第六話 アルベルトの就活
村の配達員が牛乳を自宅の受け箱に入れる音で目が覚めた。
2階から降りてリビングへ向かう。既にお袋は起きていてテーブルにはパンやウインナー等の簡単な朝食があった。
俺は、おそらく兄貴のパン屋で作ったであろう食パンに苺ジャムをのせて食べた。蝉の声をBGMに聞きながらコーヒーをすする。
朝食を終えて、朝刊を読みながらソファーでくつろぐ。どっかの国では大魔王が復活したり、世界一を決める武道大会が開かれたり、不老不死の薬が出来たりと大変なニュースがそこかしこに起きているらしいが、ユグドラシル王国は今日も平和そのものらしく特にこれといった記事は書かれていなかった。
朝刊を読み終える頃には既に親父も起きて朝食を食べ終えており、腰に手を当てて牛乳を飲んでいた。平和な平日の朝である。
今日の俺の予定は一言で言えば就職活動で、とりあえず3つ程職場を見て回るつもりだ。その間メアリーは親父とお袋の畑仕事を一緒に手伝うことになっている。若干不安ではあるが、二人ともいきなりハードな仕事を割り当てたりはしないだろうし、社会経験として労働の大切さを学んでもらおうと思っている。
「アルベルト、そろそろメアリーちゃんも起こしてきなさい」
「女性の寝室に入るのは緊張するのでお袋が行って下さい」
「じゃあ今後緊張しないように練習してきなさい。食器片付けたいから早くね」
「……しゃーない」
お袋に言われメアリーの部屋へ行く。令嬢時代、彼女の身の回りの世話は侍女が行っていて、俺の役割は警護寄りだったので朝に起こしに行ったことはあまり記憶にない。ノックをするが、返事が無いので入室する。
ベッドの上には未だ眠り姫のメアリーがいた。寝相が悪いのか、部屋が暑かったのか、毛布はベッドから落ちてるしパジャマのボタンも上の方が外れていて豊満な胸の谷間が見えている。扇情的な姿なせいで男としてはずっと見ていたい気もするが、相手が寝ていることもあって罪悪感が湧いてくるのでとっとと起こすことにした。ベッドの横に立って声をかける。
「朝ですよー起きて下さいー」
「うーん……疲れてるのあと少しだけ」
「朝食片付かないんで起きて下さーい」
「Zzz」
「ほら起きないと一時間目の講義遅刻しますよー」
「……それはまずいわね。起きるかぁ……。ふぁーあ、あれ? なんであんた居るの?」
あくびをしながら未だ寝惚け気味の彼女を起こすことに成功した。
「おはよう、ちなみに学園は退学になってたので講義は無いです。朝食だから下降りてきな」
「あー、そういえばそうだったわね。分かったわ身支度しなきゃね」
意外と素直なメアリーにホッと一安心。用は済んだので部屋から出ていこうと思ったら呼び止められた。
「ちょっと待ってよ。私の身支度って誰がするの?」
「え?」
「今までは侍女がやってたのよ。服も着替えなきゃだし、髪も纏めなきゃいけないし……」
「平民は自分の身支度は自分でするんですよ」
「嘘でしょ!? なんて面倒な生き方をしてるの平民って!?」
メアリーは驚いているが、俺から言わせれば服の着替えや髪型ごときの為に人員を割いている貴族の方がよっぽどめんどくさい生き方してるような気がするけどな。
「まぁそんなわけなんで、初めての上手に着替え出来るかなチャレンジ頑張って下さい」
「ちょ、せめて髪はやってよ! いいでしょ? この美術品みたいな金髪に触れるわよ? 嬉しくない?」
「全然嬉しくない、じゃそういうことで」
再度部屋から出ていこうと思ったら、起きたメアリーに腕を抱きしめられた。
「お願いアル! ね?」
最近彼女からのスキンシップが急に激しくなったと思う。これを恋愛感情からくるものだと誤解してはいけない。だいたい彼女がこういうことするときは俺に何か頼みごとをするときなのだと、この短期間で理解しつつある。男心の弱いところを把握しやがったなこの女め。
だけどもお互いの距離感が近くなったのも事実であるし、以前の彼女ならこんな媚びたような行動は絶対しなかった。本当の家族から見放されてしまい、縋るものが俺くらいしかいないのでこの行動もしょうがないのかもしれない。今までの悪行は彼方へ、また俺は彼女を甘やかしてしまうのだろうか。
「しょうがないなぁ、今日だけだからな?」
ま、晴れて彼女もクロワッサン家の一員になった訳だし、義理の兄として、手のかかる妹を甘やかしてしまうのもまたしょうがないことだと自分を納得させた。
俺は、ベッドに座っている彼女の後ろ髪をくしで丁寧にとかしていった。自分で言うだけあって、とかす度にサラサラと揺れる金髪は確かに美術品みたいだ。
「どうですか?」
「中々うまいじゃない。誰か他の女にやってたの?」
「初めてやったよこんなこと」
くし捌きはなんとか上手くやれたようだが、いつもの彼女の髪型みたく結ぶのは無理だ。お袋を呼んできても良いが、朝の主婦は色々忙しないだろうし、今後は自分でやってもらうことも考えて、普段とは違う髪型にしてやろう。
「いつもと違うわよ」
手鏡を持って確認する彼女は不満げである。
「ポニーテールってやつです。貴族では一般では無いかもしれないですが、こっちじゃ髪の長い女性は大体この髪型ですよ」
嘘では無い。働くにしろ専業主婦にしろ、昔からハーケン村の髪の長い女性は大体一つに纏めている。何かしらの作業の際に邪魔になることも多いし、身支度に時間をかけられない人も多いからだろう。あくまで想像だが。
「うーん、まぁ元が可愛いから問題ないかしらね」
そんな自信過剰な台詞を吐いたメアリーは下の階に下りて、両親と挨拶を交わした後、元気に朝食を食べ始めた。
俺はなんか朝から疲れたな。と思いながらメアリーのことは両親に任せて当初の予定通り出かけることにした。
まず俺が行ったのはいわゆる冒険者ギルドと呼ばれている"酒場ガルーダ"という店だ。近年冒険者になる人は後を絶たないらしく、右に習えで俺も来たわけだ。資格無し学無しでも働き次第では高収入が得られるらしい。ほんとかなぁ?
店内に入ると朝っぱらから麦酒をあおっている筋骨隆々な男たちがちらほら居る。彼らが冒険者なのだろうか、もしかしたら俺の先輩になるかもしれない。
受付の女性に声をかけると、ギルドの説明をしてくれた。ようは定期的に来るクエストと呼ばれる仕事をこなしていけば給金が貰えるシステム、つまり完全に出来高100%の歩合制で基本給は無く、保障も無ければ年金も無い、おまけに入会には金貨1枚が手続き費用として必要になると……うーむかなりリスキーな仕事だな。コツコツ地味な仕事を細々と長くやりたい俺には合わない仕事な気がする。
そんな風に思っていると、一人の大男に肩を組まれた。身長は2メートルほど、筋肉質で肌は浅黒く人を嘲るような笑みを浮かべている。
「くっくっく、華奢な身体だなお兄ちゃん、ここは俺らみたいな腕自慢の男が来るとこだぜ? 来るとこ間違えてんじゃねえか?」
「いや、仰る通りです。どうやら自分には合ってなさそうなので失礼しますね」
「えっ? お、おう」
冒険者になったら自宅に帰れる頻度も少なくなるだろうし、年齢が上がるにつれ身体の自由もきかなくなりそうだ。この大男の言うようにどう考えても俺の適正に合った職業とは思えない。
俺は受付の女性に御礼を言った後、酒場ガルーダを後にした。
大男は俺が簡単に身を引いたことが逆に珍しいのか、終始ぽかんとした表情をしていた。
次に着いたのは村一番の鍛冶屋と名高い"ガンコイッテツのお店"だ。店に入ると眼光が鋭い御年配の方が受付をしていた。
「おめぇがアルベルトか? わしの名はガンコ・イッテツ鍛冶職人だ」
「はい。本日は職場を見せて頂けるとのことで参りました」
「来い」
店の奥には立派な鍛冶場があった。そこらに鉄や機具がありまさに職人の仕事場といった感じだ。
「仕事は簡単だ。わしが剣や鎧を作っている間、来た客の対応をするだけ、簡単だろ?」
「成程」
てっきり俺も鍛冶仕事をするのかと思ったが、確かに一流の鍛冶職人になるには20年の修行がいるというし、そんな技術は無い俺にはありがたい話だ。
「仕事内容は分かりました。それで、失礼ですがお給金の方は?」
「これをやる」
そう言ってイッテツさんは剣を一本持ってきた。え、まさかの現物支給?
「龍殺しの魔剣、ギガドラゴンキラーソードと名付けた」
「あのー、貨幣で頂けたりは?」
「わしは宵越しの銭は持たねえ主義なんでな」
「あ、あはは」
イッテツさんには申し訳ないが、丁重にお断りした後ガンコイッテツの店を後にした。
「仕事探しってのも中々難しいものだなぁ」
昼食の時間だったので、俺は休憩も兼ねてカフェでベーコンレタスサンドを食べながらコーヒーをしばいていた。
屋外のテーブルで、道行く人を眺めながら人知れず弱音を吐く。午後はあと一つ職場へ行くつもりだが、相手は画家の方らしいので、芸術に疎い俺には行く前から自分に合ってないように思えた。
「お前、もしかしてアルベルトか?」
「……え?」
不意に後ろの席から声をかけられた。振り向いてみると同い年くらいの男が派手目な女性と同席しながらにやけ顔で俺を見ていた。
「僕だよアルベルト。トウシンさ」
「あ、トウシンか久しぶりだな」
「ふんっそのヘラヘラした作り笑い、兄貴に似て相変わらず癪にさわるねぇ」
「2年ぶりなのにいきなり喧嘩腰だな」
トウシン・サンジェルマンはハーケン村一番の商家の次男坊であり歳は俺の一つ下だ。くせ毛が酷く緑がかった黒髪なので、ウネウネしているわかめのような髪型は幼少期にはよく周りからからかわれていた。常に人を見下しがちな態度はどっかの元令嬢を彷彿とさせるが、大きな違いは俺に対する嫌悪感が言葉からもにじみ出ているところだろう。
俺が嫌われている原因は主に二つある。まず、こいつの初恋だったナナさんは今や俺の義姉であるナナ・クロワッサンだ。真面目で誰にでも優しかった聖母のようなナナさんが、座右の銘は適当とノリで生きてそうな俺の兄貴と結婚したことに未だ納得がいっていないのだろう。
今では子供にも恵まれて、円満な夫婦関係だと弟の目からは思うが、こいつの目からは最愛の人を奪った憎い一族がクロワッサン家だと映っているのだろう。
もう一つの理由は、公爵家の使用人になった俺への単純な嫉妬だ。俺自身はそうは思わないのだが、サマリー公爵家の使用人になることは結構なほまれらしい。
正直どちらの理由も俺個人が何かやったわけではないので、憎まれても筋違いである。今までは短い期間に村で会うだけだったので適当に流していたが、今後ずっと住んでいくのを考えると付き合いを考えなくてはならない。
「ちょっと待てよ。さっきお前仕事探しがどうこう言ってなかったか?」
げっ俺の独り言が聞こえてたか。
「なんだなんだアルベルト~。お前もしかして仕事クビになったのか? やっぱそうなるよなぁ」
思いっきり馬鹿にしたような口調で言いやがって、あほ貴族を一撃でノしてやった俺の黄金の右を見せてやろうか?
「おっと紹介が遅れてすまないねぇ、彼女は僕のガールフレンドのスザンヌさ。スザンヌあいさつを」
「ふふ、トウシンの彼女のスザンヌよ」
「はぁどうも」
「おっとあまり近づきすぎるなよスザンヌ、こいつの一族は人の恋人に横恋慕ばっかするからなスザンヌも惚れられちゃうぜ?」
一緒に座っていた派手目の女性は彼女だったのか。おそらく美人な部類に入るのだろうが、なまじ朝に王国内でもトップクラスの顔面偏差値のメアリーを見てきたからか、どうも化粧濃すぎやし香水臭すぎやろという感想しか抱けないのが男として枯れている気がする。
「くくく、それにしても落ちぶれたもんだなぁアルベルトも、やっぱり周りに神童とか言われて調子に乗っちゃった感じかい?」
え、俺そんな風に言われてたのかよ。初耳だもっと褒めてもいいんだぞ。
「ま、そんなとこだ。お前もデートの途中みたいだし、俺も午後から予定があるんだ。悪いけどここらで失礼するよ」
まだコーヒーは残っていたけども、俺は席を立った。自分の伝票を持ってクールに去ろうとしたが、その返答が気に入らなかったのかトウシンは声を張り上げてきた。
「はんっそうやってクールぶってればいいさ! たいしたことも出来ない奴のくせに大物ぶりやがって!」
後ろで喚く声が聞こえたが、気にせずにカウンターへ行き会計を済ませてたらいつの間にか俺の隣にメアリーが立っていてギョッとした。
「え? 何で居るの?」
「何ではこっちの台詞よ。見てたわよ。何で言い返さないのよ」
「いや、畑仕事は?」
「ちょっとこっち来なさい!」
腕を組まれた俺はメアリーに路地裏に連れて行かれたのだった。




