異世界からの来訪者達 その4
──そして放課後。
生徒達は校長の指示に従い、一斉に帰宅を始めると校舎の廊下、外、校門前にはあっという間に人で溢れる。
教見津太郎と清水栄子と月下小織も生徒の人混みに紛れて歩いていると嫌でも周りの人達の話し声が聞こえるが、やはり内容はつい先程に起きた出来事だった。
「下手なホラー映画よりスリルあったよな~」
「花火大会のラストで使われるでっかい花火以上にすっごい音っていうか衝撃? アレすごかったよね~」
「あの赤い光の光景が未だ目に焼き付いているんだが……」
「あー、SNSで呟きてえ! 別アカ作ってやろっかなー」
等々、思っている事は人それぞれであるが重苦しい雰囲気を感じられないのは被害が一切無かったからなのだろう。
何事も無いまま三人は校門を抜ける。普段ならここで軽く雑談をしてから別れるのがいつもの流れだった。
しかし今日は下校する人が沢山いて通行の邪魔になるという事もあり、小織は「じゃあね」と言って手を上げるとアッサリそのまま津太郎達とは真逆の方向へ歩いていく。
するとあっという間に人混みの中へと消えていき、小織の姿は見えなくなった。
周りにいる人達が歩いている中、津太郎達だけその場に立ち止まっている訳にもいかないので、素早く校門前から立ち去る事にする。
◇ ◇ ◇
家までの道中、二人の前には同じ通学路を歩いて帰っている生徒がバラバラに距離を置いた状態で複数いる。
これもまた全校生徒一人残らずの集団下校だからこそ起こり得た光景なのだろう。
しかし、この光景を見た津太郎はふと思った。
今回の件は誰も怪我もせず、学校の何処かが壊れたわけでもなく、無事に済んだからこうして不安な気持ちを抱える事無く帰る事が出来ている。
──だが、これが逆だったらどうなっていたのだろうか。
魔方陣のせいで怪我人が大量に出て、もし学校が無残にも破壊されていたとしたら──恐らく一生忘れる事の出来ない恐怖を抱きつつこれからの人生を過ごす事になっていただろう。
そんな想像をするだけで津太郎は風邪も引いていないのに寒気がして、少し身体が震えだす。
(いやいやもう終わった事だろ、気にする必要なんてない)
津太郎は自分にそう言い聞かせ、もうこんな事は考えるのをやめようと栄子と他愛無い話を始める。
栄子もやはり精神的に疲れていたらしく、最初はあまり元気が無さそうな姿を見て津太郎は心配になった。
だが話をしていくにつれ、少しずつ元気になっていく栄子を見るだけで津太郎自身も気持ちが楽になる。
(そうだ、俺はこうやって平和に暮らせればそれだけでもう満足なんだ。 もうあんな目に遭うぐらいなら二度と見たくもない)
しかし皮肉にも今の幸せを実感させてくれているきっかけを作ったのは、あの魔法陣だった。
二人が話しながらしばらく歩いていると、栄子の家の近くまで着く。仕方がないとはいえ既に日は傾いており、空は薄暗くなっている。
「はぁ……すっかり遅くなったな」
津太郎は空を見上げながら言う。魔方陣の事で疲れが溜まっているのか声にもあまり覇気が感じられない。
「そうだね。 あんな事があったから家見ると何だか凄く安心しちゃった……」
栄子からは安堵の声が漏れる。
「ははっ、俺も栄子の家を見た途端に何かホっとしたよ。 昔から見慣れてるからかもな」
すっかり安心しきった津太郎は気が抜けて欠伸が出そうになるも、歯を食いしばって堪えた。
「教見君、外からいつも見てるから私よりこの家を見た回数が多いんじゃないかな」
栄子も気持ちが楽になり、軽い冗談まで言えるようになっている。
「いやいやそれはあり得ないって」
二人共疲れはあるが、雰囲気そのものは明るく居心地は良さそうだ。
(教見君といると……あれだけ怖かったのが嘘みたいだよ──本当にありがとう)
隣にいる津太郎に目を合わせる事は出来ても、言葉にするのは恥ずかしい栄子は心の中で感謝する。 その後、母親に帰って来た事を知らせる為にインターホンを押した。
「お母さん、ただいまー」
栄子がマイクに向かって挨拶をする──しかし、いつもなら数秒後には反応してくるのに今日は返ってこない。
「……? あれ? どうしたんだろ……ねぇ、お母さんってば」
また声を掛けても返事は無く、栄子は無言で津太郎の方へ向く。その表情は不安に満ちていた。
「何かあったのか……?──もしもーし! 教見です!」
津太郎もインターホンに近付いて声を掛けてみる。 だがやはり結果は同じだった。
「あの人が栄子を心配させるようなドッキリなんてしない筈……とりあえず中に入ってみた方が──」
「お二人共騒がせちゃってごめんね~♪」
津太郎の言葉を遮るように突然マイクから声が流れてくる。
「お母さんっ!? よかった~……」
母親の声を聞いて安心した栄子は、思いっきり息を吐くと今にも膝から崩れ落ちそうになっていた。
「ちょっと学校に電話してたの~♪ そしたら丁度インターホンが鳴っちゃったもんだから二人の声は聞こえてたんだけど返事出来なかったのよ~。 タイミング悪いわよねぇ」
「学校に電話……ですか?」
最初は栄子の帰りが遅いから心配になって電話を掛けたかと思ったが、それなら本人に連絡するのが一番手っ取り早い。
「そうなの〜、少し前に栄子から電話掛かってきた時に『大騒ぎ』がどーのこーの言ってたから気になっちゃって。 もうとっくに下校時間の筈なのに、まだ周りに他の生徒さんがいるみたいだったし」
どうやら放課後に栄子が電話した時の内容が気になっていたようだ。
あの時はまだ教室の中に生徒全員が残っていて、色々な所で話をしていたのが電話越しに耳まで届いたのだろう。
「電話の対応してくれた先生は、生徒に一切伝えてない状態で授業の終わり際に火災発生の緊急避難訓練を行ったとか言ってたんだけど、それで終わるまで時間掛かったのね~」
二人も訓練なんて初耳だが、もしも保護者から連絡が来た時の対応措置としてそう言うように指示を出されていたのだろうか。
「こ、校内アナウンスの迫力が尋常じゃなかったせいで、栄子の言う大騒ぎになっちゃって……自分らとしてもいい迷惑でしたよ、アハハハ……」
魔方陣の事を本当に知らない人に事実を伝えても混乱させてしまうだけと思った津太郎は、とりあえず会話を合わせる。
「訓練を真面目にやって欲しいって気持ちは分からなくはないけど、生徒達をパニックにさせるのは駄目じゃないかしら~」
「そうです……よね~」
実際はパニックどころではなかったのだが、あんな危機的状況を言えるわけがなかった。
「──って津ちゃんも疲れてるのに、いつまでも長話してたら栄子に怒られちゃうから、もう切らないと。 じゃあね~♪」
向こうはそう言うと、すぐにインターホンのマイクを切った。
あっさりと終わらせたのは、すぐ帰れるようにと気を遣ってくれての事かもしれない。
津太郎はインターホンから離れると、本当にあった事は何とか隠し通せて一安心する。
「ふぅ、学校に電話したって言われた時はドキッとしたけど避難訓練と思ってくれて助かったな」
つい気が緩む津太郎に対し、隣にいる栄子の表情は少し不安げだった。
「うん……でもお母さんに言ったのがバレて明日、先生に怒られるかも……」
「その時は、栄子に電話するように指示した俺が悪いんですって先生に言うから安心してくれ。 本当の事だしな」
あのタイミングで口止めは予想外だったとはいえ、指示してしまったのは事実。怒られるなら栄子ではなく自分だと津太郎は思った。
「で、でも──」
「それにあれはペナルティーの無いただの口約束だから、平気で親とか他の人に言う生徒なんて普通にいると思うぞ」
他にも同じような事をしている人はいる──こう言えば少しは栄子の心の負担も軽くなると思った。
「まぁ、栄子がそこまで気にする必要はないって事さ」
「……うん──でも、怒られる時は一緒だからね」
栄子は津太郎に真っ直ぐ目を向けて言う。
「いやー……それは……」
じーっと見られて、つい軽く目を逸らしてしまった津太郎がまた栄子の方に視線を戻すと、まだ見つめている。
「わ、分かった」
栄子の怒られる姿を見たくないから庇おうとしていたのだが、こう固い意思を持って見つめられると否定は出来ず、仕方なく諦めた。
それから栄子が家の中に入るのを見送った津太郎は、黙々と歩き続けて自分の家の近くまで着くと薄暗くなった空を見上げた。
「あの時は、ここで赤い円盤を──魔方陣を見たんだよな……」
ゴールデンウイーク明けに見た光景が頭の中に思い浮かぶ。
まさか一瞬しか見えなかった物が、ネットの中の噂としてしか見られなかった物が、まさか今日──しかもあんな目と鼻の先で目撃出来ると津太郎は思わなかった。
「──ただ、心臓に悪すぎだろあれ……」
近くにある電信柱で身体を支えると、全力で息を吐く。
もう二度とああいう目には遭いたくない、起こって欲しくない──津太郎はそう願いながら家に向かう。




