それぞれの一歩 その六十三
「よし、じゃあ月下に電話──と思ったけど何か中途半端な時間だな……もし誰かと遊んでたりしてたら悪いし……SNSにしとくか」
本当なら短い時間で済む電話にしたかったが、小織の事情を考えてSNSで連絡を取る事にした津太郎はスマートフォンでアプリを起動し、「久しぶり、月下。 ちょっと聞きたい事があるからさ、いつでもいいから返事をしてくれ」と淡泊な言葉を入力してメッセージを送る。
「これで後は待つだけだし、今度こそゲームの続きするぞ」
疲れと眠気はあったが、この時間に昼寝をしたら夜に寝れなくなりそうと思った津太郎は我慢して起きておく事にしたらしい。 そしてベッドから起き上がって座椅子に移動しようとした直後にインターホンからメッセージが来た時の着信音が鳴り出した。
「えっ、もう返事来た……のか? いやいやいくら何でもそんな馬鹿なこと……」
送ってからまだ一分経ったか経ってないかという早さに、本当に小織なのかという疑問を抱きつつスマートフォンを見ると液晶画面には『月下』と書かれていた。
「早っ! もしかして暇だった?」
それなら今からでも電話にしようか少し迷ったが、今回の頼み事は下手に言うと色々と誤解されかねないので言葉を慎重に選ぶ為にもSNSのままでいこうと決め、小織からの返事を確認すると、
「聞きたい事って何?」
という女子高生らしからぬ可愛げが全く無い文章が表示されている。 小織らしいといえば小織らしいが、他に絵文字も何も無いので何故か圧があるようにも感じてしまう。
ただ、津太郎は特に動揺もせずベッドに座って「いやー、実はカラーコンタクト持ってないか知りたくて。 もし持ってたら何色でもいいから一つ分けてくれないか?」と返信の文章を入力していた。
「これなら大丈夫だろ」
謎の自信に満ち溢れた状態で送信したが、すぐに「は?」という言葉が返ってきた。 何も事情を知らない小織からすれば当然の反応ともいえる。 そしてその直後「何でカラコンなんて欲しがるのよ」の疑いの眼差しを向けられたメッセージが続けて送られてくる。
「……まぁこう思われるのは当たり前か」
冷静に自分が送った文章を見ると穴だらけな事に気付く。 理由を一切話していないのに分けてくれと言われたら、気になったり疑問に思われたりするのが普通だろう。
この疑問に対し「知り合いがカラーコンタクトに興味持ち始めたらしくて、試しに付けてみたいと言ってきてさ。 俺に誰か持ってないか聞いてきたんだよ。 それで月下っていう同級生なら持ってるかもしれないと言ってしまったから、こうやって訊ねてみたんだ」と長文を送る。 ここだけだと必死そうに見えないか不安だったが、理由そのものは事実に等しいのだから仕方ない。
送ってから一分後、小織からの返事がくる。 だがその内容は「ふーん」のみだった。
「短っ!?」
あまりの反応の薄さに液晶画面を見ながら大声を出してしまう。
「もしかして胡散臭く思われてないかこれ……?」
実際はどういう意味なのかは分からないが、変な誤解が生まれる前に打開しなければならないと思い「ちょっと待ってくれ! 確かに理由だけ見ると色々おかしいって思われても仕方ないが本気なんだって!」と今度は文字通り必死なメッセージを急いで送った。
「頼むぞ……」
納得はしてなくても、せめて誤解だけでも解けてくれと願いながら待っていると、メッセージが届いた時の音ではなく電話の着信音が鳴り始め、液晶画面を確認したら『月下』と表示されていた。
「何で電話?──でもまぁこっちの方が俺としても好都合だから助かるな」
伝える内容が複雑になってきたせいで文字では限界があると感じていた津太郎は、電話を掛けてくれた事に感謝しながら通話ボタンを押す。
「あー、もしもし。 カラコンの件についてだけど信じてくれたか?」
一応頼み事をしている立場という事もあって、普段の気の抜けた感じではなく真剣さが伝わるように出来るだけ丁寧に話しかける。
「いや、全っ然」
「本気かよっ!?」
小織の素っ気ない発言に津太郎は大分へこむ。 もしかして自分の送った文章に自信でもあったのだろうか。
「当たり前じゃない。 久しぶりに連絡来たかと思ったらいきなりカラコンくれとか言ってくる時点で意味分からないし、理由を聞いたら知り合いが興味を持ったからって何でアタシを指定してくるのよ。 別に欲しいなら通販で売ってるんだからそっちで買えばいいでしょうが。 しかも何か急に必死になって慌てたようなメッセージまで送ってくるとか胡散臭さ満載過ぎてどう信じろって言うのよ」
「ご、ごもっともです……」
まるで格闘ゲームの連続コンボみたく怒涛の口撃を受けてKO寸前の津太郎は何も言えなかった。 そして指摘されてやっぱり胡散臭かったのかと自覚してしまう。
「──あ、でも通販でカラコン買えるならそうするか。 それなら月下にも迷惑掛からないし、何も問題ないだろ?」
先程の小織の発言から、通販で普通に買う事が出来るのを知った津太郎はまた後にでも注文しようと決めた。 出費は痛いが確実に手に入るのなら良しとする。
「えっ……えぇ、まぁそうね……」
小織は納得するものの、その声は何処か少しだけ寂しそうだった。
「よし、それならカラコンは通販で買うとして……色々とごめんな、時間を取らせたり混乱させたりして」
「確かにどういうこと?って感じにはなったけど特に気にしてないわよ。 それより……カラコン欲しいんでしょ? わざわざ買うぐらいなら持ってるからあげるわ」
「え、でもさっき通販で買えって……」
「あれはそういう手段もあるって言いたかっただけ。 試しに付けてみたいってだけなのに買うなんてお金が勿体ないじゃない」
「それはまぁそうだけどさ、本当に貰ってもいいのか? 持ってるって事は月下が使うんじゃ……」
「沢山あるから一箱ぐらいあげても問題ないわ。 というか教見の方から分けてくれって頼んできたのに何で今になって遠慮なんかしてるのよ」
「いや、いざこうしてあげるとか言われると急に躊躇ってしまうというか……」
津太郎は申し訳なさそうに言う。 恐らく冷静になってみると、それなりに高いであろうカラーコンタクトをお金も払わず頂いてもいいのかという考えが頭の中で浮かび上がってしまったのだろう。
「それを遠慮って言うんだけど──もう、こっちが良いと言ってるんだから貰っておきなさい。 これ以上、躊躇してアタシの気が変わったらどうするの」
小織は津太郎が急にその場で足踏みし始めたのを察し、次の一歩を踏み出せる為の揺さぶるような発言をしてくる。
「そう……だな……やっぱ無しとか言われても困るし……分かった、ありがたく頂く事にする」
「……よかった」
津太郎の決心した言葉を聞いた小織は小さく息を吐いた後、安心したような声で呟いた。
「ん? よかったって何が?」
「──結局遠慮してカラコンいらないとか言われて時間を無駄にせず済んだ事よ」
一瞬の沈黙の後、小織が理由を説明する──だが明らかに本心とは違う事を言っているように思える。
「あー、なるほど」
ただ、津太郎は本心だとそのまま受け取り、疑いもせず納得してしまう。
「そんな事より渡すのはいつにするの? アタシは──別に今日でもいいけど」
「今日か……いやー、今日はもう家を出るには中途半端な時間だからさ、明日にしてもらっていいか?」
もし体力に余裕があれば今からでも問題は無かった。 だが、今日は色々な事があって疲れが溜まっており、この状態で炎天下の中を歩くのは危険だと思い、明日にして欲しいと頼んでいるようだ。
「……そう、まぁいいわ。 じゃあ待ち合わせ場所は学校の校門近辺でいいかしら?」
「あ、待ち合わせなんてしなくていいよいいよ。 俺が月下の住んでるマンションに行くから家でゆっくりしててくれ」
「──えっ」
津太郎の何気ない発言に小織は危うく絶句してしまいそうだった。




