それぞれの一歩 その五十六
二〇XX年 八月上旬。
全く雨が降らず、深刻な水不足になるのではと心配になる程に晴れが続く日の昼前、津太郎は自分の部屋で暑さと戦いながら扇風機を浴びつつゲームをしていた。 着ている服は上が白のシャツで下は黒の短パン、そして裸足と相変わらずラフな格好だ。
「~~~~っ! よしっ、一区切りついたし休憩するか」
思いっきり背伸びをしながら息を吐いた後、津太郎はゲーム機の電源を切ってからコントローラを目の前の机に置く。 そしてテレビの出力を地上波へ切り替えると、バラエティ要素の一切無い堅苦しいニュースが画面に映し出されていた。
「そういえばあれから一週間経ったけど……結局あの二人らしき人達は来なかったな」
一週間前、大型デパートで『異世界』という単語を使っていた怪しい男性二人組が何処かで情報を入手し、もしかしたら自分の家に来るのではないかと次の日から常に警戒をしていた。 特に二日目までは一切家から出ようとはせず、部屋のカーテンも一日中開ける事が無かった程だ。
しかし三日目、四日目と時間が経つに連れて徐々に警戒心は薄れていき、七日目の今となってはもうデパートへ行く前と殆ど変わらなくなっていた。 このように朝からゲームをしていたのが証拠として良い例だろう。
「ほんと、バスの外から俺をじっと見つめてた時は本気でどうなるかと思ったが、この様子だともう気にしなくても良さそうだ」
津太郎は座ったまま窓の方へと顔を向け、青空を眺めながら言う。 暇さえあればカーテンの隙間をほんの少しだけ開けて外を覗き、あの二人組がいないかどうか確認していた六日前が懐かしく感じてしまいそうだ。
「──あ、そうだ。 この前デパート行った時のお小遣いがあるからゲームでも買いに行くか。 そろそろ外に出ないと母さんからまた『怠けすぎ』って言われそうだしな」
男性二人組を意識し過ぎて危うく消えかけていたが、気持ちに余裕が生まれたという事もあってデパートで買い物をした時に余ったお釣りを全額貰っていたのを急に思い出す。
「津太郎~! ご飯よ~!」
気持ちが舞い上がったまま机の引き出しから財布を取り、机の上に置いた時に一階から美咲の呼ぶ声が聞こえてくる。
「本当は今から行こうと思ったけど、まぁ昼からでもいいか──って早く降りないとまた呼ばれちまう」
色々な意味でのんびりしていられないと思った津太郎はテレビを消し、急いで部屋を出て一階へと向かった。
◇ ◇ ◇
「そうそう、言うの忘れてたけど昼からちょっと買い物しに出掛けてくるから」
昼食の素麵を親子二人、向かい合わせで食べていると美咲が急に思い出したかのように用事を伝えてくる。
「えっ、買い物?」
まさか外に出るという予定が被ると思わず、津太郎は素麺を掴んだ箸を止めてしまう。
「さっき冷蔵庫見たら夕飯の材料に足りない物がある事に気付いてね。 暑いのは嫌だけど我慢して行ってくるわ」
「そ、そっか。 出掛けるのは分かったけど、熱中症には気を付けてよ」
二人が何処かへ行ってしまったら誰か来た時に対応出来る人がいなくなってしまう。 せっかく用があって来てくれた人に対して申し訳ないという罪悪感を抱くぐらいなら、また今度でいいかと思った津太郎は出掛けるのを諦める。
「ちゃんと日傘を持って行くとか色々と対策ぐらいしていくわよ。 それに帰りは肉とか痛まないようバスに乗ろうと思ってるし」
「バス……」
その言葉を聞いた瞬間、津太郎はまたデパートでの帰りの光景が頭に浮かぶ。 いくら気持ちに余裕が生まれてきたとはいえ、まだ完全に男性二人組の事を払拭出来た訳ではないようだ。
「……? バスがどうかした?」
「──えっ? あっ、いやっ、いつも歩いて買い物行くイメージあるから母さんがバスに乗るなんて珍しいなーって思ってさ」
「は? 私に一体どういうイメージ抱いてるのよ──まぁいいわ、とりあえずそういう事だからお留守番頼むわね」
「う、うん。 分かった」
津太郎が昼からの留守番を引き受けた後、用件も済んだからか美咲は再び素麺を食べ始める。
(流石に母さんの心配はしなくても大丈夫だろ……現に俺がここに住んでるってのもバレてないのに母さんの事まで把握してる訳ないし──ていうかちょっとした事でも二人組と結び付ける癖をそろそろ止めないといけないな……)
自分の中でそう言い聞かせ、いい加減考えるのを止めようと気持ちを切り替えた津太郎は止まっていた手を動かして素麺を啜る。
◇ ◇ ◇
昼食を終えて食器を洗い終わった津太郎は自分の部屋に行き、カーテンや窓を閉めたり冷房の電源を付ける。 その後は涼しくなるまで一階のリビングでテレビを見たりスマートフォンをいじったりしながら時間を潰し、そして二十分程経ってからもう涼しくなったと判断して、再び自分の部屋へと戻る。
「は~、やっぱ冷房が効いてると居心地が全然違うなー。 ほんとにさっきまでと同じ空間かよ」
文明の機器に感謝しながらゲームをする時の定位置である安物の座椅子に座ると、
「それじゃあ買い物に行ってくるわー!」
今度は玄関から二階へ届くように美咲が呼び掛けてきた。 せっかく座ったのにまた立ち上がるのは本音を言えば面倒だったが、扉越しに返事をするのも失礼というものだろう。
津太郎は素早く立ち上がり、部屋のドアを開けてから聞こえるように「いってらっしゃーい」と言うと、玄関のドアの開け閉めする音が耳に入ってくる。
「さてと、ゲームするか」
美咲が買い物へ出掛けたのを把握した後、冷気が逃げないよう早くドアを閉めて座椅子に座り、ゲーム機の電源とテレビを点ける。
「──そういえば一輝、あれから結構時間経つけど全然来ないな」
ゲームを立ち上げて読み込んでる最中、何もしないでボーっとしていると急に一輝の事を思い出す。 一輝自身を忘れていた訳ではないが、ここ最近は色々あり過ぎて家へ招待した事についてうろ覚えだったのは否定出来ない。
「まさか忘れてる訳──じゃないよな……あれ? そもそもちゃんとまた来てくれって約束したっけ……何か自信無くなってきた……」
初めて一輝が津太郎の家に来てから約二十日。 まさかここまで空くとは思ってなかったのか津太郎は過去の記憶に少し不安を感じはじめた。
「確か自分の家周辺で話を聞きに行ったんだっけ……でもそれにしては時間掛かってるような……もしかして案外あっさりお母さんと会えたとか?」
既に読み込みは終わっており、ゲーム画面に切り替わっているというのにコントローラも持たず机に右肘を立てて考え込む。
「それなら一件落着って感じで別にいいんだが──まぁこのままずっと来なかったらそう思った方がいいかもしれないな」
連絡手段を持ち合わせていないせいで向こうが一体何をしているのか、どのような状態なのか全く分からないが、もしも母親と再会出来たのであればそれが一番良いのは間違いない。
「よし、ずっと気にしてても仕方ないし、ゲームでもやって気分転換するか」
もしかしたら全て解決していて自分はもう蚊帳の外かもしれない、それなら意識する必要は無いと思った津太郎はコントローラを持ち、ゲームに没頭しようとした──が、
「えっ」
その瞬間、インターホンの機械音が家中に鳴り響いた。




