それぞれの一歩 その四十四
「ごめんなさい、思ったより長電話になっちゃって」
千秋は二人に近付くと友人との通話時間が想定よりも長引いてしまった事を謝る。 とはいえ通話時間は実際そこまで長いという事は無く、三分も掛かっていないと思われる。
「それは別にいいんだけど……お友達の家に行くの止めて良かったの?」
「うん、友達の家にはまた今度行けばいいだけの話だし、向こうもちょっと約束が伸びたぐらいにしか思ってないから大丈夫大丈夫」
実は一輝とクリムが小声で会話をしている最中、千秋はスマートフォンで同級生らしき友人と通話をしていたのだが、その話は急用が出来て電話をする暇すら無く、今日はどうしても家に行けなくなってしまったという内容だった。
千秋としては約束が伸びた事は本当に気にしていない。 ただ、一輝に自分のせいだと思われたくないのか笑顔で明るく振る舞う。
「──チアキ、この後時間は空いているか?」
約束についての話が終わった後、クリムが落ち着いた口調で千秋に尋ねる。
「……? は、はい。 もう予定は何も無いのでいくらでも空いてますけど」
急な質問でどういう事か良く分からない千秋は首を軽く傾げてから正直に答えた。
「そうか。 ならばイッキよ、チアキに聞いてみるのはどうだ?」
「ちっ、千秋ちゃんに……!? でも何で……?」
クリムの口から唐突に飛び出した案に一輝は驚かずにはいられなかった。
「わざわざ我らを知らぬ者に聞くと、まずは警戒心を解く所から始まってしまうだろう? それだと時間も掛かる上に聞けるかどうかの保証も無く徒労に終わる可能性も高い。 ならばこうして打ち解けた者の方が時間も短縮出来る上にイッキとしても気が楽ではないか」
「それはまぁ、確かに……」
「しかも昔から一緒という事はこの辺りに住んでいるのは確定ではないか。 ならば七年前にこの辺りで何かあったか聞くのは丁度良いと思ってな」
「う、うん……」
クリムの説明は完璧だった。 それはもう一輝が何も言い返せない程に。 ここまで的確な答えを瞬時に思い付いたのはやはり騎士としての判断力というべきか。
「わ、私も何の事か分からないですけど、何か役に立てる事があるのでしたら少しでも協力させて下さい!」
肝心の内容について一切話していないせいで全く把握は出来ていないが、一輝の力になりたいと強く想う千秋は更に二人の元へ近付いて自らクリムの案に乗っかる。
「ほれ、チアキもこう申しておる。 其方が何か乗り気で無いのは分かっているが、せっかくこう言ってくれているというのに断るのもどうかと思うぞ」
クリムが説得している間、千秋もまた一輝を信用して欲しいと言わんばかりに見つめていた。
「そ、そうだね。 分かった、千秋ちゃんに聞いてみる事にするよ」
二人の説得により納得した一輝はクリムの案に従う事に決めた。
(きっと大丈夫だよね、母さんの事を聞いても変とか思われたりしないよね)
一輝が態度や声に出してまで露骨に反応が悪かったのは、千秋にいきなり翔子について話しても大丈夫かどうか不安だったからだ。 いくらこの七年間で何かあったのか等を追及しないと言ったとはいえ、いきなり翔子について尋ねたら不信感や不安感を抱かれないかという考えが頭をよぎってしまい、中々クリムに賛同出来ないでいたらしい。
「うん! どんな事でも遠慮せず聞いて!──あっ、でもここでずっと話すのも何だし、何処か座れる場所に移動しない?」
「──確かにそうした方がいいかも。 こんな暑いのにいつまでも日差し浴びてたら危ないし」
これは千秋の事を気遣っての発言だった。 一輝自身はまだまだ平気なのだが、万が一にも千秋がこの強い日差しのせいで体調を崩してはまずいと思って即決する。
「そうだな、我も賛成だ。 この暑さでは話をする側も聞く側も集中力が切れかねん」
クリムもまた一輝の意思を察したようで、移動するのに賛成する。 だが恐らくクリムにとってはこの暑さは全く大した事無いだろう。 何故かというとこの熱が帯びた所にいながらも殆ど汗を掻いていないからだ。
「よかったぁ、じゃあ早速行きましょう!」
「えっ、もう何処に行くのか決めてるの?」
納得してくれて安心した千秋が笑顔になり、一切悩む間も無く目的地へ向かって歩き始めようとした瞬間、つい気になった一輝が質問してしまう。
「ちょっと向こうにだけど一つ丁度良い所があるんだ♪」
千秋は学校のある方角に右手の人差し指を向けながら言う。
「その向こうは確かイッキが通っていた学校がある筈──そうか! やはり学校の中に──」
「いや、それは絶対無いから」
一輝がクリムの願望を即座に否定すると、千秋の後を付いていくように二人も歩き出す。
◇ ◇ ◇
目的地へ向かっている間に一輝は質問の内容を話しておこうと考えていたのだが、完全に打ち解けた千秋とクリムが仲良さそうに会話をしていて、後ろからその姿を見る事しか出来ていなかった。
まさか二人がこの短期間でここまで親密になるとは予想だにしていなかったが、気が合わず微妙な空気が二人の間に流れるよりは全然良いと言うべきだろう。
ちなみに会話の内容は二人が通っていた小学校についてで、興味津々のクリムが千秋に色々と質問をしていた。
──そして五分程歩いた後、三人は小学校の校門前まで辿り着く。
「ねぇ、学校については何か思い出した事とかある?」
千秋が立ち止まると、少し離れた所で歩きながら学校を眺めていた一輝に尋ねる。
「ここに通ってたって事だけは思い出せたんだけど、後はあまり……」
「……そっか。 じゃあここで何をしたかとかそういうのはまだ分からない感じなんだね」
一輝の殆ど思い出せてないという言葉を聞き、千秋は少しだけ寂しそうだった。
「中に入れば何かを思い出すかもしれんが、イッキが頑なに入ろうとするのを拒んでしまってな」
千秋の隣にいるクリムは言い終わった後、残念そうに軽く溜め息を吐く。
「校舎の中は流石に無理ですよ。 もし勝手に入ってしまったら不法侵入で捕まっちゃいます」
「むぅ、イッキと同じような事を言っているな……だがそうか、騒動を起こしてしまうのであれば侵入するのは止めておく事にしよう」
流石に迷惑を掛けてしまうのは良くないと感じたのか、クリムは素直に諦めたようだ。
「騒動とか関係無くだーめーでーすー」
「わ、分かっておる!」
その後、二人は楽しそうに笑い始める。 この様子を見ると初対面の時にクリムが警戒し、千秋に至っては怯えていたのがまるで嘘のようだ。
(……確かに僕も昔の事を出来れば思い出したいけど、それより今は母さんを探すのに専念しなきゃ……)
一方で一輝はというと、二人を見つめながらも頭の中ではこのような事を考えていた。 千秋としては一輝に少しでも記憶が蘇って欲しいと思っているが、当の本人は自分の記憶よりも母親探しの方を優先したいそうだ。
それから千秋がここで立ち止まっていては怪しまれるかもしれないという事で小学校から出発すると、更にそのまま真っ直ぐ住宅街から離れる形で三人は歩き始める。
──五分後、先程とは違う住宅街の中を歩いていたら急に千秋が小走りで前へと進み出し、
「ここだよ!」
と、少し離れた所から右手で指を差して言ってくるので一輝とクリムが向かうと、緑色のフェンス越しに見えたのは──公園だった。




