表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
五章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

130/259

それぞれの一歩 その二十八

 更衣室から離れた愁は店の少し奥側にある男性向けの夏服コーナーでどうしようか悩んでいる健斗達の所へ歩き、三人へ声を掛ける。 普通の人なら今まで一度も話した事の無い人に声を掛けるなんて躊躇や緊張してしまうものだが、配信者として慣れているのか、それとも元々度胸のあるからなのか、愁にはそういう素振りは一切無かった。


「すいませーん♪ ちょっといいですかぁ?」


 愁は両手を後ろに組み、三人に対して甘えたがっているような目線を送りながら高めの媚びた声を出す。


「えっ? 俺らっすか?──って、ん?……小学生?」


 真っ先に反応したのは護だった。 ただ、やはりというべきか背丈と服装のせいで小学生に見られてしまっている。 


「ちがいますよぉ♪ こう見えても実は立派な大人の女性なんですよねぇ♪」


 愁は右手に持っている高級そうな黒いバッグを見せつけながら言う。 もしかするとこのバッグで自分が大人だという事を誇示しているのだろうが、これで信じさせようとするのは無理がありそうな気もする。


「そっ、そうだったんすかっ! すんません、小学生だなんて失礼なこと言っちゃいましてっ!」


 しかし護は疑う事もせずあっさりと信じ込んでしまった。 一方、護の言葉を聞いた津太郎は『いやいや少しは怪しめよっ!』と心の中でツッコんでしまう。


「いえいえ、よく言われるのでお構いなく♪」


 愁は護を見つめながら優しく微笑みつつ安心させる言葉を掛ける。 ちなみに愁の言葉を耳にした津太郎は『これは本当だろうな』と納得していた。


「ところでその──でへへ、でもどうしたんすかっ? 急に俺らに声を掛けてくるなんて?」


 今までずっと男同士でいて、女性に飢えていた護は愁に話しかけられたのが嬉しくて頬が尋常でない程に緩みきっており、警戒心は全く無くなっている。


「うわ、笑い声気持ち悪っ」


「うっせぇ、お前は黙ってろ──あ、すんません、何でもないっす!」


 会話を途中で邪魔された護は右肘で武の腹をつつきながら小声で話しかけた後、愁の方へ顔を向き直す。


「あはは、二人共とても仲が良いんですね♪」


「いやー、こいつとは仲が良いとかそんなんじゃなくて、ただ幼稚園からの付き合いなんで無駄に長いってだけですよ~」


「幼馴染みなんてとても素敵じゃないですか~♪──って、少し話が脱線してしまいましたね、えへへ♪」


 愁は笑みを崩さないまま首を軽く傾げるポーズを見せつける。 何処か手慣れているような気がするが、護がその事に気付く筈もなかった。


「それでですね、どうして話しかけたかというと~、先程からどの服にしようかずっと悩んでいるみたいなので~、もし皆さんが宜しければ選ぶのをお手伝いしたいなーと思いまして~♪」


 どうやら愁が津太郎に言った良い案というのは服選びの手助けの事らしい。 早く服を買わせ、さっさと用を済まさせてから店から出てもらおうという魂胆なのだと思われる。


「マジっすか~! もう俺らだけだと何の服がいいのかサッパリ分かんないんでお姉さんがいるとメッチャ心強いっすよ~! お前らも別にいいよな!」


「護……! ちょっとちょっと……!」


 武は小声で話しかけると完全に乗り気だった護の右手を引っ張り、愁から見て二人が背中を向けた状態になる。


「何だよどうしたんだよ?」


「どうしたじゃないよ、いきなり知らない人が話しかけてきて怪しいとか思わないのかい……?」


 武は出来るだけ聞こえないようにする為に囁くように声を掛ける。


「あんな可愛らしいお姉さんが怪しい訳ないじゃねぇか。 お前こそせっかくの親切心を踏みにじるつもりかよ」


「見た目だけで判断したらヤバいって。 それにその親切心を利用して後で何かヤバそうな物を買わせようとか考えてる人かもしれないじゃん。 面倒くさい事になる前に絶対断った方がいいって」


「大丈夫だって、もしヤバかったら速攻で走って逃げればいいだけの話だし」


「もうその時点で手遅れ──」


「うぅ……ごめんなさい……! やっぱりこんな知らない人にいきなり話しかけられて迷惑でしたよね……! シクシク……シクシク……!」


 二人が背を向けてコソコソと会議をしている最中、愁が割り込む形で声を震わせ、あたかも泣いているかと思わせるような声で話しかける。 ただ、明らかに胡散臭かった。 


 その声を聞いた護が慌てて振り返ると愁が荷物を地面に置いた状態で顔を両手で隠し、すすり泣く音を鼻から出している。


「いやいや違うんすよ! ただこいつが人見知りだからちょっとビビってるだけで手伝ってもらう分にはもう全然問題ないんで! なっ! そうだろっ!」


 心の底から何処かへ行ってほしくないのか、護は武を指差しながら必死に弁解した。 すると護の執念に武は根負けしたらしく、「えっ、あっ、まぁ……」と言ってから軽く頷く。 あまり乗り気でないのはまだ愁の事を警戒しているからだろう。


「ほっ、本当ですかっ……! ありがとうございます……!」


 愁は顔から両手を外すとその目は潤っており、泣いていたように見えなくもない。 どれぐらいかというと、その姿を見た武も少しだけ信じそうになっていた程だ。


「自分、一生懸命頑張りますね♪」


 だがその後は何事もなかったかのように明るく振る舞っていた。 ちなみに二人が背を向けている間にバッグから目薬を素早く取り出してからすぐ両目に差し、その後は右手の指と指の間に挟み込んで隠し持っており、最終的には握りしめて見せないようにしている。


「よろしくお願いしますっ! それじゃあ早速服を──ってあれ? 辻はどこいった?」


「おかしいなぁ、辻君ほんとついさっきまですぐ近くにいたのに……」


 僅か数秒前までは確かに護と武の後ろにいた健斗の姿が神隠しにあったかのように何処にも見当たらない。 津太郎には見えておらず、この会話も聞こえていないので何も状況を把握していないが、もしもこの場にいたら『辻と健斗の神隠しかよ!』と言っていただろう。


「辻さんってお二人の後ろにいたあの変──じゃなくてオリジナリティ溢れる服装の人の事ですか?」


 愁は健斗を勿論知ってはいたが、ここは話を合わせる為に敢えて聞く事にする。


「そうっす! あの見た目がおかしい筋肉モリモリマッチョマンの変態っす! にしてもまさかあいつまた腹でも痛くなったのか……?」


「でもそれなら流石に何も言わず消えるって事は──あっ! いた!」


 護が後ろを向いて健斗を探している間、真正面を向いていた武が勢いよく指を差す。


「えっ!?」


 そして護と愁が指を差す方向へ身体ごと向けると、更衣室のすぐ近くに健斗がいた。


 健斗がどうして更衣室の前にいるのかというと、それは数秒前──愁が顔を隠して泣きの演技をしていた時の事だった。 反応した護と武が愁の方へ向いたその直後に健斗はこっそりと後ろへ下がり、すぐ隣の夏服が並べられた列へと移動した後に見つからないよう屈んだ状態で通過し、更衣室まで接近していたのだ。


「辻っ! お前何やってんだよっ!」


「ここに津太郎がいそうな気がする、俺には分かるんだ、行くぜっ!」


 健斗は目の前にある津太郎が入っている更衣室へ右手を水平にしたまま人差し指を突き出し、上半身を軽く反った状態で言う。


「ダメダメダメダメ~ッ! 絶対ダメですってーっ!」


 このままでは本当に開けられそうだと悟った愁が慌てて健斗の前まで駆け寄る。 何とか間に合ったのは良いものの、少し前まで見せていた大人の雰囲気溢れる余裕は完全に消え去っていた。


「えっ? なんで? ちょっと声を掛けてみるだけなのに?」


「聞くだけでもダメですよ! 中にいる人に迷惑じゃないですか! それと自分は大人なんですから敬語を使って下さい!」


「いやいやチミさ、俺らと同じ高校の生徒でしょ。 朝のホームルームが始まる前に二年の校舎から出ていくの見た事あるし」


「ふぇっ!? ホームルーム前って──あっ……!」


 見事に当てられて驚きを隠す事が出来なかった愁は可愛らしい反応をした後、終業式の数日前の朝に津太郎へ会いに行ったのを思い出す。 恐らく愁が校舎から出た直後に歩いていた健斗とすれ違っていたのだろう。


「どっ、どうしてその人と自分が同一人物だと言い切れるのですかっ!?」


「だって髪型とか全く一緒だしぃ、ちっせぇ! ちっせぇ! ちっせぇわっ!ってのが印象的過ぎてさ~!──まぁ何がとは言わんが」


「余計なお世話ですよっ! まだ一年生なんでこれから大きくなるんですっ!──はっ!?」


 小さい事を指摘されたのがきっかけとはいえ、勢い余って自ら全て教えてしまったのを言い終わってから気付いてしまう。


「フッ、ジャックポット(大当たり)ってか」


 健斗は両手を銃みたいな形にして愁に突き付ける。 その表情は『してやったぜ』と言わんばかりにしたり顔であった。


「ぐぬぬ……!」


 墓穴を掘ってしまった事がとても悔しい愁は下唇を軽く噛みながら眉間にシワを寄せる。 ただ、童顔のせいでその表情ですら可愛らしく見えてしまう。


 その後、お互いが睨み合っていると急に店内放送を知らせる木琴のような機械音が高らかにリズムよく四回鳴り、ショッピングモール全体を響き渡らせる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ