繰り返す輪と、失くなっていく私
好きだった婚約者から侮蔑の視線を向けられ、集まった民衆から無責任な悪意をこれでもかと浴びせられ、重く鋭い鋼鉄の刃が私の首に落下した。
一瞬の熱さと永遠に続く寒さの中で、私は十五年の命を終えた。
「きゃあああああああっ!!」
自分のものとは思えないような絶叫が部屋にこだました。
心臓は早鐘を打ち、冷や汗が全身から吹き出し体温を奪っていく。心の内から凍える寒さにカチカチと齒を打ち鳴らすことしかできない。
「お嬢様!? どうなさったのですか!?」
部屋に侍女が駆け込んできた。こちらを見るその目に悪意を幻視して、呼吸が速く浅くなる。
「来ないで!! 私を見ないで!!」
叫び声は、しかし声にならなかった。頭の中でだけ響いた私の叫びは、白く染まっていく意識の中に溶けて消えた。
「お嬢様!? 落ち着いてください! お嬢様!」
駆け寄ってきた侍女の手が一瞬だけ首筋に触れた。
瞬間、私の頭はぐちゃぐちゃになり。
「いやあああああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ……!!」
私は意識を失った。
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あれは……、あれはとても現実的な夢でした。
十五歳のある日、謂れのない罪で私は処刑されました。内容は良く覚えていません。ただ、首に残る熱さと、寒さだけは、良く覚えています。
あの夢を見て以来、首に自分以外の何かが触れると、途端に気分が悪くなってしまいます。ネックレスや服でさえダメなのです。
夢から覚めた私の年齢は十一歳でした。家同士が決めた婚約者がおりましたが、このような状態ではまともな社交などできようはずもありません。
両親とも相談し、こちらから婚約を白紙にして頂くよう申し上げました。
するとあなたは、そのようなことはしなくとも良いと仰って下さいました。側で支えさせて欲しいと、私の心に寄り添わせて欲しいと、仰って下さいました。
あの夢を見てから、初めて私の心が軽くなりました。笑い方を忘れてしまった私の心が、暖かくなるのを感じました。
ですが、あなたの言葉は、私を騙す嘘だったのですね。
私が十五歳になったあの夜、あなたは私ではない女性の手を取り、愛をささやき、あまつさえ口付けを交わしていました。
混乱した私が姿を表すと、あなたは護衛に命じて私を切り捨てさせました。
それ以来、私は金属製のカトラリーが使えなくなりました。
その次のことは、あまり覚えておりません。ベッドから起き上がれなくなった私の所へ、よくお見舞いに来て下さったことだけは覚えています。
それ以来、私の耳は聴こえなくなりました。
次は良く覚えています。おそらく、私が最後に見た光景だからでしょう。
耳が聴こえなくなった私に、あなたは筆談で話しかけて下さいました。少し右上がりで、丸みを帯びた優しいあなたの文字が、私は好きでした。
あなたに苦労をかけぬように、唇を読む練習をしたのです。
少しでもあなたの側にいたいと思った私の目に、あなたの罵倒が刺さりました。文字と同じく優しい笑顔で、あなたは私を罵倒していました。
それ以来、私の目は見えなくなりました。
繰り返す輪の中で、どんどん私は失くしていきました。目と耳を失くした私の世界はちっぽけで、けれども私の全てだったのです。
繰り返す輪は、その度に私から何かを奪っていきます。
あと何度繰り返したら、私の全てが失くなってしまうのでしょうか。
今はそれが待ち遠しくてたまりません。
早く私を失くして欲しい。
早く私を救って欲しい。
早く私を……。
私は……。
……。
「はっ!? 私、悪役令嬢になってるー!?」
私は望み通り消えて、転移してきた子が婚約者をざまぁするのでハッピーエンドです。