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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
五章

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それぞれの一歩 その四十二

 千秋が右側に曲がった先は車線の無い道路と、左右の両側が幾つもの家に挟まれた長い一本道となっている。


(あっ、いた!)

 

 その曲がり道に一輝が行くと、少し離れた先に千秋の寂しそうに歩いている後ろ姿が見えた。 クリムの迅速な判断と指示によってすぐに向かう事が出来たおかげで、千秋とそこまで距離が離されなかったのだろう。


「坂地さんっ!」


 一輝は千秋の名前を呼ぶ。 この後に何を言おうかなんて何も考えていなかった、無計画だった──だがそれでも声を掛けずにはいられなかった。

 呼ばれた千秋は身体を僅かながらに震えるような反応をした後、後ろへ振り向くがその両目の瞳は潤っており、少しでも動けば今にも零れ落ちそうであった。


「いっ、一輝君……!?──ど、どうしたの?」


 千秋は左手で目の周りを拭い、何事も無かったかのような態度を取る。


「坂地さんにその……さっき何も言えなかった事を謝りたくて……」


「うぅん、私なら全然平気だから気にしないでいいよ。 それより一緒にいたお姉さんの所に早く戻ってあげて」


「えっ、でもまだ一言も──」


「いいのいいの──最後に一目会えただけで私は満足だから……それじゃあね」  


 まるで最後のお別れかのように笑顔で一輝へ告げると、千秋は返事を聞く前に真正面へ向いて走り出す。 このまま何もしなければ先程の二の舞となり、せっかくクリムが後押しをしてくれた意味が無くなってしまう。 


「ちょっと待って下さい!」


 一輝もどうしてここまで千秋の事が気になるのか分からないが、また立ち去るのを見届けるのはもう嫌だという思いから自然と声が出てくる。


──しかし千秋は一輝の声は確実に聞こえている筈なのに立ち止まらない。 ここでまた振り返ったら決心が鈍ってしまうからだろうか。 


「待って!」


 そう言った後、一輝は千秋の手を握ろうと右手を伸ばした。


「……!?」


──その瞬間、一輝の頭の中で急に自分が小学生だった頃の映像が再生される。 今の状況と全く同じである、一人の少女が自分から離れようとしてる所に右手を伸ばしている場面が。 


(そうだ……! 昔にも同じ事があった……! その時にいたのは……!)


 一輝は思い出した、その時にいた少女の姿を、名前を。


「千秋ちゃんっ!」


 そして過去の映像に映っていた少女の名前を一輝は恥ずかしげも無く全力で呼ぶ。 周りに何人か通行人がいて、大声を出した一輝の方へと見つめていたが本人は全く気にしなかった。 


「……!」


 不意に名前を呼ばれた千秋は足を止めてしまう──が、後ろへ振り返ろうとはしない。 ただ、両手に掴んでいる白の袋を強く握り締めているように見える。  


「何度もごめん……でも思い出したんだ。 昔にも千秋ちゃんをこうやって呼び止めた事があったよね?」


 千秋に関する記憶が蘇った一輝は過去にあった出来事を伝える。 すると千秋は慌てて後ろへ振り返り、急いで一輝の元へ駆け寄ってきた。


「うん! そうだよ! あったんだよ! 小学二年生の時に私が道路へ飛び出した時、一輝君がさっきみたいに名前を呼びながら手を掴んで助けてくれたの!──もしかして昔の事思い出して……くれたとか……?」


 それから千秋は鮮明に覚えていたであろう当時の思い出を勢い良く語る。 しかし、その後に我に返って恥ずかしくなったのか頬が赤くなってしまっていたが。 


「全部……じゃないんだけどね。 だけど千秋ちゃんと小学校では同じクラスだったとか、そういうのは思い出したよ」


 一輝が微笑みながら言うと、千秋は右手を両手で掴んでくる。 気が緩んでいたという事もあってか咄嗟に反応出来なかったのもあるが、握手をした際に隠密魔法の魔力の暴走が起こらなくて一安心した。  


「全部じゃなくても全然いいよ! ちょっとでも私の事を思い出してくれて凄く安心したし……それに何より──敬語じゃなくなったのが一番ホッとしたかな」


 千秋は照れながらも嬉しそうにしている。 確かに千秋からすればようやく初対面に対する人の接し方では無くなったのだ、これが幸せでなくてなんというのだろうか。  


「──ってさっきから泣いたり笑ったり何か情緒不安定でこっちこそごめんね。 普段はこんなんじゃないんだけど……」


 そう言いながら千秋は両手を離した後、右手の人差し指で頬を軽く掻くように触る。 


「うぅん、気にしないで。 僕は気にしてないしク──向こうにいる人も何とも思ってない筈だから」


「そ、そっか。 それなら良かった……」


 一輝が安心させる言葉を掛けると、千秋は胸を撫で下ろす。 クリムの名前を言いそうになった所で踏みとどまったのは余計な混乱をさせない為だろう。 何も疑問を抱かれていない所を見ると、どうやら気付かれていないようだ。


「あの……一輝君ってさ……今からあのお姉さんの所に戻るんだよね?」


 記憶に関するやり取りが終わって一段落し、二人の間に僅かの沈黙が生まれた後に千秋の方から話しかけてくる。


「うん、さっきの所で待たせてるからね。 だから早く行かないと」


「じゃ、じゃあ私も付いていっていいかな? さっき一輝君は気にしてないと思うと言ってたけど、お姉さんにも迷惑掛けちゃったからやっぱり謝りたいんだ」


 千秋はどうやら一輝だけでなくクリムも振り回してしまった事に対する罪悪感を抱いているようで、気持ちに整理を付ける為にも謝罪をしたいのだろう。 


「謝るだなんて本当に気にしなくていいんだけどなぁ……」


「でもそれじゃあ私の気が済まないし……それに──」


「それに?」


「うぅん、なんでもない」


 千秋は何かを言おうとしたが目を瞑った状態で軽く首を横に振って無かった事にする。


「……? 分かった、じゃあ一緒に戻ろうか」


 無理に断る理由も無いと感じた一輝はクリムが待っている通り道の方へ振り返った後──、


(七年ぶりに会えたのにここでもうお別れするなんてイヤ──なんて恥ずかしくて言えないよ)


 千秋は一輝の七年前と比べて大きく、そして逞しくなった背中を見つめながら心の中で呟いた。


──それから二人が歩いている最中、一輝は気になる事があったのか千秋に話しかける。


「あのー、ちょっと一つ聞いてもいいかな?」


「うん、勿論いいよ」


 隣にいる千秋は即座に反応する。


「本当に今更なんだけど、何処で僕だって分かったの?」


「あー、それはさっきすれ違った時にお姉さんが『一輝』って名前を呼んだのがたまたま聞こえたのがきっかけなんだ。 最初は名前が偶然一緒だとか自分の聞き間違いと思ってそのまま通り過ぎようと決めたのに、どうしても気になってずっと後ろから見てたんだよね」


(そういえばあの時、クリムが僕の名前を呼んでたような……でも全然気にしてなかったな……)


 千秋の説明を聞いて一輝はすれ違う前の会話の内容を思い出す。 クリムもまさか何気なく言った名前が原因でこうなるとは思っていなかっただろう。


「なるほど……じゃあ僕らと目が合った時に慌てて立ち去ったのは?」


「あれはいきなり声を掛けられたから怒られると思って……何か睨まれてたような気がしたから」


「あはは、全然大丈夫だよ。 職業癖って言うのかな? 昔から人に話しかける時はあんな感じなんだ」


「昔……?」


 一輝の発言の一部に気にかかる部分があったらしく、千秋は下唇の所に右手の人差し指を軽く当てて首を傾げる。


「あっ、いや、あの人の事なら全く怒ってないから気にしないでいいよ! それで、えーっと──」


 無意識の内にクリムの事を少し語ってしまった事に気付いた一輝は慌てて話題を逸らそうとしたが、


「あのね、一輝君……私、この七年間どこに行ってたとか、山で行方不明になってから一体どうしたとか、どうしてすぐ戻って来なかったとか、ほんとは聞きたい事がいっぱいあるんだ」


 千秋が胸の内に秘めていた事をゆっくりと話し始める。 


「何となくだけど──でもきっと一輝君も何があったとかあまり追及されたくないと思うから、私の方から詮索するのは止めておくよ。 だから安心して、ね♪」  


 そして全てを吐き出した後、千秋は一輝の前に出て立ち止まってから優しく微笑んだ。 


「──あ、ありがとう……僕が山で遭難してから色々あったのは事実なんだけど──ちょっと説明しづらくて……」


 万が一色々と質問されたらどうしよう思っていた一輝としても、こう言ってくれるのは精神的に非常に助かるのは間違いなかった。


「やっぱりそうだよね。 でもいいんだ──だって今は一輝君と再会出来ただけで十分満足だから」


「えっ?」


「えへへ、ほら、早く行こっ。 お姉さんをこれ以上待たせたら申し訳ないよ」


 千秋が失った七年分の想いが込められているであろう言葉を告げると、二人は再び歩き始める。

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