それぞれの一歩 その十八
二人が転移した場所は今ではすっかり見慣れた山だった。 一輝でさえこの緑が生い茂るこの光景を見て落ち着くのだから、先程まで見慣れない物ばかり見続けたイノにとってこの場所は安らぎすら感じているに違いない。
無事に戻った事を確認出来て安堵した一輝が一息ついた後、二人は横に並んで家のある異空間へ繋がるドアをくぐり抜け、家の中へと入る。
「ただいま」
「ただいまー」
二人の声が玄関から廊下へ響き渡ると、食堂から少しかじった食いかけの細長いパンを持ったクリムが出てきた。
「帰ってきたか。 だが随分と早いな、まさか何かあったのか?」
一輝達にとってもそうだったが、やはりクリムにとってもこの早さで帰ってくるのは想定外だったようで何かトラブルでもあったのかと思われている。
「何も無かったと言ったら嘘になるかも……最初──」
「何っ!?」
一輝が魔力の暴走による転移の失敗を話そうとした瞬間、早とちりしたクリムが二人の目の前に近付くと二人の全身を心配そうな表情で何度も交互に見て異常が無いかどうかを確認している。
「一体どうした! 怪我か! それとも具合でも悪いのか!」
「大丈夫だよクリム。 私もお兄さまも別に何ともないから」
慌てたクリムをイノが冷静にさせようと優しく微笑みながら落ち着いた口調で話しかける。
「──そ、そうか。 それなら良かった、安心したぞ」
クリムはそう言った後、もう心配する必要が無いと思ったのか距離を取る為に二人を正面にしたまま後ろの方へ軽く下がった。
「廊下で大声を出してどうしたのですかクリム──あ、お二人共帰っていらしていたのですね」
クリムの驚きの声に反応したコルトが廊下の真正面、階段の隣にある奥へと繋がる通路から出てくると真っ先に一輝とイノへ気付いて声を掛け、颯爽と玄関へと歩いてくる。
「初めての聞き込み、本当にお疲れ様です。 では水筒の方は預からせて頂きますね」
そして二人の元へ近付いた後に頭を深々と下げると、そのまま二人が肩に掛けていた水筒を手に取る。
「外は暑かったでしょう。 いつ帰ってきてもいいようにお風呂を入れておきましたので、どうぞお入りになって下さい」
コルトは二人が前を歩くのに邪魔にならないよう横にずれて、クリムの隣へ移動した。
「えっ、用意してくれたんだ。 凄く助かるよ、ありがとう」
暑い中ひたすら歩き続けて汗かいた一輝にとってはとてもありがたかった。 異世界であれば浄化魔法を使って汚れた身体を綺麗に出来ていたのだが、ここではそう簡単に使えないからだ。
「いえ、メイドとしてこのように先の事を考えて行動をするのは当然です──で、どちらからお入りになられますか?」
「じゃあ先にイノ入っていいよ。 僕は後でいいから」
「うぅん、お兄さまが先に入って」
コルトの問いに対し、一輝はイノへ先に入るよう促すが断られる。
「えっ、でも……」
「お兄さま凄く疲れてるからお風呂に入って気分転換して欲しいんだ。 それに私はこの服のおかげで全然汚れてないから気にしないで」
イノはコルトから借りた白のカーディガンを左手で触りながら言う。 このカーディガンに備わっている自動気温調整機能が役に立ったのだろう。
「イノもそう言っているのだ、ここは素直に好意を受け取らない方が失礼というものだぞ」
そしてクリムもまたパンを食べながらイノの気持ちを汲み取って一輝を説得するような事を言う。
「そ、そうなのかな──うん、分かったよ。 じゃあ着替えの服を取ってくるね」
クリムの発言、そして隣にいるイノの「お願い……」と言わんばかりに目で訴えかけてくる様子を見て一輝は二人の言う通りにする事にした。
◇ ◇ ◇
それから一輝が風呂から出てイノが風呂場へ向かった後、先程言いそびれた魔力の暴走についての説明をクリムとコルトにする。 この後の話の続きは全員が集まってからにしようと決めた一輝は、イノが食堂へ戻って来るのを三人でのんびりしながら待っていた。
体感的に二十分経過した頃、イノが風呂から戻って来たので早速リノウとカナリアを呼んで話をしようとしたがクリムが「いや、二人共色々あって疲れただろう。 話はいつでも出来るから今は部屋で少し休め」と言ってくる。 最初はどうしようか悩んだが自分はともかくイノの疲れを気にした一輝は、クリムの言葉に甘えて二人はそれぞれの部屋で一息つくとした。
「ふぅ……」
部屋に入った途端、一輝は全てが一段落して急に気が抜けてつい深く息を吐いてしまう。 ここに来て急に疲労感を感じ始めて急に頭が回らなくなる感覚に襲われた一輝は、今は何もせず大人しく休んだ方がいいと思ってベッドで横になってゆっくりと休息を取る。
──三十分後、いつの間にか寝ていた一輝が目を覚ますと先程まで重かった身体が明らかに軽くなっており、頭もスッキリとしていた。
「う~~~~ん!──まさか寝てるとは思わなかった……でもさっきの調子だとあまり上手く話せなかったかもしれないし……ほんと、クリムの言う事聞いといて良かった」
色々な事があったにも関わらず熟睡するのは完全に想定外だったが、一休みしたのは正解だったと実感する。 そして一輝はベッドの上で思いっきり背伸びをした後、黒の靴下と黒のローファーを履いて皆と合流しようと部屋を出た。
「イッキ君とおチビちゃん遅くなーい? ボクが迎えに行ってこようか~?」
「わたしも行きたーい!」
階段を降りていると食堂の方からリノウとカナリアの声が聞こえてきた。 話から察するにどうやら一輝とイノが来るのをずっと待っているようで、これ以上他の皆を待たせるのは申し訳ないと思い、なるべく急いで食堂へ向かう。
「あっ! イッキ君やっと来たー!」
「あはは……ごめんね。 ちょっとだけ横になろうと思ってたら気付かない内に寝ちゃっててさ……」
慌てて食堂の中へ入ると椅子に座って待ってたリノウが真っ先に反応し、一輝が申し訳なさそうに謝る。
「じゃあおチビちゃんがこんなに遅いのってもしかしてイッキ君と同じように寝てるんじゃないの~?」
「確かにその可能性は十分有り得るかと──私が見てきますのでイッキ様はどうぞ、席へお座りになってお待ち下さいませ」
テーブルの近くで立っていたコルトは一輝に軽く頭を下げてから静かに二階へ歩き始めた。
「ねぇねぇおにいちゃん! たのしかった!?」
「いやいや遊びに行ってた訳じゃないんだからさ~、楽しいとかそういうのじゃないって~。 ねっ、イッキ君」
一輝が長方形のテーブルの真ん中に置かれてある椅子に座ると、真正面にいるカナリアと隣で座ったまま両手を頭の後ろに置いてのんびりしているリノウが話しかけてくる。
「まぁ色々と大変だった……かな」
この後、コルトがまだ帰ってこないのでクリム以外の二人にも魔力の暴走について軽く話をした。
「えぇーっ、そんな事があったんだー。 でも今まで殆ど失敗しなかったって聞いてたのに今日に限ってとか何か原因でもあったのかなー?」
「あくまでも僕の中での考えだけど、心の何処かでもう大丈夫とか失敗しないとか、そんな感じで気が緩んで集中してなかったのが原因だと思ってるんだ」
「──そうだな、気の緩みは命の緩みだ。 更に仲間もいるというのに集中力が欠けているとは論外だ。 まぁ自分でも自覚しているのであればこれ以上は何も言う必要は無いと思うが」
カナリアの隣に座っているクリムが腕を組んだ状態で一輝に厳しい事を言う。 こういう言葉をつい掛けてしまうのは向こうの世界で師匠的な役割を果たしていたのがまだ抜けていないのと、真剣に一輝の事を思っているからこそだろう。
「またまたー、ほんとはイッキ君のことすっごく心配してるのに無理しちゃって~。 素直に慰めなよー」
「……無理などしていない」
そうしている内にコルトが食堂へと戻ってくる。
「お待たせしました。 イノはリノウが仰っていた通りベッドで熟睡されておりまして、一度声をお掛けしようとしたのですが、とても気持ち良さそうにしていたので起こさずにそっとしておきました」
やはり短い時間だったとはいえ、全てが見慣れない場所を相当疲れていたようだ。 寝かせたまま部屋を出たのは正しい判断だといえる。
「やっぱおチビちゃん寝てたんだー。 まぁそうだろうねぇ、うんうん」
リノウは『やはりな』と言わんばかりに何度も頷いていた。
「そうか……確かに無理に起こすのも可哀想だ、今は寝かせておこう──ではイッキよ、聞き込みで何があったのか話してもらえるか?」
「うん、分かった」
そして一輝はイノを除く四人に何があったのかを話し始めた。




