それぞれの一歩 その二十七
「ぶっ!?」
津太郎は笑いを堪えきれず思わず口から吹き出す。 護は白のTシャツに青のジーパン、武は白シャツに赤と黒のチェック柄のジャケットを羽織っており、下は茶色のスラックスと二人は特に言う事の無い普通の格好だったのだが──
(いやいやいやいや……お前──本気か……)
健斗の格好は上が白のタンクトップに下は茶色の短パン、そして何故か下駄を履いている。 それだけでも場違い感が尋常ではないというのに麦わら帽子を被っていて、髪型が坊主なのも相まってかこの空間に一人だけ数十年前からタイムスリップしてきたかのようだった。
そしてタンクトップが原因で鍛えられた筋肉が姿を現しており、色々な意味で只者ではない雰囲気を感じさせていて周りからは「えっ、なにあれ……」とまるで異物を見ているかのような人も複数いた。
愁が先程から身体を震わせているのは、ほぼ間違いなく笑い声を必死に抑え込んでいるからだと思われる。 津太郎が見た瞬間に吹き出す程の破壊力なのだ、笑うなという方が無理だろう。
(あっぶねぇ……! 一緒に行かなくてよかった……! 危うく恥かく所だった……! てか古羽田と安藤はこんな奴といて恥ずかしくないのかよ!)
もしも健斗の誘いを受けて一緒に行動していた時の事を想像して冷や汗をかいた津太郎は、断って良かったと心から安堵した。 護と武はもしかすると集合した時は羞恥心に満ち溢れていたのかもしれないが、共に行動して時間が経つに連れて慣れたのかもしれない。
その後、何とか落ち着いた愁は一度息を吐いてから上体を起こす。 ただ、笑いを全力で堪えすぎて目に涙を浮かべていたのか手で目元を拭っている。
「よーしっ、じゃあ早速俺に似合う服を探すぜっ。 二人も手伝ってくれよなっ」
「隣の玩具屋行ってくるっ! 服なんか選んでる場合じゃねぇっ!」
「人の話聞けよっ!」
その後、護に引き止められた健斗は渋々ではあるが、三人で服を選び始めた所で津太郎は見られないようカーテンを閉めた。
(危うく笑い声でいきなりバレる所だった……まぁでも普通に喋ってるしここは怪しまれてはいないよな。 それに健斗はあんまノリ気じゃないからそこまで服を選ぶのに時間掛けれないような気もする──多分だけど)
きっとすぐ終わるだろうと何となく思った津太郎は、更衣室の全身を写す鏡の無い左側の壁に背中を預けて待つ事にする。
「でもよぉ、清水さんってどういう服が格好いいと思うんだろうなぁ──おっ! これとかいいんじゃねっ!? 見ろよお前らこの『猛犬注意』と書かれた黒いシャツっ! めっちゃ良くねっ!」
「うわぁ……! 何そのシャツかっこよすぎるよ……! その服着て祭りに行く時点で猛犬というか猛者過ぎて憧れちゃう……! まぁ僕が見かけたら注意して絶対に赤の他人のフリしちゃうけど」
「それ遠回しにダサいと言ってるだろテメェっ!」
「まぁまぁ落ち着きなって。 でも僕も服にはそんなに詳しくないからこういう時に教見君がいてくれてたらなぁ……一体何処に買い物行ったんだろう?」
力になってくれるかもと武に頼られた津太郎は少し嬉しかった。 ただ、三人と同じく服には自信が無いので力には全くなれないが。
「さぁ? 単純にゲーム買いに行ったんじゃねえの? 辻は教見が何処行ったかとか聞いたりしてないのかよ?」
「あいつがどこに行こうが私は一向に構わんッッ!──というのは置いといて、もしかしたらこのショッピングモールに来てたりしてな! しかも上手い具合にこの辺りにいるかもよ!」
健斗はいつものノリで適当に言ったのだろう──しかしその百パーセントともいえる的中率の高さに津太郎は心臓が一瞬だけ跳ね上がったような感覚に襲われた。
(何で俺が近くにいるって分かるんだよ! お前何者だよ!)
もたれかかっていた壁から離れ、カーテンの向こう側にいる健斗に心の中で突っ込む。 つい勢い余って口から漏れだしそうだったが歯を嚙み締めて何とか踏ん張った。
「このタイミングで偶然たまたますぐ近くにいるとか無い無い無い無い絶対あり得ねぇってっ! もしもいたらこの『猛犬注意』の服を着て祭りに行ってやんよ!」
(悪い古羽田……思いっきり目の前にいるんだ俺……)
津太郎は特に悪い事をしていないのに何故か罪悪感を感じてしまう。
「それ護にとっては罰ゲームになってなくない?──まぁそんなことよりさ、もし教見君がすぐ近くにいるとしたらどの辺なの?」
(ちょっと待てって! 何でまだ俺の事を掘り下げるんだよ! 他に何か話題無いのか!)
割と本気でこの話はここで終わって欲しかった。 何故なら今日の健斗はやたら直感が冴えており、このまま続けていたら本当にこの場所を当てられるのではないかという嫌な予感がしてきたからだ。
「ズバリッ! 更衣室の中でしょう! クラス委員長である私の直感がそう告げています!」
(げっ!? 嘘だろおいっ!? 後お前は委員長から一番遠い存在だろうがっ!)
津太郎の悪い予感と健斗の予想は見事に的中してしまう。
「さーらーにっ! 津太郎君は同級生の女子と後輩女子と買い物をしているでしょうっ!」
(お前エスパーかよっ! 普通に怖ぇよっ!)
ここまで的確に全てを当てられると驚きを通り越して恐怖を感じてしまうのも無理はないだろう。
「なっ! 何ぃっ!? あの野郎っ、清水さんという人がいながら他の子とイチャイチャしてやがるのかっ! 許さねぇっ……!」
「護には一生縁の無い出来事だよね、かわいそう」
「止めろっ! 俺をそんな哀れそうな目で見るなっ! はいはいもう悲しくなるからこの話は終わり終わりっ! さっさと服を選ぼうぜっ!」
「あっ、逃げた。 まぁ確かにいつまでもダラダラ話してても決まらないし、僕達もそろそろ真面目に探そうか」
「いいですともっ!」
それから三人は真剣に護の服選びを始めたのか先程までの騒ぎっぷりが嘘のように落ち着いている──しかし落ち着き過ぎて何も聞こえなくなってしまった為、逆に津太郎からは一体何がどうなっているのか分からず、それはそれで不安になってしまう。
「──ていうかあの試着室なんかずーっと誰か入ってねぇか? 最初見た時から靴も入れ替わってねぇし」
「だから津太郎がいるんだってばよっ!」
「その話はもういいってぇのっ!」
(やっぱずっとここにいるのヤバいよな……でもどうしたら……)
健斗達が店内に入ってきて何分経過してるかは不明だが、三人が更衣室を目にしてから一度も誰かが出てきた形跡が無いのだ、怪しまれたり疑問に思われても仕方ない。
津太郎がこの後どうすればいいか迷っていると、更衣室のすぐ側で微かに歩いてくる足音がしてきた。
「教見先輩、ここは自分に任せてください」
すると愁の囁くような声がカーテン越しに聞こえてくる。 どうやら怪しまれないよう離れていた愁が近くに来てくれたようだ。
「大丈夫なのか……!? 他の二人はともかく健斗は変人の中の変人だぞ……!」
「心配無用。 だって自分は配信者ですよ? 変人さんや変態さんならチャットでいつもお相手してますので慣れてます♪」
愁はそう言い残すと津太郎が何か声を掛ける前に更衣室から離れる。
「そう言ってくれるのはとても心強いんだが──健斗と比べるのはせっかく見てくれてるリスナーに失礼なような……」
津太郎は自分を除く二万人のチャンネル登録者に対して何だか申し訳ない気持ちになってしまった。




