それぞれの一歩 その二十五
それから津太郎は若干ながら猫背の状態で小織の後ろを黙って付いていく。 その姿はボディガードというよりは飼い主に引っ張られている犬のようだ。 別にここから逃げるつもりは微塵も無いのだが、何故か小織の背中からは絶対に離れるなという気配を感じる。
二人がオーディオ機器のコーナーへ戻って来ると、愁が一目見て高いと分かるようなヘッドフォンを落とさないよう両手で大事そうに抱えていた。
「酷いですよ教見先輩っ! 自分達の事はもう飽きちゃったんですかっ!」
「頼むから周りの人達に誤解を招くような事を言わないでくれ……ただ二人で楽しそうに話してるから邪魔しちゃ悪いし、ちょっとゲームでも見に行こうかと思ってただけだよ」
「あっ、ゲームなら仕方ないですねっ! ゲームに罪は無いですからっ!」
愁もゲームが好きなのか、理由を聞いて怒りが収まると同時に笑顔が零れる。 津太郎もその表情を見て少し安心した。
「でも何処かへ行くのであれば自分達に言ってからにしてください!」
「そ、それは本気で悪かった……これからは気を付ける」
真っ向から一切何も言い返せない程の正論を突き付けられた津太郎は反省するしかなかった。
「分かってくれればいいんですっ!」
津太郎の本気で反省してる姿を見た愁は満足気な表情を浮かべたまま誇らしげに言う。
「──よし、では話も終わりましたし、早速お会計しに行きましょうか」
「あ、あぁ、分かった。 でもそのヘッドフォンっていくらぐらいするんだ?」
愁が抱えているヘッドフォンの値段がどうしても気になって仕方なかった。
全体的に白で統一しているこのヘッドフォンには耳へ着ける部分の外側に美しく輝く銀色の小さい円状のパーツがあるのが特徴だ。 そして素人目で見てもあらゆる部品、素材が一級品であるのは間違いなく、先程言っていた三万円の物より明らかに高いだろう。 これなら確かに小織の言う画像映えはしそうである。
「これですか? これなら十一万ですけど?」
「じゅっ!? じゅう……いち……?」
これぐらい何てことない事だと本当に思っているのか平然と言ってのける愁に対し、桁違いのダブルスコアを叩きつけられた津太郎は言葉が殆ど出なかった。
──それから愁が店のレジへ行き、会計を済ませてる間に後ろにいる津太郎は小声で小織に話しかける。
「なぁ、加賀ってなんであんな高いの平気で買えるんだ? 何かアルバイトでもしてるのか?」
「あの子は配信者なんだし、やっぱり配信で稼いでるんでしょ」
「えっ、加賀のチャンネル登録数って確か二万人だけど高級な物を沢山買える程に稼げるもんなのか、配信者って本気で凄いな……」
「登録者の数もまぁ大事だけど別に登録者だけが全てという訳でもないし、他にも広告収入とか投げ銭とか色々あるじゃない」
「な、なるほど……」
津太郎の中では今まで最低でも数十万人はいないとまともな収入は入らないと思っていた為、小織の説明を聞いて考えが一気に変わる。
「アタシもそこまで詳しくないから二万人でどれだけ収入があるとかは分からないけど、本人にどれだけ稼いでいるのか直接聞くなんて絶対にしないでよね。 そういうのは本気で失礼よ」
「心配しなくても収入はいくらなんて聞かないから安心してくれ──まぁちょっとだけ気にはなるけど」
小織に釘を刺された津太郎は大丈夫と言って納得させる。 ただ、その後に本音を囁いてはいたが。
「お待たせしましたー!──って何を話してたんですか?」
「ん? そんな大したことじゃないから気にしないで。 それよりここで他に何か買う物は無いの?」
会計を済ませた愁がヘッドフォンの入った丈夫そうな袋を持って二人の元へ近付きながら話しかけてくると、小織が受け流して何事も無かったかのように話題を変える。
「はいっ! もう大丈夫ですっ!」
「ならもう用は済んだしここを出ましょ」
「次は月下先輩の番ですねっ!」
店を出るのに歩きながら小織と愁が話し合っている最中、津太郎は二人を後ろから付いていきつつ周りを見渡していた。
(あっ、まだいた)
何となくではあるが、先程見た男性二人の事が気になっていたからだ。 そして正反対の見た目のおかげで目立つのか、遠くの方にある家電コーナーで二人を発見した。 遠くにいるせいで声は聞こえないが、入り口で見た時と同じように仲良く話しているようだ。
(楽しそうに話してるけど……なんで平日の真っ昼間にここで時間を潰してるんだろあの人達……)
まさか仕事をサボっている訳ではないだろうと信じ、津太郎は改めて真正面を向いて二人と共に店を出た。
◇ ◇ ◇
店を出て小織が少し休憩するかどうか二人に聞くも、愁が「全く必要ないですっ!」と元気に答えたのですぐ次の目的地へ歩き出すと、まずショッピングモールの出入り口辺りまで戻った後に二階へ繋がるエスカレーターへと乗る。
そして二階へ後、子供用品店や百円ショップを通り過ぎた右端の方にあるアパレルショップに辿り着いた。 店の隣にある白い壁の中央には青を背景にした英語の『G』と『U』が書かれた大きな看板が設置されており、店の前には男性と女性それぞれのマネキンが夏服を着せられた状態で何体も置かれてある。
(こういう場所……俺には合わない気がする……)
だが先程の家電専門店と違って服に疎いせいであまり気分は乗らない上に店の中にいる客層が自分達と同世代の女子、または成人女性の割合が大きく、津太郎にとって正直に言えば居心地はあまり良くなかった。
(とりあえずここは大人しくじっとしておこう)
そう決めた津太郎は店の中へ入ってもなるべく離れないようにして、買い物が終わるのを気長に待とうとした──が、
(ま、まだなのか……)
小織が愁と服を選び始めてから十五分──出入り口より少しだけ先に進んだ所にある女性用の夏服コーナーで選んでいる最中、津太郎は何も無い真っ白の壁に体重を掛けて持たれ掛かり、腕を組んで文字通りじっとしていた。
しかし、服を手に取っては眺めて戻すを繰り返すばかりでいつ終わるのか分からないまま待ち続けるのは非常に辛く、この十五分が非常に長く感じた。
「やっぱり服を見るのって楽しいですね~♪ 自分、何時間でも居られますっ!」
「ほんと? じゃあ二時間ぐらい見て回ろうかしら」
「えっ!?」
二時間という言葉を聞いた津太郎は思わず勢い良く壁から離れるも、勢いが付き過ぎて前のめりになってしまう。
「フフフッ、冗談よ冗談。 一人だったら本当に二時間でも三時間でも居られるけど、誰かといる時にそんな長時間もいる訳無いじゃない」
「なんだ冗談かよ、本気でびっくりしたぞ……」
本当に二時間以上も居座るのかと鵜呑みにしてしまった津太郎は冗談と聞いて心の底から安堵した。
「さっき勝手にどっかへ行こうとした仕返しよ。 そろそろ決めるからもうちょっとだけ待ってて」
小織はそう言うと、愁と再びハンガーに掛かっている夏服を手に取ってどれがいいか選び始める。 ただ、先程の二時間というのは冗談のつもりで言ったのだろうが服を物色するのは本当に楽しいようで、その表情は普段よりも生き生きとしているように見えた。
(まぁ月下の事だから本当に早く決めてくれるだろう……ん?)
もう後少しだけ待てばいいかと気が緩んだ津太郎がまた壁に寄りかかった瞬間、店の外から通り過ぎる人が話している声の中に何か聞き覚えのある低く野太い男のはしゃいでいる声が聞こえた気がした。
(いや、聞き間違いだよな。 まさかここにあいつがいないよな)
きっと自分の気のせいだと思ったが徐々にその声は大きくなっていき、勘違いではないのが確定してしまう。
(おいおい嘘だろ……何で今日に限っているんだよ……しかも何でこのタイミングでこっちに来るんだ……!)
「イヤッフーッ! やっぱりゲーセンは最高だぜっ!」
外から聞こえてきたのは辻健斗の声だった。
あけましておめでとうございます! 今年もコツコツ更新していくので、よろしくお願いします!




