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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
五章

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それぞれの一歩 その十六

 この後、女性は気持ちを切り替える為に軽く「んんっ」と咳払いしてから話し始める。


「さっきまでずっと話題にしてた女性の人がいたでしょ~? あの人急に見なくなったと思ってたら、しばらく家を空けてたらしいのよー」


「家を……ですか? でも何処へ?」


「さぁねぇ、そこまでは聞いた覚えは無いし──もしかしたら誰もどっかに行ったかなんて知らないんじゃない? あの時はここら辺に住んでる人みーんな関わりたくないと思ってたからさ~」


「い、言われてみればそうですよね、そういう人とはあまり関わりたくはないですよね」


 一輝はぎこちなく笑いながら言う。 翔子が悪いとはいえ、自分の母親を悪者扱いするのは辛かったが今はこう言うしかなかった。


「あの人もちょっとこう普通に接してくれたらさぁ、ワタシらだってあんなに冷たくすることは無かったんだけどねぇ。 まぁ今更こんなこと言っても仕方ないか」


 一輝の捜索を手伝うと言ったのも、子供が行方不明になって可哀想な翔子を同情したからという人が殆どだろう。 とはいえ最初は間違いなく誰もが協力的だったのだ。 しかし翔子の異常、過剰ともいえる行動が周りからの距離を置かれ、結果的に孤独にさせてしまった。 息子をどうしても見つけたい、その気持ちが抑えきれず引き起こしてしまった出来事なのだが、もう少しだけその気持ちを抑える事が出来たら結果は大きく変わっていたかもしれない。


「──で、話を戻すけど、帰って来てから何でかは知らないけどますます様子がおかしくなってきたらしくてさ~、自分の家周辺の人達に尋常じゃないぐらい迷惑掛けちゃってたみたいなんだよね~」


「もしかして──その迷惑行為が通り道から人や家がいなくなった原因……?」


「噂だとそうらしいけど、なーんか信じられないわよねぇ。 だってさぁ、人に迷惑掛けられたぐらいで家を出ていくとか普通やらないっしょー。 引っ越すのもタダじゃないし時間や手間も掛かってヤバいぐらいしんどいのに」


「確かに……」


 一輝としても人によって我慢の限界があるとはいえ、近所トラブルだけで人がいなくなるとは思えなかった。 ただ、それとは別にせっかく教えてくれた貴重な情報は絶対に忘れないようにしようと心掛ける。


「──あっ! 思い出した! その人がしばらく家を空けてたのはマジだったわ!」


 脳の中で当時の記憶が蘇った女性は、急に目を見開くと右の握り拳を軽く振り下ろして左の手の平に当てた。


「だってワタシが夜にその人の家の前を通ってもずっと真っ暗だったし! 郵便受けにチラシやら封筒がパンパンになるぐらい溜まってるのを見た記憶があったあったっ!」


 そしてその勢いのまま思い出した事を興奮気味にまとめて言ってくる。


「ぼっ──その人の家はどうして知ってたんですか?」


 一輝は危うく『僕の家』と言いかけた所で一瞬だけ硬直したが何とか堪える事が出来た。


「そりゃ息子さんがいなくなった事件がニュースで流れてた時に見覚えのある家が映ってたもの~。 あの道を通る度に嫌でも目に入ってたし、あそこかーって感じですぐ分かったわー」


 恐らく当時の一輝の捜索関連のニュースで『〇〇県〇〇市〇〇町』という情報と近辺の映像によって事細かに説明されたのが原因で、すぐに家が特定されてしまったのだろう。 それに枝分かれが無く見通しの良い一本道に建てられた家というのは通る時に嫌でも目に映るものだ、ニュースで見た瞬間に把握されてもおかしくはない。  


「──ってあらやだまーた話が脱線しちゃってごめんなさいねぇ! 思い出したら何か話が止まらなくなっちゃってさー!」 


「い、いえ、色々な話が聞けたのでとてもありがたいです」


 一輝としては思わぬ形で新しい情報を得る事が出来た為、全く損では無かった。  


「ほんとぉ? そう言ってくれると助かるわぁ」


 女性は笑いながらそう言うと、通り道についての話を再開する。 


「それでワタシが聞いた迷惑行為なんだけど──まぁこれも噂程度に受け止めてね? まず家の中や外で意味不明なことを叫んでたりしてたらしいわ~。 それこそさっきみたいに昼間だろうが深夜だろうが関係無くギャーギャーとさぁ。 たまーに中から物を叩き壊すような音も聞こえてたみたいで、そのせいか恐くて家の前を通るのが嫌っていう人も出てきたらしいのよー」 


 様子がおかしくなった翔子はどうしてかは分からないが、近所に住む人の事を一切考えずに騒音をまき散らしていたようだ。


「他には庭で物を焼いてたとか聞いたわねぇ。 これは火事かと思って駆け付けた近所の人達に消化されたらしいけど。 後は勝手に家の中に不法侵入して息子さんを探し始めたとか、外で遊んでた小さい子供を勝手に家の中に連れ込んで息子のように扱った──みたいな話もしてて、帰って来てから色々と凄かったみたいよー」


 女性が続いて話した出来事は先程聞いた話が可愛く思える程に信じられない事の連続で、後半に至っては犯罪といっても過言ではない。 ただ、話している内に他に聞いた話の事を思い出しているのか女性の口は止まらなかった。


「そうそう、特に一番ヤベェと思ったのは我慢出来なくなって近くにいる人達が抗議しに行ったら台所から包丁持って出てきたってやつ~」


「包丁!?」


 一輝は今まで話の邪魔をしないようにしてたが、『包丁』という単語につい反応してしまった。


「まぁまぁ大丈夫大丈夫。 そんな物騒なことにはなってなかったみたいだから、そこは安心しなさいな」


「そ、そうですか……本当に良かった……」


 その言葉を聞いて一輝は安堵のため息を吐く。 その場にいた人達が無事だったというのもあるが、翔子が手に掛けてなかったというのもあった。


「でさ、そういうことが色々あった結果、あそこには人がいなくなったって話よ。 ニュースでは悲劇のヒロインみたいな扱いされてたけど、ここら辺では触れてはいけない人扱いされてたのよねぇ。 まぁ当の本人はいつの間にか家と土地を売り払って消えてたんだけどさっ」


 どうやら誰も関わりを持っていなかったせいで、いつ翔子がここから立ち去ったのかは誰も知らないようだ。 とはいえ先程述べた事を本当にされていたとしたら、確かに相手にしたくも関わりたくもないだろうが。


「なるほど……教えてくれたおかげで事情は色々と分かりました、本当にありがとうございます」


 予想以上に過激な行動を取っていた事に心情はまだ複雑ではあるものの、自分の時間を使って説明してくれた女性へ一輝はその場に立って頭を下げる。

 

「別に大したことしてないのに頭下げなくていいって! ワタシも久しぶりにあの時のことを喋れて楽しかったしさ~! 逆にこっちがお礼したいぐらいだよー!」


「あ、あはは……」


 女性は晴れ晴れとした表情を二人に見せつけてくる。 一輝としてはここまで満足気な顔をされると、笑う事しか出来なかった。


「──えっと、あの、これ以上遅くなると家族が心配してしまうので、急ですみませんがそろそろ失礼します」


 この町で何かあったのか出来るだけ聞けた一輝は、イノの為にもなるべく早くここから立ち去る事に決めた。

 

「あー、確か散歩に行ってくるとしか言ってないんだっけ? そりゃ遅くなったら家族の人も不安になっちゃうかー」


 女性も子供がいる身として一輝の言葉にすぐ納得したようで、何度も頷いている。


「──はっ! じゃあワタシが無理して引き止めちゃったから散歩の邪魔しちゃってるじゃん! しかもお嬢ちゃんにとっては久しぶりに会えた大好きなお兄ちゃんとせっかくのデートなのにさぁ、悪いことしちゃってほんとごめんねぇ!」


 その後、散歩以降の所で再び妄想が爆発して謎の解釈をした女性はイノに手を合わせて謝罪をした。 


「で、デートだなんてそういうのでは……で、でも好──あ、いや、何でもない……です……」


 イノは顔を真っ赤にしながら言った後、恥ずかしくなって俯きながら空になったグラスのふちに口を当てる。 しかし最初の方は普通に話せていたのに途中から小声になってしまい、二人には何を言っているのか分からなかった。


「いや~ん! 照れてる所もカーワーイーイー! ていうかそのポーズが可愛すぎ~! あーもう何もかも可愛すぎて鼻血出しちゃいそう!」


 女性はイノの一つ一つの動作に何度も『可愛い』を連呼し、興奮のあまり少し息が荒くなっていた。


──それから一輝とイノはジュースを頂いたお礼を言った後、来た道の道路脇に移動する。 少しの間とはいえ日陰にいたせいかその強い日差しに目が慣れず、つい手で太陽を隠したくなるが今は我慢した。


「あの、本当にありがとうございました。 突然の訪問なのに色々と良くして頂いて」


「あ、ありがとうございました……!」


 別れ際に二人は再びお礼を言う。 まさかここまで親切にしてくれるとは思わず、本当に感謝の気持ちで一杯だった。 


「そんな何度もお礼なんか言われたらこっちが照れちゃうって~! ワタシのことはもういいからさ、帰り道も気を付けなよ。 見通しがいいから車もビュンビュン飛ばすし、こんな暑いと油断してたら熱中症になっちゃうかもしれないしね」


「はい、油断しないよう気を付けます──それじゃ、行こっか」


 一輝はイノに優しく言う。


「うん。 えっと、それでは……その、失礼します」


 するとイノは一輝に返事をしてから女性へ軽くお辞儀をし、別れの挨拶をする。 


「お嬢ちゃんも元気でね~、体調崩さないように気を付けるんだよ~」


 女性が右手を振りながらまるで子供の心配する母親のような言葉を掛けると、一輝とイノも笑顔で手を軽く振ってからその家を立ち去る。   

PV20000突破しました! 読んで下さってる方、本当にありがとうございます!

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