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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
五章

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それぞれの一歩 その三十六

 ショッピングモールから離れて十五分後、バスに乗っていた津太郎は家から最も近いバス停に着くと荷物を両脇に抱えた状態で降りる。 他にも客は何人かいたのだが、このバス停で降りたのは津太郎だけで、周りには誰もいない──筈なのだが周りを見渡さずにはいられなかった。


「──大丈夫……だよな? 付いて来て……ないよな……」


 何故ならバスが出発した際にレストランで異世界や早見夫婦について話していた二人組と通り道で目を合わせた時から、もしかするとタクシーや自分達の車で付いて来てるのではないかと不安で仕方なかったからだ。

 バス停へ着くまでも背後や真横が気になって堪らず、何度も何度も窓から外を覗いていたらしいが近くの客からすれば全く落ち着きのない若者だと思われていたに違いない。


「本当に大丈夫かどうか確信は持てないけど……とりあえず急いで帰ろう……いつまでも突っ立ってる方が危険だ」


 あの男性二人組は早見夫婦の元へ向かったから家に来る心配はなく、それに加えて深追いしない限り問題ないのだが、そんな事を知る筈もない津太郎はバス停から歩き出しても常に背後や通り過ぎる車、通行人等々、目に映る物全てを警戒していた。


「ふぅ……無事に着いて良かった。 あれから一度も見掛けなかったし、とりあえず付いて来てる感じではないっぽいな」


 あまりにも周りを意識し過ぎて行きの倍である十分は掛かってしまったが、何事もなく家に着いた事にまず安心する。 そして一応最後に首を振って左右を視認し、誰一人として姿が見えないのを確認出来てから家のドアを開けた。


「ただいま~」


 冷房の気持ち良い風を感じながら家の中に入りドアを閉めると、もう本当に安全が確保されたと思ったのか、すっかり気の抜けたような声を出してしまう。


「あら、おかえり。 帰ってくるの遅かったけど色々寄り道でもしてたの?」


 津太郎が廊下の床に荷物を置いて靴を脱ぎ、靴箱へ片付けてからフローリングへ上がった時に美咲がリビングの方から出てくる。 白シャツの上に黒のエプロンを付けているのを見ると、夕飯の準備でもしていたのだろう。


「うん。 ショッピングモールでたまたま同級生らと会ってさ、せっかくだから一緒に行こうみたいな感じになって色々とぶらついてたんだ」


「あらよかったじゃない。 たまにはこうやって外に出るのもいいでしょ?」


「まぁそうだね、色々な事があって楽しかったしショッピングモールに行って良かったと思ってるよ」 


 小織と愁の三人で買い物や食事をしたのが楽しいと思えたのは本当であり、記憶に残る夏休みの思い出が出来たのは事実であった。


「じゃあこれからも夏休みだからって家に籠らず外に出たら?」


 だが美咲の『外に出たら』という言葉を聞いた瞬間、津太郎は心臓が締め付けられるような感覚を味わう。


「えっ!? あー、でもしばらくはいいかな。 楽しかったのは楽しかったけどさ、やっぱ疲れたし」


 美咲にレストランでの事を話せる訳がなく、外に出ないようにする為にもこの場はこう言うしかなかった。


「あのねぇ……」


 明らかに美咲は呆れていたが、外に出る事ではなく外に出てあの二人組と遭遇してしまうのが嫌というのを気付かれるよりはマシだった。 恐らく数日は美咲から痛い目で見られるかもしれないが、今は我慢するしかない。


「そっ、それよりさっ! 言われた物ってこれで合ってるよね?」


 ただ、これ以上呆れられてしまうと夏休み中の生活に影響が出てしまうかもしれないと察し、慌てて話題を変えるよう床に置いた商品の入った箱を指差す。 


「キャンプ道具に詳しくないから何とも言えないけど、お父さんのメモに書いてある通りの物を買ったんなら大丈夫なんじゃない?」


「そっか、大丈夫そうならいいんだけど」


「別にお父さんが帰って来たら合ってるかどうかすぐ分かるんだし、とりあえずシャワーでも浴びてサッパリしてきたら?」


「言われてみれば確かにそうか──分かった、汗かいてて気持ち悪いと思ってたしシャワー浴びに行ってくるよ」


 その後、津太郎は美咲の指示に従い自分の部屋へ行って服を取り出してから風呂場へ向かう。 シャワーを浴びてからはリビングでゆっくりしたり、家族全員で夕飯を食べたりと、家の中という安全地帯でのんびりと過ごしていた。

 ちなみに父親の巌男いわおが帰って来た時に買ってきたキャンプ道具を見てもらうと、求めていた物で合っていたらしい。


 色々やっている内にそれまで明るかった空はいつの間にか暗くなり、やる事を全て済ませた津太郎は自分の部屋のテレビの前に置いてある青色で安物の座椅子にゲームもせず座っていた。

 本当は遊びたくて仕方なかったのだが、どうしてもレストランで聞いた事が頭のすみから離れる事が出来ず、コントローラを置いてから腕を組んで考え事をしている。 


(あの二人の事ばっかり意識し過ぎて疎かにしてたけど……早見さん夫婦が異世界に行くっていうのが一体どういう事なのかも気になるよな……)


 その考えている事というのは津太郎が意識するきっかけを作った単語である『異世界』 そしてその異世界と早見夫婦に一体どういう繋がりがあるのかについてだった。


(まさかそのまんまという意味じゃないとは思うんだが……かといって違うとなればどういう事なのかさっぱり分からないんだよな……一つ分かるのは異世界という言葉が何かとんでもない事ぐらいか。 そうじゃなかったら聞かれたら消されるとか言わないだろ)


 異世界が一体どういう意味を表しているのかは全く分からない。 だがあの鬼気迫る感じはとても冗談で言っていたとは思えず、明らかに重要な何かを秘めているのは間違いなかった。  


(それにどうして異世界へ連れていくのは早見さん達なんだ? あれだけ秘密にしなきゃいけないんだから適当に選んだっていうのは無さそうだよな……きっと何かしら早見さんだからという理由がある筈なんだろうけど──) 


 ここから先が何も思い浮かばず、津太郎の思考が完全に止まる。


「はぁ……もう止めとくか」


 主に情報不足、慣れない買い物の疲労、食後の眠気が原因で集中力が切れ、脳が働きたくても働かないような感覚に陥った津太郎はもう限界だと自覚し、考えるのを止める事にした。

 そして意味があるかどうかは分からないが、とりあえず勉強机の引き出しから新しい紙を取り出して立ったままレストランで聞いた話をメモをし始める。


 ちなみにメモをしている途中で早見夫婦の家に行って話を聞いてみるという案も出てはきたのだが、その後にもしもあの男性二人組とマンションで遭遇してしまったらという最悪の想像をしてしまい、この発想は白紙へと戻した。


「よし、終わった。 後はまぁ一週間ぐらい家に籠って会わないようにしてればきっとあの二人も俺の事なんかすっかり忘れてるさ、大丈夫大丈夫」


 書き終わって満足した津太郎は今日あった事に一区切り付けさせる為に、少し無理してでも安心するような言葉を自分に言い聞かせる。


「というか他に気にする事が山ほどあるのに今日の事ばっかり気にしてもいられないし──気持ちをリセットする為にも今日はもう寝るか」


 他の気にする事というのは一輝の過去についてや、一輝の母親である翔子の行方についてだ。 それに加えて今日の出来事まで常日頃から意識するようになると、もうキリがないと思い始めた津太郎はメモも済ましたという事もあり、一旦気にしないようにしようと決めた。


 そして普段よりも圧倒的に早いが気持ちの切り替え、今日一日の疲れを取り、明日から普通通りに過ごそうと明かりを消してベッドで横になる。


 こうして色々な意味で忘れられない一日が終わりを迎えた。

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