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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
五章

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それぞれの一歩 その三十九

 住宅街を抜けた先の右側には三階建ての白い校舎と二百人から三百人は入れる程の体育館が建てられて、すぐ隣にはサッカーゴールや遊具が置かれている広大な運動場がある。


 学校の周りは不審者を絶対に入れさせないという意志を感じる二メートルのコンクリートで作られた白い壁と三メートルはありそうな網状のフェンスで囲われており、真正面には鉄で出来た重量感のある柵状の門扉が設置されているのだが、今は夏休みという事もあってか固く閉ざされている。


 門扉の右側の壁には『木崎小学校』という文字が大きく書かれた横長のプレートが飾られていて、背景は黒、文字は白で表記され、そのおかげで遠くからでも名前は一目瞭然だ。


「ここは──我らがこの世界へ降り立った時の場所に似ているな。 確か前に教えてもらった──学校だったか。 我らの世界で言う学園と同じみたいだが、建物が全く違うせいで初めて見た時は分からなかったぞ」


 クリムが小学校を見ながら言う──も、一輝からは何も言葉が返ってこない。 気になったクリムは横に向いて一輝の顔を覗くと、無表情のまま小学校を眺めていた。


「おい、どうした?」


 こちらから何もしなければいつまでも学校を見続けてしまいそうだと感じたクリムは声を掛ける。   


「──えっ?……あっ、ご、ごめん、ボーっとしちゃってた、あはは……」 


 呼ばれてようやく一輝は我に返ると、クリムに顔を合わせて照れ隠しをするように笑う。 


「ここを見た途端、上の空になる程に気を取られるとは……まさかこの場所には何か心当たりでもあるのか?」


 クリムは改めて校舎や運動場を見る。 こちらの世界の人からすれば特に何か変わった物は無く、何処にでもある風景なのだが別の世界から来たクリムにとっては何が何やら分からず、目に見える物全てが物珍しく映っているだろう。


「実はここ……僕が通ってた学校なんだ」


 一輝は小学校を見ながら言う。 クリムからは顔が見えていないので分からないが、聞こえてくる声からして冗談で言っているのではないというのは伝わってきた。


「なんだと? ここに?」


 だがその言葉の内容に驚きを隠せないクリムは、つい反射的に一輝の方に顔を向けるとそのまま右手で学校に指を差す。


「うん、間違いないよ。 これだけは断言出来る」


 一輝もまたクリムと顔を合わせる──が、今度は照れた様子ではなく本当だと思わせるような真面目な表情だった。


「そうか──しかし思い出したにしても急だな。 それまでは周りの風景を見ても先程のような態度を取らなかったというのに」 


「うーん、やっぱり学校には色々と思い入れがあったからだと思う。 見た瞬間にいきなり頭の中で昔の記憶が蘇ったって感じだったから」


「ほう、ならこの学校ではどのような思い出があるのだ?」


 クリムは単純にこの世界での思い出が知りたくて聞いたのだが、何故か一輝は困り顔になってしまう。 そして二人の間に一瞬だけ沈黙が生まれたものの、すぐに一輝が口を開いた。


「えーっと……思い出したといってもまだここに行ってたなぁ──ぐらいなんだよね……だから同級生とか何かしたとかそういうのは全然というか……」

 

 一輝の声が徐々に小さくなっていく。 どうやら他の事に関する記憶についてはあまり自信が無いらしい。 


「ま、まぁそれは仕方あるまい。 今は無理でもいずれきっかけがあれば思い出すだろう」


「そうだといいんだけど……」


「──そうだ、我に良い考えがあるぞ!」


 若干落ち込み気味な一輝を見たクリムが何か案を思い付いたらしく、目を輝かせて生き生きとした表情となっている。


「えっ? 良い考えって?」


 突然の事に一輝が戸惑いながら言う。 するとクリムはいきなり一輝の両肩を上から掴むように両手を置いてから声を発する。


「今からこの学校に入るのだ! そして中にいる者に話を聞けばよい! そうすれば昔の事を思い出せる上に母親についても何か知る事が出来るかもしれんぞ!」 


 だがクリムの口から飛び出た言葉はこの世界では完全に犯罪の内容だった。 もしも勝手に入ってしまえば校内にいる教員に通報されるのは間違いないだろう。


「それは──ちょっとまずいかも……」


 一輝はクリムの出した提案を申し訳無さそうに断る。 仮に通報されたとしても自分達なら警察から逃げる事も容易いだろうが、本来の目的である聞き込みはもう出来ないかもしれない──それだけは避けたかった。 


「ん? どうしてだ? 別に中に入って話を聞くぐらい構わんだろう」


 クリムは一輝の両肩から手を離しながら言う。


「いや、僕らって部外者だからさ、もし入ったら色々と面倒事になるかもしれないし……」 


「確かに我は部外者だがイッキはここへ通っていたのだから問題無いような気もするが」


「通ってたといっても七年前だからもう関係ないような気がする……それに仮に当時から先生がまだここに勤めていたとしても、僕の事なんか覚えていないんじゃないかな」


 一輝が恐らくいたであろうクラスメートの友人や先生の事を覚えていないように、相手側も自分の事は既に記憶から抹消されているに違いないと思っていた。 これは自暴自棄でも消極的でもなく、七年という長い年月もの間に渡ってこの世界にいなかったのだから、忘れ去られていて当然だと感じたからだ。


「そう勝手に覚えていないと決めつけるのは良くないぞ──よしっ! 部外者かどうか確かめる為にも学校の中に入って聞いてみようではないか!」    


 クリムは背筋を伸ばしたまま両手を腰を当てて一輝を注意をした後、まだ学校へ入る事を諦めてなかったのか再び同じ案を出してくる。


「いやいやだからそれは駄目だってっ!」


 そう言いながら校門へ向かおうとしていたクリムの右手を慌てて掴む。


「むぅ、やはり駄目か……しかし勿体無い気もするが無理ならばどうする? 引き返して聞き込みをするか? 我としては新しい発見の為にも少し先へ進んでみても構わんが」


 手を離してから一輝の方に振り向いたクリムは自分のやろうとしていた事を素直に諦め、次はどうすべきか尋ねる。  


「そうだね、えーっと……」


 まだ体力的にも時間的にも余裕はあり、先へ進むのも確かに良いと思った。 しかしそれでは本来の目的である聞き込みの方が疎かになってしまいそうだという考えが頭に浮かぶ。 この場所には散歩へ来たのではない、母親に関する情報を少しでも得る為に来たのだと改めて再確認し、一輝は決断する。


「戻って誰かに話を聞いてみよう」


「分かった、では戻るとしようか」


 引き返す事に決めた二人は早速来た道を戻る事にした。 一輝としても本当は五年生までの四年間という長い期間に渡ってお世話になった小学校の中に入ってみたかった。 出来れば懐かしいというような感覚も味わってみたかった──しかし今はそういった心残りの感情を押し殺し、学校を後にする。


──学校から引き返して五分後、十字路のある道をを通り過ぎてからクリムが一輝に話しかける。


「しかしまた人を見掛けなくなってしまったな。 これでは話を聞くどころではないぞ」


「昼過ぎに比べたらまだ全然暑くない時間帯だからと思って朝から来たのに……失敗だったかな」


 また通行人が全くいなくなってしまい、どうしようか二人が立ったまま悩んでいると──、


「あっ、あのっ!」


 後ろから若い女性の声が聞こえてきた。

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