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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
五章

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それぞれの一歩 その十五

「お兄さま……! あの人には悪いけど今の内にここから立ち去った方がいいんじゃ……!」


 女性が二人の目の前から見えなくなってから間もなく、イノが焦った表情で一輝の方へ顔を向けて囁く。 ここへ来てからどれだけ経ったかは分からないが、髪が元に戻るまでの時間はこうしてる間にも近付いてきているのだ、純粋な厚意を台無しにする行動を取ってしまいそうになるのも仕方ないだろう。 


「──いや、そういうわけにはいかないよ。 もしここで何も言わず勝手に立ち去ったりなんてしたら、それこそ次ここに来てまた会った時に印象が悪くなってて話を聞いてくれない可能性もあるし」


 一輝もイノの気持ちは分かるが、このタイミングで抜け出すのは後の事を考えると悪手だと感じてこの場に立ち止まる。


「それはそうだけど……もし帰ろうとしてもさっきみたいにまだいるように言われたりしないかな」


「いやー、流石にそこまでは引き止めないと思うよ。 さっき止められたのも長話に付き合わせたお詫びをする為だって言ってたしね」


「じゃあ飲み物頂いたらすぐここから──」


 その瞬間、後ろの方から食器棚や冷蔵庫を開けて飲み物を準備している音が聞こえてくる。 後ろを振り向いていないので一体どの辺りに女性がいるのかは分からないが、この状態で話の続きをして耳に入るのはまずいと思ったイノはこれ以上何も言わずに真正面を向く。


──三十秒後、玄関から出た女性が二人の前に再び姿を現す。 その両手にはオレンジジュースが並々に注がれた大きなグラスを二つ持っており、笑顔で「おまたせー」と言いながら二人に渡した。 


「ささっ、飲んで飲んで。 味が薄くならないよう氷を入れてないからすぐ温くなっちゃうよ」


「あ、ありがとうございます、いただきます」


 一輝は女性にお礼を言うと早速オレンジジュースを口に含む。 すると僅かな柑橘系特有の酸味、そして果実本来の香りと甘味が口の中一杯に広がってくる。 ここに向かう道中でもコルトから渡してもらった水筒の水を飲んではいた──しかし話を聞いている途中で喉が渇いていたのか、一口だけ飲むつもりだった筈なのに気付けばあっという間に飲み干してしまっていた。


「あら~、いい飲みっぷりね~。 もう一杯いる?」


「い、いえっ! もうお腹いっぱいなんで大丈夫です!」


 一輝はコップを持っていない左手を軽く振りながら断る。 どうやらこれ以上飲むとお腹が膨れ上がって動けなくなりそうだと察したらしい。


「いただき……ます」


 その後、続いてイノが落とさないよう両手でグラスを持ち、少しだけ躊躇ちゅうちょしてからオレンジジュースを飲み始めた。 ただ、一輝と違ってそこまで喉が渇いていなかった為、五分の一程度だけ飲んでからグラスを口から離す。


「お、美味しい……」

 

 イノはジュースの味に思わず表情が和らぐ。 オレンジジュース自体は向こうの世界にも存在はしているが、酸味と苦味が強めでイノの舌には合わなかった。 しかしグラスに入っているのはその両方が殆ど感じず、甘味が口の中へ広がって非常に飲みやすいようだ。


「そう言ってくれるとおばちゃん嬉しいわ~! もしおかわりしたかったら言ってよ! 何杯でもあげちゃうからさー!」


「あ、ありがとうございます……」


 ただ、イノも一杯だけで十分満足なので、そのお世話を焼く気持ちは受け取るだけにした。


「──あの、すみません」


 一輝は空になったグラスをフローリングに置いた後、二人に割り込む形で女性へ話しかける。  


「ん? やっぱりジュースのおかわりかい?」


「い、いえ、おかわりではなく……その、今まで何度も質問させてもらって申し訳ないのですが、最後にもう一つだけ聞かせてもらっても宜しいでしょうか……?」


「なんだそんなことかーい! 今更そんな遠慮なんかしないでよ~!──で、教えて欲しい事ってなに?」


 これまで何度も質問しているから流石にうんざりしていると思いきや、女性はそういう素振りを一切見せず一輝が訊ねてくる内容に興味津々だった。


「あ、ありがとうございます。 じゃあ質問なんですけど──向こうがどうして空き家や空き地だらけになったのかを知りたくて……」 


 一輝は言いながらまた自分が歩いてきた方へと右手の人差し指を向ける。 本当は駄目元だめもとで翔子が何処に行ったのかを聞こうかとも悩んだ。 だが今までの話を振り返ってみると女性は翔子と殆ど関わりを持っておらず、ほぼ赤の他人のような関係だと察し、もしかしたらいつ頃この町からいなくなったのかすら分からない可能性もあると思って聞くのを止める事にした。


「それって二人がさっき歩いてきた通り道のこと?」


「はい、そうです。 確か昔はまだ家があったような気が……」


 一輝は自分が幼い頃の記憶を頭の中に思い浮かべる。 しかし自分の家の周りはモヤが掛かった風景のように薄っすらとしか出てこず、何処にどのような家があるかまではハッキリとは出てこなかった。 


「そうねぇ、数年前まではあの道にも家がズラリと並んでたわ~──ってまだそこまで時間経ってないのに何かもう懐かしく感じちゃうヤバいヤバい」


 どうやら女性も一輝の家があった通り道が昔は住宅街だった事は把握しているようだ。


「──あの……! 数年前って具体的に何年前かどうかは覚えていないでしょうか……!?」


 もし住宅街が更地同然になったのは何年前なのか知る事が出来れば、そこから翔子がこの町を立ち去ったタイミングが分かると思った一輝はどうしても気になって質問をしてみる。


「何年前かと言われてもねぇ……う~ん、あんま自信無いけど──六、七年前ぐらいじゃないかしら~。 でもほんとにうろ覚えだからあまり期待しないで頂戴よ~」


 女性は両腕を組んで頷きながら必死に曖昧な記憶を辿ると、何とか『六、七年前』だと思い出したようだ。 ただ、本当に自信が無いらしく合っているかどうかは分からない事を強調してくる。


「分かりました。 でも教えてくれてありがとうございます」


 一輝が座ったまま頭を下げると、イノもつられて同じ行動を取る。 まだ確定ではないとしても、目安が分かっただけで一輝としては非常にありがたい情報だった。


「こんな大したことないことでお礼なんていいって! それで──えーっと……なんだっけ?」

  

 昔の記憶を思い出すのに全力を尽くしたせいでその前に一輝が何を言っていたのか忘れたようだ。


「先程の質問でしたら向こうの通り道がどうしてあのような光景になったのか──なんですけど、僕が余計な事を言ったせいで混乱させてしまってすみません」


「あっ、そうそう! それだったね! あーはっはっはっはっ! いやー、この歳になるとすーぐ忘れちゃって嫌になっちゃうよほんとにさ~」


 教えてもらった女性は両方の手の平を勢いよく叩いて一輝の方に右手で指を差した後、再び手を叩きながら笑いつつ愚痴を言う。 だがこの様子を見るに、どうやら一輝が混乱させた事は気にしていないように思える。


「とはいってもワタシもその話を大分だいぶ前に近所の人に聞いただけだからさ~、さっきの何年かみたいにぶっちゃけ信憑性はないよ~? それでもいいかい?」


「はい、よろしくお願いします」


 何も手掛かりの無い状態から脱したい一輝としては、噂程度の情報でも何も問題は無く返事にも躊躇ためらいはなかった。

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