいる早見夫婦の事が気になるようだ。


(あのマンションに行ったらあの二人組とはどういう関係なのか聞けるかも──それに何より……あの時に言ってた『異世界』という言葉の真意を教えてもらえるんじゃ……)


 このまま早見夫婦の元へ向かったら、もしかすると今までずっと頭の片隅から離れない程に気になっていた事について色々と知る事が出来るかもしれない。 そう意識してしまうと、どうしても気になるのは仕方ないといえる。


「……!?」


 どうしようか考えていると、ポケットから今度は着信音が鳴り始める。 我に返った津太郎は一体誰かと思い、スマートフォンを取り出すと小織からのメッセージが届いていたので見てみる。 すると「もうとっくに五分過ぎてるんだけど」という文章が表示されていた。


「やっば! 早く行かないと!」


 自分から五分で着くと言っておいて遅刻している事に気付いて焦りを感じた津太郎はもう余計な事を考えず、急いでマンションの入り口へと向かっていった。

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