2話 異世界からの来訪者達
20XX年 五月下旬。
教見津太郎は学校の休み時間、教室の窓から机に肘を突いた状態でぼーっと太陽の似合う青空を眺めていた。
学生特有の何となく黄昏たい気分になりたい──というわけではない。
ゴールデンウィーク明けの日に見たあの赤い円の形をした飛行物体が頭から離れず、また何の前触れも無く現れるのではと気になってしまっていた。
あれから一日に何回か窓から外を覗き、学校の行き帰りも空を見上げているが、一瞬たりともあの光景を見る事は出来ず、今に至る。
(まぁ発見した所で、そんなのただの自己満足なんだが……)
◇ ◇ ◇
──時は浮遊物体を見かけたあの日へ遡る。
家の中へ入ると真っ先に二階にある自分の部屋に向かい、カバンを机に置いたら制服も脱がずベッドの上で横になって、スマートフォンを使い色々と検索し始める。
するとそこまで時間掛かる事無く、ニュースに特化したサイトで気になる記事を目にする。
【速報】 世紀末の大予言再び!? 空に浮かぶは破滅をもたらすかもしれない紅の車輪。
(紅の……車輪……ってまさか……)
昨日までならまず開く事の無かった胡散臭過ぎるニュース──しかし、今の津太郎は違う。
情報が少しでも欲しくて堪らなかったという事もあって、すぐに開いた。
そこには少数派ながらも見たという証言と共にショート動画が載せられている。
早速見てみると、津太郎が見た物体と同じような物が一瞬だけ映った後にすぐ消えていて、共通の現象が起こったとも言えるだろう。
普段なら見たとしても加工、編集しまくったフェイク動画と認定してそこで終わりだったが今日はそういうわけにもいかない。
やはり夢や見間違いではなかったと一歩進んだ所で少し満足して一区切りする。
いつまでも曖昧な名称もどうかと考え、空に浮かぶ赤い円なんてまるでゲームでよく見る魔法みたいと思った津太郎は『魔法陣』と呼ぶことに決めた。
その後、少しだけ休憩しようと目を閉じると疲れが限界に来ていた津太郎はそのまま寝てしまう。
学校から帰ってきて片付けもせず、着替えもせず勝手に寝ていた事を部屋に入ってきた母親の教見美咲に怒られたのは言うまでもない。
──次の日の朝、いつもより早起きしてしまった津太郎はベッドの中で昨日と同じサイトを開き、津太郎自身が見た魔法陣に関する何か新しいニュースが載っていないか確認してみる。
しかし、いくらスクロールして探しても魔法陣とは関係ないものばかりで、津太郎が求めているような記事は一切見つからなかった。
(あんな流れ星より短い時間しか見えなかった物を撮影なんか無理か……)
これ以上は時間の無駄と考え、見るのを止める事にした。
(まぁ、今日じゃなくても明日になったらまた何か新しい情報が入るかもしれないからな)
◇ ◇ ◇
──そして今日まで何も新しい情報は入ってこなかった。
(こんな事ってあるのかよ……いやまぁ実際にこうして起きているんだが)
もうこうやって外を眺めるのも意地というよりは癖になってしまっている。
だから正直見たいとかではなく習慣のようなものになってしまった。
「ヘイ! 黄昏ボーイ! 日向ぼっこしてるおじいちゃんみたいに外ばっか見るようになりやがってよぉ! お前はおじいちゃんかよぉ! おじいちゃんかよぉ!!」
津太郎の行動を妨害するかのよう目の前に現れたのは辻健斗だった。
「別に黄昏れてなんかいねぇよ。 ちょっと気になってる事があるだけだ。 後、うるさいぞ」
「気になる事がある……? オイオイオイ、恋してるぜアイツ。 ほほぉ、三次元の女の子にですか──たいしたものですね。 俺というものがありながらッッ!!」
周りに人がいる事も気にせず大声を出す健斗に、津太郎は冷や汗が出そうになる。
「馬鹿っ! こんな所で大声を出すな……! 周りに迷惑だろ……!」
「大声は声の解放だ。 音声を無くして解放のカタルシスはありえねェ……」
健斗は謎の理論を語り出す。
「……言ってる意味は分からんが、お前と絡んでたらせっかく夏服になったのに暑くなる一方だ」
季節はもう夏間近。気温が高くなったというのもあって、公立神越高校の学生服も夏服に衣替えとなっていた。
男子は白の半袖スクールシャツに黒ズボンとシンプルな服装。
女子は白の半袖シャツに黒ベストの組み合わせにリボンを着用。
スカートは紺色をベースに白のラインを入れたチェック柄のプリーツスカートと、スッキリとした見た目である。
津太郎は健斗が原因で冷や汗が止まらない。背中が濡れていないか心配だった。
「なんだァ──てめぇ? 健斗、キレた!!」
「自分で言うなよ」
結局この休み時間は健斗に付き合わされて終わってしまい、外を眺める余裕なんて無かった。
──そして午後、一番最後の授業中にそれは何の前置きも無く起こる。
昼食後特有の眠気に襲われ、授業になかなか集中できない津太郎はまた空を眺めていた。
(今日も眠たいな……帰ったらさっさと寝るか……)
もう魔法陣の事は忘れて、明日からは気にせず前みたいにいつも通りの日々を過ごそう。
欠伸を噛み締めながらそう思っていた時だった──それまで青一色だった空に巨大な赤い円が出現する。
その大きさは学校の敷地全体を上回っており、現れて間もなく赤の蛍光色のような光を学校全体に浴びせる。
その光は外から廊下を通じて教室の中にまで差し込まれ、津太郎のいる教室は瞬く間に真っ赤に染まる。
それはまるで写真を現像する暗室のように不気味な光景だった。
これは津太郎の教室だけでなく、どの教室も同じ光景になっているのだろう。
学校中から恐怖と負の感情が入り混じった様々な声が聞こえ始め、これが更なる混乱の連鎖を引き起こす。
津太郎のクラスの授業を担当していた中年男性教師も何が起こったのか理解できず茫然としていたが、我に返ると生徒達を一喝する。
「落ち着けっ! いいか! こういう時こそ冷静になるんだっ! 大丈夫だ! お前達なら出来るっ!」
教師は騒いでいる生徒達に聞こえるよう大声で訴えかけた──しかし。
「この状況で何言ってんだっ! ふざけんなっ!!」
「おかあさあああああああああああああん!! こわいよおおおおおおおおお!!!!」
「なんとかして真っ赤なのを何とかしてくださいよ!! 助けてくださいよ!!!!」
「死ぬのはやだ死ぬのはやだイヤイヤイヤイヤイヤ……イヤだぁ……」
怒り、悲しみ、絶望、懇願、畏怖──こういった激情の洪水に押し流されて、たった一人の教師にはどうする事も出来なかった。
赤い円が出現してから四十秒ぐらいだろうか──急に教室を差し込んでいた光が消え、不気味な光景から解放される。
最初は怯えていた生徒も徐々に落ち着き始め、ようやく教室全体に少しだけ安堵感が生まれた。
(まさか……来たのか……!?)
席に座っていた津太郎は、思わず教室を飛び出して、廊下の窓から校庭側の空を見上げる──そこに浮かんでいたのは、あの時に一瞬だけ見れた物と恐らく一緒なのだろう。
だがその全貌は津太郎の想像を遥かに超えた超常的な存在だった。




