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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
五章

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それぞれの一歩 その四十八

「えっと……皆さん、おはようございます」


 教壇に立って翔子が最初にしたのは生徒達へ頭を下げ、挨拶をする事だった。 生徒達も翔子に釣られて座ったまま何も言わず頭を下げる。


「まず──私がどうしてこの格好をしているのか気になりますよね?」


 誰も反応はしないが、担任含めここにいる全員が気になっているだろう。 そして恐らく翔子も不思議に思っている事を察し、このようにわざわざ生徒達へ質問をしたに違いない。

 遠慮して、というよりはどう答えればいいか分からないまま数秒経つと、翔子が沈黙を破るように話しかける。


「この格好をした一番の理由はマスコミの人達にバレないようにする為です。 万が一そのような人達が取材や撮影をする為にここへ訪れていたら色々とまずいと思ったので」


「あ、あのー……何が──まずいんでしょうか?」


 翔子が相変わらず淡々と説明を終えた後、中央の最前列に座っている女子生徒が座ったまま自信無さそうに手を挙げつつ言う。


「それはですね、マスコミの人達と顔を合わせてしまう事です。 もしここで会ってしまったら間違いなく質問攻めに遭ってしまって学校中が大騒ぎになって皆さんにも迷惑を掛けてしまいますから、どうしてもそれだけは避けたかったんですよね」


 女子生徒の質問に対し、翔子は優しく話しかける。 やはり十年間に渡って一輝の世話を毎日していただけあって、同世代の子供への接し方は手慣れたものだ。


 そして予想通り、今日の朝方には新聞記者やテレビ局のインタビュアー、カメラマンといったマスコミ関係の大人達が小学校の校門付近に両手でも数え切れない程いた。

 まだ校門の手前でテレビ中継をするだけならまだ良かったのだが、中には登校中の生徒にインタビューしている者もいたらしく、翔子が何も考えず学校へ来ていたら大混乱となっていただろう。 

 ちなみに翔子は事前に特別に許可を得ていたようで、裏口からこっそりと学校に入ってきたらしい。


「わ、分かりました。 ありがとうございます」


 丁寧な説明に納得した女子生徒は礼を言ってから頭を下げる。 


「いえいえ──あ、それともう一つだけ顔を未だに隠している理由があるんですけど、これは化粧もしておらず単純に目のくまや肌荒れが酷過ぎてとても皆さんに見せられるような顔をしていないというだけなので、あまり気にしないで下さい」


 その後、学校の中でマスコミにバレる心配は無いというのに何故サングラスとマスクを外さないのか、という事について説明をする。


「──えーっと……そういう訳だけど皆、分かったかな?」


 しかし生徒が誰も何も言わない事に空気が重くなりそうなのを感じた担任が声を出す。 すると所々から「はい」という声と共に軽く頷く反応を見せてきた。


「あー、ちゃんと理解出来たみたいなんでもう大丈夫かと」


 本当に理解出来たかどうかは不明だが、とりあえず理解出来たという事にして担任は右手を差し伸べる構えをし、続きをお願いしますという合図を送ると、翔子は何を言いたいのかを察して話を再開する。


「えー、ではどうして私がここへ来たかというと──放送室で言ったのとは別に、皆さんへお願いしたい事があるからです」


 恰好についての説明が終わり、いよいよ本題に入る。


「凄く無礼で自分勝手な事だと百も承知で言うのですが──時間に余裕がある時だけでもいいので一輝を探してもらえないでしょうか?」


 翔子は申し訳なさそうに言う。 どうやら五年一組の教室へ来たのは学校近辺でクラスメートに一輝の捜索について頼みたかったからのようだ。 


「えっ、でも一輝──東仙君は山にいるんじゃ……?」


 翔子の提案に出入り口側の列、中央辺りの席に座っている男子生徒が無意識の内に疑問に思った事を口走ってしまう。


「勿論その可能性が一番高いのは分かってますが……でも、もしかしたら……もしかすると何ですけど一輝が何処か私達の知らない場所から山を無事に降りて、実はもうこの町に戻って来てる、またはその最中だっていう可能性もあるかもしれないんです……!」


 放送室の時同様、一輝の事で感情がこみ上げてしまい、声にちからや熱が入り始める。 それと同時に何か雰囲気まで変わったように思えた。 


「頭の中ではここにいるなんて確率がかなり低いって事は分かっています……! けど、可能性があるのならどうしても諦めきれなくて……!」


 徐々に興奮してきた翔子は己のあらゆる感情を抑えようと、教壇の両端を両手で掴む。 だが相当力強く握っているのか、その両腕は明らかに震えていた。


(一輝君のお母さん、凄く辛そう……本当なら今すぐにでも協力したいですって言いたいのに勇気が出ないよ……)


 翔子が苦しそうに話をしている姿を見て、千秋は手助けしたい気持ちで一杯だった。 しかしこの重苦しい空気の中で手を挙げ、声を発するという行動を実行するのは至難の業といえるだろう。


(もしかして皆もそうなのかな)


 出来たら周りを見てクラスメートがどういう表情をしているのか確かめたかったが、一番前の席だと両隣しか見る事が出来ない上に、今の状況だと確実に目立ってしまうので動こうにも動けなかった。


「あの……あそこが一輝の席でしょうか?」


 千秋がどうしようか悩んでいる最中に翔子が右手で指を差したのは窓際の最後列さいこうれつの空席だった。 しかし誰もおらず、ただ空いているだけだというのに何故か寂しく見えてしまうのは、ここが一輝が使っていた席だからなのだろうか。


「は、はい、そうですけど……」


 急に聞かれた担任は油断してたのか少しだけ動揺するも、咄嗟に答える。 


「……」


 担任の返答は確実に聞こえていた。 だが翔子は何も言わず、一輝の席だけに視線を集中し、微動だにしない。

 重苦しい空気が続く中、翔子が数十秒に渡って見続けた後、このままではいつまで経っても先に進まないと感じた担任が何か話しかけようとしたその瞬間、


(えっ……?)


 千秋は見えた、翔子のサングラスの下から流れる一粒の涙が。


「ごめんなさい……ゴールデンウイーク前までは一輝も……あそこに座って授業を受けてたんだと思うと──何だか悲しくなって……」


 翔子は頬に付いた涙を拭いながら、鼻をすすりながら謝る。 その肩や声を震わせながら言う姿もまた見る者の胸や心を締め付け、それまで真顔だった生徒達の中にも何人かは目を潤わせていた。


「もし行方不明になってなかったら今も……今もあの席で教科書を読んだりノートを取ったり、休み時間は友達とお話したり──当たり前の日常を過ごし……うぅ……!」


 感情の思うがままに生徒達へ自分の今の気持ちを打ち明けていると、胸が苦しくなって言葉が詰まった翔子は溢れ出る涙を抑えようと顔を俯かせ、右手をサングラスの下まで伸ばす。


「ずっと後悔してるんです……キャンプなんか行かなきゃよかった……一輝を喜ばせようと無理しなかったらよかった……いつも通り過ごせばよかったって……」


 一度言ってしまったら止まらないのか、ひたすら弱音を吐き続ける。 ここまで来ると自分自身の事を心底恨んでいてもおかしくなさそうだ。


「と、東仙さん……! とりあえずその──こちらへどうぞ……!」


 このままだと次は何を言い出すのか分からず不安になった担任は、翔子をとりあえず落ち着かせようと右手を動かして自分の席へ誘導し始めた。 すると翔子は「すみません……」と担任に謝りつつ指定された席へ着く。


「えー、先生からも皆に一輝君を探すのお願いしてもいいかな? きっと何もやらないよりは良いと思うしさ」


 そして入れ替わるように担任が教壇の前へ行くと、生徒達へ翔子の代わりに改めてお願いしたい事を伝える──だが生徒達からは何も返事が返ってこない。 そのまま十秒、二十秒と時間だけが過ぎていき、もう誰もやらないと思っていた次の瞬間、


「あの……僕、東仙君を探すの手伝ってもいいですか……?」


 一人の男子生徒が手を挙げ、捜索の手助けに参加を求めてきた。 

今日でこの作品を書き始めてから2年になりました。 相変わらず筆の遅さと進行速度の遅さは昔と変わっていませんが、これからも気長に読んでくれるとこちらとしても嬉しいです。 

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