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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
五章

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それぞれの一歩 その五十一

 一輝は受け取った紙をジャケットの右ポケットに入れる。 そして三人が公園の出入り口まで移動した後、とうとう千秋との別れの時が来た。


「ではチアキよ、元気でな」


 学校方面に背を向けたクリムが、二メートル程離れた所にいる千秋に別れの挨拶をする。


「はい、レンさんもお元気で──あの、一つだけ質問してもいいですか?」


 学校と間反対の方に立っている千秋がクリムに目を合わせ、返事をした後に右手の人差し指を遠慮しがちに立ててから尋ねてくる。


「ん? なんだ?」


 最後かもしれない質問にクリムは何でも答えようと思ったのか千秋に優しく話しかけた。


「……えーっと、その……や、やっぱり何でもないです、気にしないで下さい」


 だが質問したはいいものの何か言いにくいのか躊躇してしまい、千秋は結局無かった事にしようとする。


「何を躊躇ためらう必要がある。 さぁ、遠慮せず言うがよい」


「じゃあ……れっ、レンさんは一輝君と……もしかして付き……合ったりとかしてるん……ですか……?」


 出会ってから一番緊張した状態で千秋が一生懸命に言葉を詰まらせながらも聞いたのは、クリムは一輝と一体どういう関係なのかだった。


「──ん?」


 しかし質問の内容がクリムにとって全く聞き慣れていない事で、思考が停止してしまう。


「で、ですので……! お二人は──だっ、男女としてのお付き合いをしているかどうか知りたいんですが……!」


「男女──はっ!? いやいやいやっ! それはないぞ! ないからなっ! わ、我とイッキが仲睦まじいなどそのような事は有り得んっ! そうだろイッキっ!」 


 千秋の二度目の説明でようやく理解したクリムは冷静な態度から一変、別人のように慌てふためきつつ首を何度も横に振りながら否定し、一輝にも聞く。


「うん、そうだね。 ただ、頼りになるお姉さんだなぁとは思ってるけど」


 話を振られた一輝はとりあえず思った事をそのまま口に出す。 


「そこまではっきりと言われては我としても少々傷付くぞ……」


 その言葉を聞いたクリムが軽く俯いて呟くその姿は何処か哀愁のようなものを感じる。 一輝としても悪意は無いのだろうが、その分だけタチが悪いとも言える。  


「そ、そっか……! ちょっと安心した……!」


「えっ?」


「あっ、うぅん! 二人が何か凄く仲良さそうにしてて付き合ってるかどうかちょびっと気になっただけで、他に特に意味は無いから! 本当に深い意味は無いから!」


 別れ際で寂しさを感じる反面、二人が特別な関係でない事を知った千秋は嬉しさのあまり饒舌でどうして聞いたのか説明をする。


「そ、そうなんだ……まぁ納得してくれたのなら良かった」


 急に物凄い勢いで話しかけられて軽く圧倒されてしまったが、千秋の嬉しそうな顔を見て一輝も何か安心した。 


「──チアキよ、我に関してはもう済んだのであろう? であれば次にイッキへ何か気になる事を聞くがよい」


 それから少しの沈黙の後、傷心状態から立ち直ったクリムが千秋へ話を振る。 これもまた千秋に少しでも一輝と話させようと手助けしたのだろう。


「……いえ、特に無いので大丈夫です」


 勿論これは嘘であった。 一輝に質問したい事なんて山のようにあり、何日に掛けてでも全て知りたくて堪らなかった。 だが嫌われたくない、迷惑掛けたくない、邪魔したくない、様々な考えが、思いが千秋の足を踏み止まらせる。


「本当か?」


「はい、一輝君とは沢山話せましたし──それに急いでいるお二人をいつまでも足止めする訳にはいきませんから」


 チアキは笑顔を見せながらも痩せ我慢をしていた。 先程二人に言った事も本音ではあるのだが、本当はまだまだ物足りないというのが事実であり、今も下唇を嚙みながら堪えている。


(実はまだまだ物足りないだろうに……この二人は変に頑固な所が似ているな……)


 僅かに寂しそうにしている声の出し方や、無理して笑顔を作っているのを既に見抜いていたクリムは一輝と千秋がやたら無理して意地を張っている共通点を発見する。


「──分かった、チアキの意思を尊重しよう」


 なのでこれ以上何か言うのは余計なお世話だと思い、クリムは大人しく引く事にした。


「今日は本当にありがとう。 千秋ちゃんのおかげで貴重な話を聞く事が出来たよ」


 次に一輝が心を込めて礼を言う。 この奇跡ともいえる確率の再会が無ければ未だに翔子について誰かに聞き込みをしていた可能性も有り得たのだ、千秋には感謝してもし切れないだろう。


「ど、どういたしまして……えっと、じゃあお母さん探すの──頑張ってね!」


 今の自分にはこれぐらいしか言えないと思った千秋は精一杯の笑顔で一輝を応援する。


「見つけるまでどれだけ時間掛かるか分からないけど……諦めずに頑張るよ!」


 一輝もまた別れ際で少しでも寂しさを感じさせないように笑顔で返事をする。


「きっとすぐに見つかるってば!──あっ、後ね、勿論だけど一輝君がここに帰って来たとか、会って話したとか誰にも言わないから安心して!」


 その後、今日の出来事は内緒にしておく事を約束した。


「本当に何から何まで気を遣ってくれて──会えたのが千秋ちゃんで良かった」


「……!? そっ、そんな直球で言われると嬉しいけど照れるというか何というか……!」


 千秋は顔を真っ赤にしながら俯くとそのまま動かない。 一輝としては秘密にしてくれる事に対して助かるという意味で言ったのだが、千秋には何か別の意味で捉えているように思える。


「──でもそう言ってくれただけで今は満足かな……」


 俯いたまま呟くと、千秋は顔を上げる。 そして──、


「……じゃあ一輝君、そろそろ行かないと」


 千秋は軽く息を吐いた後、自ら一輝との別れを告げる。 笑顔である事には変わりないが、何処か寂しさも混じっているように見えた。


「そう──だね」


 いよいよ本当に別れの時が来た事を一輝も実感する。 気を抜いたらすぐにでも表情が崩れそうだ。


「あの──最後の最後に一つだけやって欲しい事があるんだけど、いいかな?」


「やって欲しい事?」


「うん。 あのね、別れる時に立ち止まったり、振り向かないようにして欲しいんだ──私もそうするから」


「──分かった、千秋ちゃんの言う通りにするね」


 一輝は千秋の意思を汲み取ったのだろう──振り返ると別れる時の辛さが増してしまうという事を。


「我が儘を聞いてくれてありがとう。 それと……一輝君に会えて本当に嬉しかった」


 千秋はそう言うと二人から背を向けた。 その背中からは絶対に振り向かないという意志を感じる。 


「僕も……一緒だよ」 


 一輝とクリムもまた千秋から背を向ける。 すると互いにそれ以上は何も語る事は無く、同時に目的地へ向かって歩き出す。 それからどれだけ距離が離れようと一輝も、千秋も、クリムも背後を見ようとはしなかった。  


 こうして七年ぶりに再会した一輝と千秋はまた別々の道を進み始める──だが二人が離れる際に「さようなら」という別れの挨拶を無意識の内に使わなかったのは、今回で最後にしたくなかったからなのかもしれない。

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