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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
五章

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それぞれの一歩 その五

 それから数日後。 長い期間に渡って空を覆っていた雨雲がようやく無くなり、久しぶりに美しい青空と強い日差しが戻って来た日の正午。


 津太郎の住んでいる町から車で三十分から四十分程の場所にある大南川おおみなみかわキャンプ場のすぐ近くには誰も登ろうとしない大きな野山が存在する。


 その山の頂上付近には広めの平地があるのだが、人が来る事はまず無いのに明らかに人の手によって綺麗に整備されている。 それだけでも不気味な筈なのに、中央辺りに何故か木製のアンティーク調のドアが垂直の状態で、しかも開いたまま置かれているのがより気味悪さを引き立たせていた。


 ドアの向こう側は辺り一面全てが白の異空間へと繋がっており、中にはレンガ造りの屋敷ともいえる立派な家が少し離れた所に建っている。


「こ、これで本当に大丈夫……なの?──ていうより、変じゃない?」


 屋敷の二階、必要最低限の家具以外は何も無い殺風景な自分の部屋にいる白銀色のショートボブの髪型をした小柄の少女、イノ・シィルヴァは不安そうだった。


 何故ならイノが着ているのは普段のゴシックロリータ系のドレスではなく、白のワンピースに透き通る程に薄い白のカーディガンだからだ。 いつも着ない服を着せられているだけでも落ち着かないのに、イノがそれよりも気になっているのは服のサイズだった。


 ワンピースは特に問題なく背丈に合っているのだが、カーディガンの方は明らかに成人女性が着るサイズで成長途中のイノにはまだ合っていない。 どれぐらいかというと、裾が膝下にまで届いている上に袖は手が完全に隠れてしまっている程で、カーディガンというよりも全身を纏うフードの無いローブのようだ。


 ただ、足下はいつもの長めの白い靴下と黒のストラップシューズなので、ここだけは唯一安心出来た。


「ええ、これなら素肌も目立ちませんし暑さも和らいで丁度いいです。 それにとても似合ってますよ♪ ただ、手を隠したままは危ないですので手元だけはまくっておいて下さいね」


 イノに笑顔で優しく話しかけるのは深海のような美しい青色をした腰にまで届く長い髪が特徴の、メイド服を着た女性のコルトルト・ブルーイズだ。


「着てるのは身長がそんなに変わらないカナリアちゃんのだからおチビちゃんにも合ってるけどさ~、羽織ってるものはコルトのだからすっごいブッカブカだねぇ。 まぁおチビちゃんだから仕方ないか~」


 コルトと違い、イノをからかうような事を言っているのは何処か妖艶ようえんな雰囲気が漂う紫髪のツインテールに豊満な肉付きが魅力的の女の子、リノウ・ショウカである。 いつもは紫色のチャイナ服をなのだが、今は寝間着のタンクトップに下は麻の服を着ている。


「ほんっと馬鹿の一つ覚えみたいに何度も何度もおチビちゃんって……!」


「だってほんっとのことだも~ん」


 一体どちらが子供なのか分からないやり取りをしていると、三人の少し離れた所に設置されてある木製のドアが急に開いた。


「イノちゃーん! じゅんびできたー!?」


 廊下から現れたのは太陽のように輝かしい金髪のツーサイドアップで明るい笑顔の似合う少女、カナリア・ヒラソールだ。 動きやすくて好きなのか相変わらず黄色のワンピースを着ていて、太めの紐の付いた革製の大きなかばんを肩から斜めに掛けている。


「う、うん……一応着替えたけどおかしく──」


「うわぁ! かわいいー! すごくかわいいよイノちゃん!」


 イノが両手の袖の部分を捲りながら自信なさげに声を出すと、カナリアが目を輝かせながら急接近しつつ話しかけてくる。


「あり……がとう……」


 真っ直ぐ見つめ、思ったままの感情をそのままぶつけてくるカナリアにイノは顔を少し赤くした。 思わず目を伏せそうになるも、それはそれで失礼と感じたイノは照れながらも目を逸らさなかった。


「お兄さまも褒めてくれるかな?」


 カナリアに素直な意見を言われて自信が出てきたのか、イノは前向きな発言をするようになる。


「おにぃちゃんも言うにきまってるよ~! だってこんなにかわいいんだも~ん!」


 カナリアは後ろからイノに抱き付きながら言う。 顔と顔が今にも擦れそうな程に近寄っているが、イノも特に嫌そうではなかった。 


「見ても無反応だったりしてー」


 仲良さそうにしている二人を見ながらリノウが水を差すと、せっかく上機嫌だったイノが不機嫌そうに睨み始める。


「そのような失礼な事を言っては駄目ですよリノウ」


「はーい。 ところでカナリアちゃんもお願いしてたのは完成したのかい?」


「うんっ! ばっちり!」


 リノウに聞かれたカナリアはイノから離れ、鞄の金具を外してから黒い粉が大量に入ったコルク付きの小さいビンを取り出す。


「じゃ~ん! これが頼まれてたものだよ~!」


 カナリアは自信満々に三人へビンを見せる。 ちなみにこれは錬金術師であるカナリアが錬金術をもちいて作った道具だ。


「へぇ~、これか~。 うっわー、すんごい真っ黒~」


 リノウは物珍しそうにビンを見ている。 何も起こらない今の生活では、こういう些細な事でさえもリノウにとっては軽い刺激なのだろう。


「お疲れ様です、カナリア。 後で何かお菓子でも作りますね」


「わーい! じゃあクッキーがいいなー!」


「かしこまりました。 それではイノ、早速ですがこの粉をお使いになられますか?」


「ちょっと待って……! まだ心の準備が……!」


 コルトの問いに対し、イノは両手を広げたまま突き出して心構えが出来ていない事を告げる。


「だいじょうぶ! ちゃんとじぶんで試してうまくいったから! はい、どうぞ!」


 そんなイノにカナリアは安心させるような事を言った後にビンを差し出す。


「うん……」


 イノは一応受け取るも、右手に持ったビンを見る表情は若干ながら暗かった。


「心配し過ぎだって~。 ていうかカナリアちゃんの道具はどれも一級品なんだからさ~、何処に不安要素なんてあるんだよー」


「別にカナリアの道具に対しては不安感は抱いてないし、とても信用してるけど……」


「じゃあ別に何も問題ないじゃん。 早く使いなよー」


 いつまでも躊躇しているイノに、しびれを切らしたリノウは早く使用するようにかす。


「わ、分かってるっ……!──でも使った後にお兄さまに見られてガッカリされないか不安だし……」


「そんな理由!? うわー、くだらなーい」


 前の話し合いの時のようにてっきり何か重たい理由でもあるのかと思っていたリノウは、想像よりも大したことないと感じて気が抜ける。


「くだらないって何よ!」


「はいはいお二人共、そこまでですよ」


 コルトが二度手を叩き、いつもの口喧嘩が始まりそうになる前に止める。 そして同じ視線になるようにしゃがみ込み、イノと目を合わせた。


「イノ、変化そのものを恐れる気持ちはとても分かります。 ですがイッキ様は見た目が変わろうとも決して失望なんてしませんから安心して下さい」


 コルトはイノの目の前で微笑む。 その姿はまるでメイドというよりも姉、または母のようだ。


「ほんと……?」


 イノはコルトの言葉を聞いて気持ちが楽になったのか冷静さを取り戻し、目にも輝きが出てきた。


「ええ、本当ですよ」


「──うん、分かった。 じゃあ使ってみる」


 それからどう使うかカナリアから教えてもらったイノは、早速ビンのコルクを左手で引っこ抜いた後に右手を高く上げて、黒い粉を髪の毛全体に掛かるように振りかける。 振るのを止めた時、全部使い切った訳では無いが黒い粉は最初に比べて半分ぐらいの量となっていた。


──振り終わってから数秒後、突如としてイノの髪が頭の天辺から徐々に黒く染まり始める。 そしてあっという間に白銀色だった髪が闇夜とも言える美しい黒色へ変化した。 

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