聖告8
さらば聖母
『Mobius Cross_メビウスクロス徒然-聖告別 8』
「お袋ー! お袋ーー!!」
叫ぶと、お袋に蹴られたタマに響いて苦しかった。
天使のジブリエラは、何か……オレを安心させようと必死に訴えている。オレを抱えて、鈍足に鞭打って、翼まで羽ばたかせて、アホウドリの助走みたいに、必死に……。
そうしてラクダを駆り出して、一気にイウヌポリスを抜けた。
第二の故郷とも言える街と、お袋まで見捨てて、災厄のオークさえ野放しのまま、救世主として生まれた筈のオレは、まんまと逃げ果せたんだ。
逃げながら帝都をめざしているとは言え、砂漠で焦りは禁物らしい。昼の灼熱の太陽からは、ジブリエラの翼が傘になって守ってくれた。夜の急激な冷え込みからは、ジブリエラの温かなからだが守ってくれた。限られた食材、道具の中で、オレに毎日うまい……うまい筈の飯を作ってくれた。
でもオレは……今のオレには、味が感じられなかった。ショックからか知らないが、割とマジでずっと味と匂いがしないんだ。
そんな事どうでもよかったし、心配させるだけだから言わなかった。……正直言うとこれ以上心配されたら爆発しそうだったから殆ど喋ってない。ありがとうもおいしいもおやすみもおはようも言わず、毎晩ただ泣きぐずった。
夜寝る時にひんやり空いた片側を眺めて (……ああ お袋もう居ねーんだな……)
って想う瞬間が一番キツくて、ジブリエラの胸に顔埋めてぐしょ濡れになるまで泣いた。朝起きて全く同じ理由でまた泣いた。
…なんて弱いんだ。
物心付いた頃からわかってる…てか、生まれる前から自分が救世主だって事はわかってたんだと思う。
わかってるのに…わかってるからこそ、なんでオレは…人はこんなに弱いのか…人はなんでこんなに罪深いのか…こんなデカい罪を…こんな弱いオレが晴らすなんてなんで出来ると思う…??
こんなに力が足りないってわかってるのに、
そんな使命が在るってわかってるのに、
泣いてる暇なんか無い筈なのに、
それでも一番悲しいのは、
お袋が居ない事…。
…罪深い…
弱い…
弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、罪深い、罪深い、罪深い、罪深い、罪深い、罪深い、罪深い、罪深い、罪深い、罪深い、罪深い、罪深い、罪深い、罪深い、罪深い、罪深い、罪深い、罪深い、罪深い、罪深い、罪深い、罪深い、罪深い、罪深い、罪深い、罪深い、罪深い、罪深い、罪深い、罪深い、罪深い、罪深い、罪深い、罪深い、罪深い、罪深い、罪深い、罪深い、罪深い、罪深い、罪深い、罪深い、罪深い、罪深い、罪深い、罪深い、罪深い、罪深い…
…今までお袋の事でいっぱいだった頭が、ちょっとは先へ進めよって思い起こさせた自分の運命。存在意義。生存本能か知らないが、二つの思いが混ぜ合わさって増殖して、とうとう口を割って溢れ出した…
「オレが弱いから…お袋は……!」
ランスの一言。
刻は満月の夜だった。砂漠で満月が出ると、その明るさに星々は隠れ、大地と夜空のツートーンに煌々と月が浮かぶのみの世界。
数日間泣き声以外発さなかったランスが、再び言葉を漏らしたのだ。
ジブリエラは、心の底で喜んだ。
……よかった……いつか必ず復活すると信じていたけど、あなたはまだまだ子ども。心配で心配で心配で仕方なかった。
……有難う。私の愛をちゃんと受け取っていてくれて。思いを口にしてくれて……。
……だから私も、想いを贈る……!
「あなたはッ! …悪くないじゃないッ!」
生まれて以来初めて聞くジブリエラの本気の怒声にランスはビビった。直後に、じわりポロポロと涙を流しながら、懺悔するように語り始めた。
「わかってるんだ…人が罪深いから…災厄が遣わされる…オレは…その罪を晴らす為に生まれた筈なのに…どうしてこんなに弱いんだ…」
およそ子供らしくはないその嘆きに、ジブリエラの心も波立つ。
…なんてかわいそうな子……。
わかり過ぎてしまうばかりに…
でもあなたに子供らしい一面が有って本当に良かった…
もう大丈夫よ…ヤリマの分も私が全部なんとかする……だから
「いい加減にしなさい! 子供だからってぐずぐず言わないのッ! ヤリマに愛想つかされますよ!」
「…何言ってんだよ…お袋はもう……」
「何でもかんでもわかった気でいないのッ! ヤリマがあの程度で死ぬもんですか! 私が保証します! あなたみたいな子供は、余計な心配しないで気楽に生きれば良いんです!」
「…どっちだよ…」
あまりに破茶滅茶な天使の意見に、ランスは思わずふっと笑ってしまった。
呆れ半分、感謝は溢れた。
ジブリエラだからこそ…彼女の叱責だからこそ、ランスの中の欝積した物を流し出す。
「ごめんなさい。本音は気楽に、の方です。
この旅なんて遠足みたいなものです。」
「受難過ぎるだろ… (笑)」
「貴方には役不足ですね。」
「使い方間違ってるぜ…それ役目が軽過ぎる時の言葉だろ…正しくは力不足だ…」
「あってますよ。
滅びの災厄なんて目じゃないと言ってるんです。天使の名を以て告げます。
救世主には役不足です。」
ジブリエラは、満月よりも曇りの無い瞳でそう言った。
ランスにしてみれば、買い被りどころか妄言もイイ所だ。
ジブリエラは続けた。
「さっき人は罪深いと言ってましたね…貴方は、人の罪をどこまで遡りましたか…?」
「…最初…原初までいった」
「それは…あなたに責任はあると思いますか?」
「全然。
でも人が、その時罪を冒して手に入れたもので今の……こないだ までの幸せがあったんだとしたら、ツケを払うのは当たり前だと思う。自分にその使命があるなら余計…」
……相変わらず、なんて諦観した考え方なのだろうとジブリエラは思いつつ
「こんな酷い目にあって、逃げたいとは思いませんか」
と投げかける。
…もしこの子が今一度、幼相応に逃避を望むなら…
しかしランスは、少し言い淀みながらこう続けた。
「…ほんとに酷い目に遭ったのはお袋だ………オレを…宿した時から既に…」
その言葉に一瞬怒りを顔に出すジブリエラ。
だがランスの言葉は続いていた。
「もしオレがこの運命からも逃げて…それでお袋が浮かばれるならそうするぜ? でもお袋はオレに、“Happyに生きろ”って言った…」
ジブリエラの表情が徐々に驚きに変わっていく。
ランスは続ける。
「…こんな酷い目に遭う奴がこれから先もいっぱい居るんだろ…そこから逃げたら……オレは…一生不幸になる…!」
ジブリエラは息を呑んだ。
「俺が全員助ける!…」
ランスはそう結んだ。
…勢いで言ってしまった…。
先のジブリエラの発言を妄言と言うなら、自分のこの発言は“絵空事”だと、心の中で皮肉った。
ジブリエラに世辞を貰い、野営の準備を任せる てい で、ランスは先に床に就く。
気まずかったのだ。
忌まわしき魔物の力、
呪わしき己の非力、
由々しき運命、
全てわかった上で口をついて出てしまった夢…『全員助ける』…。
ランスは幼子の頃より、考え事をする時に土を触る癖がある。落ち着くし楽しい。昔はよく泥団子を作ってあそんだものだ。
しかし砂漠の砂は、どんなに全部掬おうとしても、どんなに団子にしようとしても、指の間からすり抜けて逝くのだった。
ただ、ジブリエラが世辞と共に言った言葉は引っかかっていた。
“…立派な志ですが、一つだけ超甚大な勘違いをしています…ヤリマは、あなたが居て幸せでした。私だって…”
それは他のどの言葉より……。
久しく…その夜ランスは、涙を流さずに眠りについた。
…
…
_…さよなら…_
…
ガバッと目覚めたランス。
はじめはゆっくりと辺りを見回すが、そのうち、まさかそんなと首の振りが焦燥を帯びていく。
冷や汗が吹き出し背筋が急激に冷める。
「ジブリエラ…?!ジブリエラどこ?!ジブリエラ…!!」
視界がグニャングニャンに歪み、夢の中で自分に別れを告げたジブリエラの姿が想起される。
訳も分からず走り出してしまった。
すると…
「ランスッ!!」
バサッッと上から抱き竦められた。ジブリエラだ!
「ごめんなさいランス…! ちょっと方角を確認しに飛んでいただけです!」
ランスは嗚咽するほど息を乱していたが、ジブリエラがちゃんとまだ居た事に、心臓抜け落ちて地面に転がってったんじゃないかと思うほど安堵した。そうすると今度は息もできないほど情けなくなって、今までならここで迷わずジブリエラの胸に顔埋めて泣きついていたであろう所を、「心配させるなよ(じ…ッ心配…ッさせんなッよ…ッ!)」と魂の強がりで堪えた。我ながら大した虚栄心だとランスは自画自賛した。
朝の内に砂漠を抜け、昼の内に荒野を抜け、帝都の最果てにあるケリヲンという村に到着した時には、十六夜の月が昇る夜となっていた。
村で夜の見張りをしていた男は、突如現れた天使に大層驚いたが、ジブリエラは啓示を以て答えた。
_イスケリヲン(ケリヲンの人)よ恐れるな。私は、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今宵此の地に救い主がお帰りになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、……すみません何年後かはちょっと今はわからないのですが……滅びの使徒と救い主が同時に現れ、救いが勝るだろう。……すみません時期についてはやってみないとわからないので追って啓示しますね。。それがあなたがたへのしるしである。_
荘厳にして優しい光と (ちょびっと適当な)神託を告げる天使に、ケリヲンの男は平伏し、村へ通すのだった。
「無事帝都に到着しましたね!
おめでとうランスよ! 私達の…救世主の勝利です!」
「…敗走だよ…。
この負けはもう取り返せない。…だから次負けねえように、できる事しねえと…」
「ふぅむ…泥団子でも作りますか?」
ジブリエラにしては珍しい返しだなと思いつつ、ランスは合わせた。
「泥みたいに思い通りに出来りゃ苦労しねえのにな。岩が硬すぎる…砂は儚すぎる…今のオレの力じゃとても…」
「硬すぎる…ですか…
ランス…昨晩、災厄が“遣わされる”と言ってましたね。貴方は、災厄とは何だと思いますか?」
「……よく…わからねえ……。言えるのは、ただひたすらに強く、人を…世界を壊そうとしてる…。でも、その理由も、意志も、…変な話…“展望”も……全く感じない。。神が作ったにしちゃ、あまりにも…」
「多分それであってます。私も同意見です」
「え? …でも……」
「彼等はね…言うなれば“凄くシンプルな存在”なのです。真黒…もしくは、真白。理由や意志が無いからこそ、我々には理解し難い存在。
そして逆に、この世界は斑なのです。我々…人は勿論、殆どの生物…私達天使、魔物の中にさえ、混ざり濁った者が存在する…ひょっとしたら…」
(あの御方さえも…)そう言いかけてジブリエラは言葉を飲み込み、別の段落にシフトする。
「そんな斑のキャンバスに、黒か白か、強い線を引くのが彼等。放っておけば、やがてキャンバスは一色になる。」
「曇りが無くなるってか…そいつはキレイ好きなこった…」
「はい。…私も彼等の全てを知る訳ではありませんが、そう考えれば、彼等の存在を少しは理解できると思います…」
「なるほどな〜…。どーりで…救世主の方が弱い訳だ…」
「…! ランス…でも」
「だとしたら筆の入れ方が雑なんだよ。神ってのはきっと絵が下手くそだな」
ランスの食い気味の皮肉に一瞬驚いたあと、ジブリエラは強気な笑みを浮かべる。
「神を舐めてはいけません! その為に、私とあなたは生きて今此処に立っているのですから…!!」
ジブリエラがス…と息を吸って告げる!
「ここからは、あなたが主役! あなたが道を拓いて行くのです!」
「…わかってるよ…。
でも神も厳しいよな? 救う力はくれねーんだもんな…。どーしろってんだ… (笑)
…………一生かけて…力つけろってか」
そう軽口を叩く少年の瞳にはもう、運命の鎖を握り締めて放さない覚悟の煌きが焼き付いていた。
今この瞬間、救世主の運命(意志)は決定した。
…でも、私は知っている。何かを覚悟する事は、背反する何かを諦める事と同義。それがどんっなに欲しいものでも…。
…私には二つの選択肢がある。
“例えこの身を背神に堕してでも救世主…ううん、ランスとともに歩む道”
“天使の力を全て使って、救世主の力となる道”
…どっちにしろ『ずる』か…。
告知天使として生きてきたからわからなかったけど、どっちがいいかわからないって辛いものね。。それでもどっちか選ばなきゃいけないなんて…人間はいつもこんな選択を積み重ねてるの…? 偉いなあ…。
まあいいや!
どっちを選んでどうなっても、“そういう運命だったのね”って事で納得するしかない!
…天使が自分で選ぶ事を選ばされてる時点で、私もう神からは見放されてるのよね…。だからランス…
例え神に見放されたとしても…
例えこの先どんなことが起ころうと、
あなたについていく。私は、その為に生まれたのだと、自分で決めた。
「救世主よ…力そのものは正義ではありません」
「…当たり前だ…」
「それでも今すぐ力が欲しいですか」
「! …あたりまえだ!」
「私が今から、告知天使の全霊をもってあなたに力を与えましょう。…その代わり…その……言いにくいのですが………私の…お願いを一つ聞いて頂けますか…?」
「あったりめーだ! あんたの願いならなんでも聞く!」
「…有り難う御座います。」
深々とそう告げ、ジブリエラは目を閉じ両手を天に向けて掲げた。
その時一瞬、夜空が太陽よりも明るく輝いたかと思うと…
ゴオオと空気を裂いて、成人大の岩がジブリエラ目掛けて落下してきた! しかしそれが速度そのままにジブリエラの両掌と触れた瞬間、コォ…ッという音と共に吸い付くように掌で停止! 風圧だけが落ちて拡がり、彼女やランスの髪裾を踊らせた。
…膂力…? 違う、ジブリエラは人と比較しても非力だ。確かに質量のあるあの岩が、あんな振る舞いをするのには何か神聖な作用が在る事がわかる。
その岩をふわりドシンと降ろしながら、ジブリエラは言った。
「これは神石。神の意思を伝える神器となるでしょう。貴方のその決意、ゆめゆめ忘れないように…」
驚きつつランスは思う。
…オレ、そんな そそ っかしいかな…
続けてジブリエラは、ランスの背後に回って、中心…心臓の位置に手を当てて何やら力を籠めていた。
「少しお時間下さい。貴方の肉体を一生分強化します。力が増せば、守れるものが増えます。」
…わかってるよ…お袋譲りの脳筋だからな…
背に温かい力の流入を感じ暫くして、ジブリエラが片手心臓の位置だった行為を両手肩甲骨の位置に切り替えて告げた。
「さらに翼を授けましょう。いざという時に役立てて下さい。」
ファサッッ…とランスの背に翼がはためき、それは光りながら背の中に消えて行った。体にも力が漲り、“凄え! …けど…”とランスが振り返った時、ジブリエラの翼は消失していた。
ランスが呆気にとられていると
「私より、貴方にこそ必要だと思いましたので。」
ジブリエラはサラリとそう言った。さらに…
「さ、ここからが“ランスへのお願い”です! もう鍛えても無駄ですので、これからは鍛錬は程々にして、もっと遊んで下さい!」
……………は……………?
「最近、大好きな泥団子遊びをしませんよね…?
貴方は神の子…生まれる遙か以前より、救世主である事を…破滅との戦いを定められています…。しかしそれ以上に、ランスは人の…ヤリマの子なのです。
だから少しくらい、歳なりの生き方をしたっていいのです! ヤリマもそう…言っていました!」
…あ…私嘘ついた…こんな子供に…凄い罪悪感…
ジブリエラの心はチクッと痛んだ。
そして次が彼女の、ランスへの“とっておき”…
「あなたに、罪を封じる心の力を授けました…これからは自分の好きな事に思いっきり打ち込みなさい。」
…何言ってんだよ。オレは最初から虚栄心の塊だろ…
「私の予知の力を貴方に…征く先を示してくれることでしょう…。実は時々外れますので! 盲信せず自分で考えて…!」
…あんたの盲言なんかアテにしてねえよ…あんたの魅力はそこじゃねえだろ…
それより…
それよりも…
さっきから……なんの話してんだよ…
…これで最後…
ジブリエラが片方の手で神石に触れ、もう片方の手を天に掲げた。
そして目を閉じて禱る
_天よ 地よ 人よ 汝らに与うる我が身の恵を以て 理の創編を此処に許し賜え_
ジブリエラと神石が眩く光る。光はどんどん強くなり、ジブリエラの気迫も高まっていく。眩しさの中、その表情には苦痛が浮かぶ。それでも彼女は力を込め続けた。それらが最高潮を迎え、ジブリエラがカッと天を仰いだ直後…
光は夜を裂くように昇り、月がその輝きを強めた。やがてその輝きは、雪のようにキラキラと降り注ぎ、世界を照らした。
星空が地上に降りてきたかのような幻想的な風景の中、力無く立つジブリエラはほつほつと口を開いた。
「私の、加護を与える力を全て収束させ、世界を変えました……。むこう7年…災厄が襲わない世界に……私ではこれが限界でした……情けない天使で…ごめんなさい。。」
呆然と立ち尽くすランスの前で、降り注いだものと同じ光の粒となって消えていくジブリエラの体…
…全て…?! 冗談だろ余計なお世話だよ…!
子供に一番必要なのは力じゃない…側にいてくれるやつだろ…!
「ぁ……」
全てを悟ったランスの顔に哀しみが浮かぶ…。しかし言葉は出なかった。声が一つ漏れたのみ…。
ジブリエラは、努めて明るく言葉を贈った。
「大丈夫です! ちょっとずるしてエデンに帰れないから、還る場所を変えただけです! 悲しまないで…?」
…ダメだよジブリエラ…
…そばにいて…
…お願いだからそばにいて…
…いかないで…
ランスがそう気持ちを込めて口から放った言葉は…
「わかった。
全部わかったよ。有り難う。ジブリエラ。」
「こちらこそ…! あなたとヤリマのおかげで、私…幸せだった……。
最後に…
帝都の救主教会を訪ねなさい。そこには、貴方の助けとなってくれる者がいます…
一人で無理しない事!
よく食べて寝る事!
幸せに生きる事!
…では、お達者で!」
「ああ。達者でな。俺の中のエデンでうたた寝でもしててくれ。」
「天使は寝ません! でも、寝心地…良さそう♪……」
ジブリエラの光が空に溶け、ヴェールのように月を覆うと…十六夜の月は円虹を纏って、世界を優しく照らすのだった。
「ふ…すげーやこの虚栄心。ちっとも心がいたまねえ……。
ジブリエラ安心しな。あんたに言われなくたって、俺は手に入れる! 自分のHappyも、世界の平和もな!」
そう言ったランスの口角に、涙は一筋だけ流れ込んだ。
…あ…しょっぺえ…
その日、帝都で数人が目の当たりにしたのは、身の丈を超える大岩を担いで歩く、一人の子の姿だった。
信心深い者は、ある予言書に記された救い主の姿を重ね、聖なる輝きを見たという。
そして辿り着いたのは、運命の教会。巡り会ったのは…
「あら可愛らしい♪礼拝ですか?」
「いや。洗礼頼む」
【聖告 完】
contenue to …
さらば天使
これで、聖母と天使と幼い救世主の章はおわりです。御高覧有難うございました。