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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
五章

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それぞれの一歩 その八

 一輝とイノが四人に見送られながら異空間から外へと繋がるドアを抜けると、そこはもう過ごすのに快適な気温が約束された場所ではない。 そこは肌が焼き付く程に強い日差しと一瞬で汗が噴き出してしまうぐらい高い気温が外にいる者を休む事無く襲い続ける、灼熱地獄のような場所だ。 何か用でも無い限り外には一歩も出たくないという人が殆どだろう。 


 とはいえ現在二人がいる山の中の平地は標高もそこそこ高い上に囲まれた木々による日陰、そして吹き抜ける風のおかげでまだ涼しい方である。 だが先程まで暑くもなく寒くもない異空間の中にいた二人にとって、身体がまだ慣れていないのか暑く感じてしまっていた。


(やっぱり暑い……イノは大丈夫かな。 いや、流石に今の時点で心配するのは早すぎるような……でも──)


 一輝は着ているジャケットの裾の部分を掴んで軽くあおぎながらイノを見る。 


「イノ、暑いけど大丈夫?」


 そしてどうしても気になった一輝はイノの体調が少し不安になって聞いてしまった。


「うん、平気だよ! このコルトから借りた服が何か冷たくて気持ちいいし、日差しも通さないから凄く快適!」


 イノは何ともないという所を見せる為にカーディガンの裾を掴み、一輝の目の前で華麗に身体を一回転させる。

 どうやらイノがまとっているカーディガンには向こうの世界ならではの特殊な素材を使っており、気温によって生地が自動的に暑い時は冷たく、寒い時は暖かく変化する機能が備わっているようだ。 


「良かった、そういう事なら安心したよ。 もしイノが暑さで倒れでもしたら大変だからね」


「も、もう……! お兄さまったら心配性なんだから……! でも気にしてくれるのは嬉しいな……」


 イノは少し頬を赤くして喜んでいる。 身体は涼しくなっていても顔は熱くなっているようだ。


「──って浮かれてる場合じゃなかったね。 お兄さま、そろそろ行こっ」


 我に返ったイノはそう言いながら一輝のすぐ側に寄る。


「うん、じゃあ行こうか」


 一輝はこの後、地面に右膝を付けるようにしゃがみ込んで右手も地に置くと右手に魔力を集中させ、数秒経つと一輝とイノの周りの地面には白線が浮かび上がり、緑白色りょくはくいろのオーロラを彷彿させる壁が浮き出てくる。


 そして魔法を発動させる準備が完了した一輝は口を開けた。


「転移魔法 シュイドッ!」


 すると囲った円全体が白く光り輝いて二人に一瞬だけ残像が見えたと思いきや、既にこの場から姿を消していた。





   ◇ ◇ ◇




 

「あ、あれ……ここは……?」


 一輝はいつものように転移が成功し、自分の家だった空き地に移動したと思っていただろう──しかし、今いる場所は野営に使う様々な道具が綺麗に並べられ、隅々まで掃除されていた正方形の部屋だった。 床は茶色のフローリングで、道路側の白い壁には風を通す為の小さい窓が開いたままとなっている。


 ただ、冷房が設置されていない上に物が密集した部屋の中は熱気も相まって異常ともいえる暑さになっており、息を吸うと身体の中に熱気を送り込んでいるような感覚に陥る。


 呆気に取られて膝を地面に付けたまま微動だにしていなかった一輝は慎重に立ちあがると、目の前にある道具や部屋を見渡した。


(転移に失敗した……!?)


 認めたくないが認めざるを得ないこの事実に一輝は動揺してしまう。


(完全に油断してた……ここ最近は練習として何度発動させても魔力の暴走が起こらなかったから──きっと何処か僕の中で『もう大丈夫なんじゃないか』って気が緩んでたんだ……なんて僕は駄目なんだ……)


 最初はどれだけ『気』という名の紐を固く締めていても、時間が経てばどうしてもその紐はほどけていってしまうものだ。 これは人間であれば誰でも起こりえる事であり、そしてまた一輝も例外ではなかった。 


「お、お兄さま……ここは……?」


 転移するまでは元気そうだったイノが少し怯えた様子で一輝のジャケットの裾を横から掴んでいる。 


「ごめん、僕も分からない……少なくとも僕の家だった場所じゃないのは確かだけど」


 イノを落ち着かせる為に「知っている」と言っても意味が無いと思った一輝は正直に話す。

 ただ、不幸中の幸いか転移した場所は四方が囲まれているおかげで外から誰かに見られる心配は無いのが唯一の救いであった。  


「じゃ、じゃあ急いでまた転移魔法使わないとっ!──あっ……」


 この家の中に誰かがいるかもしれないという可能性を考えず、慌てたイノが勢い余って大声を出してしまう。 言い終わった直後に気付いて両手で口を隠す仕草をするが、既に手遅れだった。


「ごめんなさい……」


「大丈夫だよ、気にしないで」


 イノがそのままの状態で一輝に目を合わせて謝ると一輝は優しい声で慰める。 元はといえば転移に失敗した自分が悪い筈なのに、責任を感じて謝ってきたイノに対して申し訳ない気持ちになってしまう。


「──とりあえず誰かが来る前にここから出よう」


 一輝が二秒だけ目を瞑り、気持ちを切り替えてこの場所から立ち去ろうとしたその時──すぐ近くにある茶色のドアの向こう側から誰かが床を踏む音が聞こえてきた。


(下の方から足音が……?)


 この瞬間、一輝は自分達が今二階にいる事を把握すると同時に、家の中に誰かが『居るかもしれない』から『居る』へと認識が変化した。


「今のって……!?」


 イノもこの家に誰か居るのを察したらしく、今度は大声を出さないよう注意して一輝にしか聞こえない程度の小さな声で話しかける。


「どっ、どうしよう……! 私が大声出したから気付いてこっちに向かってるんじゃ……!」


「イノ、落ち着いて。 とにかく今すぐ転移魔法を使おう」


 慌てふためくイノに一輝は冷静になるよう言い聞かせ、家の住人がここへ来る前に転移しようと再び右膝と右手を地面に付ける。 そして発動しようとした──だが、


(本当に大丈夫だろうか……また失敗してイノを危険な目に遭わせたらどうしよう──それにもし人が沢山いる所に転移したら目立ちすぎて大変な事に……)


 一輝の頭に『迷い』が生まれてしまい、魔法の起動を躊躇してしまう。 一輝だけならまだそこまで転移魔法の失敗を引きずらなかったかもしれない。 しかし今はイノもいる為、大切な仲間を魔力の暴走による失敗で肉体的、精神的に傷付けてしまう可能性を恐れていた。 


 更にここでイノの悪い予感が当たってしまう。 先程聞こえた足音は徐々に大きくなり始め、廊下から階段を登ってきているのがはっきりと分かってしまったのだ。


(まずい、確実にこっちへ向かって来てる。 急がないといけないって分かってるのに……!)


 後は右手に魔力を集中させれば発動出来るという所までは来ているにも関わらず、迷いと恐れのせいで躊躇ためらっていた。


 この時、イノが両膝を付いて一輝の左手を両手で包み込むように握り締め、覚悟を決めた真剣な表情で見つめてくる。


「お兄さま、失敗を恐れないで。 私なら何があってもお兄さまと一緒だったら後悔なんてしないよ」


 イノは一輝に向かって真っ直ぐ自分の気持ちを伝える。   


「イノ……分かった」


 そのイノの言葉に後押しされた一輝もまた腹を括って右手に魔力を込めた。 そして魔法を発動させるのに極限まで集中し、本来行くべき場所を頭の中で浮かべる。 この時の一輝にはもう迷いは一切無かった。


「転移魔法 シュイドッ……!」


 外にいる家の住人に聞こえないよう出来るだけ声を絞ってから唱えて魔法が発動すると完全に姿を消す。 何とか二人はこの家の住人に見つかる前に部屋から立ち去る事に成功した。

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