異世界からの来訪者達 その6
二人が教室へ入るとクラスメート達が色々な所で会話をしていた。
聞こえてくる話の内容は、やはり昨日の事と校門前にいた大人達の騒動に関してだった。
「やっべー、昨日のパニックのせいで寝不足だわ……マジきつい」
「はぁ……今日学校休みたかったぁ。 あんな事があった次の日にいつも通り来いとか超スパルタじゃん……!」
「親にチクった奴多すぎて草生えない。 朝からあんな醜いやり取り見せられて最悪すぎる」
「あんな大騒ぎになってたのによく警察来なかったね。 まぁ確かに関わりたくない気持ちも分かるけど」
等々、学校に対する不満や教師への苛立ちを隠せていないクラスメートがほとんどで、教室の中からいつもの明るい雰囲気は消えていた。
少し教室がピリついた空気にはなっているがとりあえず二人が中へ入ろうとしたその時、一人の男子生徒が後ろの入り口の方へ向かって来る。
「ちょいちょいちょいちょいっ! 昨日何かスッゲー事あったみたいじゃねえか!」
それは辻 健斗だった。
健斗は教見津太郎と清水栄子を見るなり、歩きながら話しかけてくる。
(そういえばこいつの事すっかり忘れてた……)
健斗は昨日の昼休み前から強烈な腹痛に襲われて昼からの授業が始まる前には既に早退している為、今日の異様な雰囲気に混乱するのも無理はないだろう。
「朝から先生らと大人達が大声で怒鳴って揉めててこっちもヒェッって感じだしよ~、マジで怖すぎだろ〜」
ただ、健斗は良くも悪くもマイペースに話す。
事情を知らないとはいえ、こういう時でも平然と出来るのは強みの一種なのかもしれない。
「まぁ──学校で色々あったからな……ってさっき聞いて回ったんなら内容は知ってるだろ?」
「聞いたけどよぉ、教室中が真っ赤になったとか外からすんげぇ爆発音がしたとか映画かよっ! ってツッコミたかったぞい」
「あれが映画だったらどれほどよかったか……お前はここにいる誰よりも幸せ者だ」
津太郎は皮肉でも何でもなく健斗の事を本当に羨ましく思った。
「いやいやおいおい照れるじゃないの! 嬉しいから消費期限の切れたパンあげちゃう! ちょっと取ってくる!」
「そんなの絶対にいらないからな! フリとかじゃなく本気でやめろ!」
「いやいや冗談に決まってんじゃん。 だってそのパンは昨日食ったし」
「食ったのか……いや今はもうそんなのどうでもいいから早く座らせてくれ」
消費期限切れのパンを食べた事に呆れはしたが、今はそんな事を気にしてる場合ではないと思った津太郎は、栄子に少しでも早く休んでもらおうと話を強引に切る。
「そういや邪魔してたな、わりぃわりぃ」
健斗はそう言ってから津太郎の後ろにいる栄子に図体に似合わないウインクをし、図体に似合わない作った美声を出し始める。
「津太郎はともかく栄子ちゃんを立ちっぱなしにするのは足に負担掛けさせるのは男として──いや紳士として許されない行為……姫、お許しを」
何故か右膝を地面に付け、右手を左肩に当てて図体に似合わない謝罪のポーズのようなものを取っている。
「お前は何言ってんだ──栄子、こんなの相手に見なくていいから」
津太郎はそう言うと道を譲って栄子を教室に入らせようとした。
「私はさっきの二人のやり取り見てたら元気出てきたからもう大丈夫だよ。 辻君、ありがとう」
栄子は少し前に進むと、しゃがんでいる健斗に対して笑顔でお礼を言う。
その姿を下から見た健斗は栄子の純粋な微笑みに心を撃たれ、膝を付いたまま全身が脱力してグッタリとしたリアクションを取る。
「天使だ……天使だよ……栄子ちゃんは……」
健斗は真っ白に燃え尽きたがその顔は満足げだった。
「つ、辻君どうしたの……? 大丈夫?」
「──栄子、辻を相手にしてたらいつまで経っても終わらないわよ」
横から割り込むように誰かが怠そうに話しかけてきた為、三人が声のする方へ振り向くと、そこには月下小織が立っていた。
しかしいつもと比べて目に力が無く、身体は若干フラついているようにも見える。
「あ、おはよう小織ちゃん!……って何だか疲れてるような……」
栄子も目を合わせてすぐ小織の異変に気付き、心配そうな表情で見つめている。
「おはよう栄子──そんな顔しなくても大丈夫よ。 ただ昨日の夜に色々調べてたり電話してたからちょっと寝不足なだけ」
小織は歩いて栄子の側に寄ると、安心させるかのように和らいだ顔をし始めた。
「電話で寝不足ってやっぱり私の──」
「んな訳ないわ。 むしろ栄子と電話してる時がアタシにとって一番リフレッシュ出来たんだから逆に感謝したいぐらい」
「私も感謝してるよ……小織ちゃんが電話してきてくれたおかげで気持ちが楽になったから……」
女の子ニ人が互いを支え合う姿──その光景を神々しい物を見つめるように膝を付いたまま眺めていた健斗は、何故か静かに手を合わして目を瞑り感謝の気持ちを述べていた。
「てぇてぇ……! てぇてぇ……!」
ずっと構ってたらキリが無いと思った津太郎は、健斗を放置して小織の方へ向かう。
「なぁ、さっき色々調べてたとか言ってたけど……」
昨日の事であれば少しでも情報が欲しかった津太郎は、何か知っているのか聞いてみる。
「調べたとはいってもそんな大したことないじゃないわ。 ただ昨日の事をSNS使ってフォロワーの人達がどんな事を呟いてるのか見てただけよ」
「呟きで何か分かる事ってあるのか?」
SNSをしていない津太郎は、フォロワーの呟きと聞かされても何となくでしか分かっていなかった。
「正直言って分かった事はほとんど無かったわね。 他の友達も死ぬかと思った、怖かった、みたいなツイートが大半だったし」
やはり昨日の恐怖は簡単に拭えるようなものではなく、栄子のようになかなか寝付けれない生徒は沢山いたに違いない。
「──ただ、教見以外にも廊下や外に出てた生徒は何人かいたのよね」
小織はスマートフォンを学生カバンから取り出すと、SNSのアプリを起動させている。
「何人とはいっても、ほとんどは廊下で見たって呟いてただけで証拠も何も無いんだけど──このアカウントの持ち主だけは色々な意味で別格だったわよ」
そう言いながら液晶画面を津太郎に見せると、そこには魔方陣が消えてから僅か数分後に投稿していたSNSのツイートが表示されている。
『なんかスゴーい事起きてるからがんばって撮ったのに意味なかったwww これはバズると思ったのになぁ。 とっても悲しいよぉ……! えーん! えーん!』
文字だけ読むとなんだか気が抜けてしまいそうになるが集中力を切らさずツイートの下に表示されている画像を見ると、そこには雲一つ無い青空と見慣れた体育館──そして他の学年の校舎が真下から広く映し出された光景が確認出来る。
何も知らない人にこの画像を見せても何処にでもある日常風景と認識されて終わるだろう──何故なら津太郎が見た、確かにそこにあった魔方陣が一切映っていないのだから。
「学校の外からはこういう風に見えてたのか……」
確かにこれなら誰も警察に通報しない、何も知らないと言われても納得せざるを得ない。
「ほんと意味が分からな過ぎて頭が混乱するんだけど……一体何がどうなってるのかしらね」
スマートフォンをカバンに戻した小織はお手上げと言わんばかりに溜め息を吐く。
「確かにそれはそうだが……こうして学校にまた来れるだけでも今はありがたみを感じないとな。 もし昨日壊されてたらこんな風に教室にいる事も出来なかった訳だしさ」
「それもそうね──クシュンッ!」
小織は突然クシャミをするが、何とか手で口を抑えれたおかげで周りに散る事は無かった。
「あらやだ、ちょっと手を洗ってくるわ」
まだ廊下にいた小織は近くにあるトイレへ入っていくと同時に学校のチャイムが鳴り始めた為、三人を含めたクラスメート全員は自分の席へと移動する。
すぐ戻って来た小織も席へ着くと、それから間もなくして担任の男性教師が前の入り口から入ってきた。
そのまま教壇の前まで歩くと、担任は一度咳払いをして口を開く。
「あー、昨日は色々大変だったな……俺個人としては今日ぐらい学校休みにしてやれよと思ったんだが、学校側としても色々あってな……皆も精神的にキツイと思うが励ましあったり、協力し合って一日を乗り越えてくれ──特に辻」
「へっ!? 俺また何かやっちゃいましたか?」
一番後ろの席に座っている健斗はいきなり呼ばれて戸惑う。
「別に昨日の四時限目を途中で抜けた事を怒るわけじゃない。 ただ、お前は昨日の昼から休んでて一番元気だろう──だから今日は皆を盛り上げてやれ」
「やれやれ仕方ないですね……今日だけですよ?」
「今日だけでいいんだよ」
担任と健斗の漫才みたいなやり取りに教室にいる生徒達から笑い声や「調子乗んなー!」「止めさせた方がいいですよー!」といった声まで飛ぶようになり、少し前まで重かった教室全体の空気が確実に軽くなっていた。
津太郎もまた、教室の明るい空気から生まれる居心地の良さに釣られて笑っていた。
そして昨日の事はもう終わった、これからはいつも通りの日常が始まると前向きな考えをするようにもなる。
──だがこの後、そんな甘い考えがすぐに打ち消されるような想像だにしない出来事が待ち受けていようとは、この時の津太郎が知る由もなかった。




