第五話 クロワッサン家歓迎会
両親へのあいさつを無事に終えた後、夕食をとる運びとなった。メアリーの歓迎会も兼ねているとのことでかなり豪勢だ。
「うふふ、お母さん腕によりをかけて作っちゃったわ」
食卓には新鮮な魚介類をふんだんに使ったパエリアや、畑で採れた旬の野菜のサラダ、後はパスタにワインにコーンスープに七面鳥など、貴族の食事にもひけをとらない色鮮やかな料理が多く並んでいた。
「メアリーちゃん! どうぞこちらを引いて下され!」
親父が渡したのはくす玉の紐だ。おっかなびっくりなメアリーが引っ張るとくす玉は割れて"祝 歓迎メアリー殿! パパ&ママより"という垂れ幕が下りてきた。引いたメアリーは嬉しそうだ。
「それでは皆さん席についてグラスを持ってくれ、息子よ乾杯の前に一言!」
えっメアリーの歓迎会なのに俺が言うの? とは思ったが、このアルベルトそんな無茶ぶりにもきちんと答えますよ。立ち上がってグラスを持つ。
「えーおっほん、この度はこのような素晴らしい会を開いていただきまして――」
「長すぎ! では、かんぱーい!!」
「「かんぱーい!!」」
俺の挨拶は親父の乾杯の声にかき消された。女性陣二人もワインを飲んでいる。おう、学生の飲み会みたいなノリやめろや。
「あ、このワイン美味しいわ」
「むふふ、メアリーちゃんお目が高い。それはうちのブドウ畑から作ってるんだよ」
「へー、平民ってワインを自給自足してるのね」
「ちなみにパエリアもサラダもパスタもスープも七面鳥もうちで採れた材料から作ったものなのよ」
「夕食ほとんど全部じゃないの」
「そう! 産地直送だからどこよりも美味いんですようちの食事はね」
「その言い方じゃ材料だけの味みたいじゃない。私の料理の腕も一流だから美味しいのよ」
「はっはっは、確かにそうだな。こりゃ失礼!」
「え? 平民って食事はシェフが作るわけじゃないの?」
そんな微妙にずれた会話が繰り広げられながらも、和気あいあいとした雰囲気で食事と時間は進んでいった。そんな中俺は夢中でナイフとフォークを動かしていた。パエリアのエビうっま!
「ところでどうだ、アルベルトよ。お前ももう17歳だこっちの方はどうだこっちの方は?」
そういって親父は小指を立てる。だいぶ酔ってやがる。絡み方が非常にめんどくさい。ちなみに俺には浮いた話の一つもありません。
「あはは! こんな暗い奴に女なんているわけないじゃない! ……え? いないよね?」
「うふふ、アルベルトは顔だけ見ればパパに似て結構かっこいいからねぇ。……で、どうなの?王都に残してきた恋人や婚約者はいるの?」
やはり女性は恋だの愛だのといった話が好きなのか、話題に食いついてくる。メアリーはどこか不安そうだしお袋は目がキラキラしている。答えはどうなんだと圧が凄い。しかし俺にもプライドがあるので、いませんからのやっぱりなみたいな流れになるのはごめんこうむりたい。
とりあえず、ワイングラスを揺らめかせながら遠い目をしておくか。気分としては失った恋人に思いを馳せる残された男だ。
「なによその目は!? どっちよ!? ムカつくこいつ!」
「うーんこれはなにもなさそうねぇ……」
やはり歳とると鋭くなるのかお袋はため息を吐きながら憐みの目で見てくる。やめろそんな目で息子を見るな。
「そ、そんなことより、兄貴がそろそろ来るんじゃないか?」
「あ! 話題そらした!」
噂をすればなんとやらで玄関から物音が鳴った後、おじゃましまーすと陽気な声が聞こえてどたどたと廊下から音が聞こえた。
「ちょりーす!!」
露出の多い服から見える浅黒く日焼けした肌、額にはサングラス、髪は金色、見るからにやんちゃしてそうな青年が現れた。俺の6歳年上の兄であるミハエル・クロワッサンである。
「お、アル久しぶり! てことは、君がメアリーちゃん? ガチきゃわたんじゃん! 俺の名前はミハエル! 見ての通りアゲアゲのパリピな上にイケメンだけど、弟の女に手を出す奴じゃないから安心してね。てか嫁一筋のマジ一途だしね。今日は仕事あったけど、とりまちゃんと挨拶しとかNIGHTって思って馳せ参上しましたFoooo!!」
「な、なんて???」
メアリーは急に現れたテンションがおかしい兄貴に珍しく困惑の表情をしていた。
「兄貴、久しぶりだな元気そうで何よりだ。今日は義姉さんは?」
「ミハエル今日は食べてくのか?」
「残念ながら家出る時に息子がグズっちゃってねー。今日は俺一人だけ参戦した感じよね。そんなわけで悪いけど俺もあいさつだけですぐ帰るんで! メアリーちゃんこれからはシクヨロ」
「し、しくよろ?」
「ほんじゃ! 来て早々だけど帰るわ! また今度ちゃんと正装的な服で来るんで! GOOD NIGHT! ぅわ七面鳥うっま。美味」
兄貴はテーブルに合った七面鳥の足を取ってかぶりつくと、さっさと帰ってしまった。相変わらず嵐のような人だ。
「平民の文化、中々奥が深いじゃない」
「いまのはちょっと特殊なタイプだからな」
あれが平民のスタンダードと覚えられては困るのでメアリーにはきちんと指摘しておいた。
そんなこんなで時間は過ぎていき、デザートを食べて宴もたけなわといったところで歓迎パーティは終了した。
夜、メアリーに呼ばれて彼女の部屋に来た。元々は既に亡くなった祖父と祖母が昔住んでいた部屋だ。寮制度だった学園の部屋に比べれば広いので、メアリーもとくに文句は言わなかった。
彼女はパジャマ姿で俺を出迎えるとベッドに腰掛けた。湯浴みはお袋と一緒に済ませておりいつも結んでいる黄金色の髪はストレートになっている。
「で、なんの用だ? こんな夜に部屋へ男を呼び出すのは感心しないですぜ」
「これからのことを話すわ」
「これからのこと?」
「私はいつまでも平民でいる気はないの」
「ほう」
「必殺の策があるのよ。あんたのとこでずっと厄介になるわけにもいかないし、夏季休業の最終日に全てをかけるわ」
夏季休業の最終日、ということは。
「王都仮面舞踏会に参加するつもりですか?」
「その通りよ」
王都仮面舞踏会とは、その名の通り、年に一度王都で開かれる大規模な仮面舞踏会だ。参加資格はユグドラシル王国の全国民であるが、会場の広さを考慮しているので一応選考がある。教養やダンスが一定のレベルに達していない者は入れないのである。その為、実質貴族しか参加者はいないのだ。
「作戦は簡単よ。舞踏会に出て、ハンサムで優しくて家柄も良い貴族の子息を私の美貌で虜にしてやるの。最低でも伯爵家の男がいいわね。今回は後から難癖付けられて破棄なんてされないようにその場で書面にでも残して婚約するわ。そしたら私も伯爵夫人よ。完璧な作戦でしょ」
「そもそも王都から追放されてるので参加出来ないのでは?」
「一日くらいなんとかなるでしょ。マスクしたら私だって分かんないわよきっと」
「マスクしてたら美貌で虜に出来ないのでは?」
「会場でずっと着けてるわけじゃないし、仮に着けてても私は可愛いから大丈夫よ」
なんとまぁ見通しの甘い計画だが、あまりにも自信満々に言うので否定ばっかりして出鼻をくじくのは悪い気がした。
「そうですか、頑張って下さい。陰ながら応援してます」
「それでね。実は参加するのはペアを組んでないと駄目なのよ。だから、あんたも一緒に――」
「申し訳ないんですけど丁重にお断りさせて頂きます」
ダンスなんて習ったことも無ければ踊ったことも無い。エスコートは誰か他の人に頼んでくれ。
また癇癪でも起こすのかと身構えていたが、予想を裏切り彼女は俺の手を握って頼み込んできた。
「お願い! あんたしか頼める人はいないの! なんでもするからお願い!」
いやなんでもて、金なし愛想無し家の力無しの今の彼女に出来ることなぞタカが知れている。年頃の女性が深夜の部屋に二人っきりのシチュエーションで、柔い肌を紅に染め、男の手を握って上目遣いでなんでもする……。わざとやってるなら大した悪女である。不覚にも一瞬脳内がピンク色に染まりそうになってしまった。俺も親父のことは言えないな。あの親にしてこの息子ありといったところか。
「…………駄目?」
「分かったよ。ダンス教えてくれよな」
我ながら女の子に頼まれると弱いなぁ。メアリーでこれだもん。いずれまともな美女に騙されてツボ買わされるよ絶対。
「ありがとう! アル!」
そう言ってパッと笑ったメアリーに抱きつかれた。可愛いし良い匂いだし柔っこい。うーむDV夫のたまの優しさにときめいちゃう都合のいい嫁みたいだな俺は。
「ただ、明日から俺は職探しに行かなきゃならんもんで、ダンスの練習は帰ったらな」
「分かったわ。でも安心して、あんたが無能でどこも働き手が無かったら侯爵夫人となった私がきちんと雇ってあげるから」
一言余計である。
「そりゃどーも」
あまり期待はしてないけどな。
「明日からがっつり練習よ」
「代わりと言ってはなんだけど、いずれ貴族に戻れたとして、それでもしばらくメアリーは平民なんだからこっちのルールにはなるべく従ってくれよ」
これから一緒に暮らしていく以上は令嬢時代と違ってワガママし放題というわけにはいかない。
「もちろん分かってるわ。しばらくは色々教えなさいよ」
「ああ、俺のことは先生と呼んでもかまわないぞ」
「生意気ー!」
その後も何度かお互いに軽口を交わし、俺は部屋に戻った。
俺は2年ぶりである自分の部屋のベッドの上で職業案内の資料を読んでいた。思い返せばある意味親に敷いて貰ったレールを歩んできた俺は、自分のやりたいことというのも特に思い浮かばず、使用人の次は何をしたらいいのかいまいち分からなかった。暗中模索というやつだ。
でも、まぁなんとかなるか。そんなふうに楽観的に考えることが出来るのは、穴だらけだった例の完璧な作戦を語る彼女は思いがけず俺に元気を与えてくれたのだろう。
俺は近くのテーブルに資料を乗せ、とっとと寝ることにした。
そんなこんなで彼女にとってのクロワッサン家一日目の夜は更けていったのだった。




